表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/41

片般若 3

 日比谷(ひびや)タクト殺害から3日後。

 午後6時45分。

 極導(きわみち)が夜の巡回にでかける準備をしていると、

「極導、事件だ」

 (しょう)()()を開けて、祖父の総導(すべみち)が部屋に入ってきた。

「さっき、日比谷(ひびや)の社長から電話があった。長男が()られたそうじゃ」

「なんだって!?」

「殺害されたのは屋敷のなからしい。(いの)()とともにすぐに現場へ向かえ……と言いたいところじゃが」

 総導がくやしそうに顔をしかめる。

「あいにく猪木はべつの事件を捜査しとる。おまえと(はな)()ちゃんだけで行ってくれ」

「わかった」

「屋敷まで1時間ほどかかる。時間も時間じゃし、きょうはあっちで泊ってこい」

 急いで荷物をまとめると、極導と花子は手代妖怪の運転する車で日比谷邸に向かった。

 その日比谷邸だが、

「うわ~、おっきぃ」

 庭園のなかにそびえる西洋貴族の住居のような建物を見て、花子が目を丸くした。


 広大な敷地のなかにはプールやテニスコートなどの施設もある。

 本邸の前では、メガネをかけた若いメイドがふたりの到着を待っていた。 

「ええっと、もしかして、おふたりがお(まわ)りさんですか?」

 ふたりを見て、メイドが不安そうに()いた。

「お巡りじゃなくて魔廻(まわ)りです」

 そうこたえて、極導は(れん)影術(えいじゅつ)で影の十手(じって)をつくりあげた。

 影の十手じっては武器だけでなく、みずからが魔廻まわりであることを証明する身分証でもあるのだ。

「すごい。ほんとに魔法が使えるんだ」

「魔法じゃなくて妖術ですけどね」

「妖術……すみません、何も知らなくて」

 メイドが、もうしわけなさそうに頭をさげた。

「あ、自己紹介がまだでしたね。わたしは()(まつ)(がわ)リナ。おふたりを事件現場に案内するよう言われているので、ついてきてください」

 ふたりが案内されたのは浴室の脱衣所だった。

 本邸には日比谷の者が使う浴室とメイドたちが使う浴室とがあり、当然ふたりは2階にある日比谷用の浴室に案内された。


 脱衣所には黒峰(くろみね)と、美豆良(みずら)ヘアーの蝦蟇(がま)(しち)がいた。

「蝦蟇七さんも来てたんですか?」

「おお。人手が足りないってんで黒峰に頼まれてな」

 蝦蟇七は遺体のそばにしゃがむと、

「顔の右側だけ腐っていて、首には(さく)(じょう)(こん)吉川(よしかわ)(せん)。そんで、顔のそばには半分に割られた左側だけの般若(はんにゃ)めん。何から何までタクトのときと同じだ」

「第一発見者は?」

「ここの社長だ。黒峰、若いのに色々教えてやれ」

「はい」

 黒峰によると――。

 殺害されたのは日比谷(ひびや)ナオト。タクトの5歳上の兄である。

 最初に被害者を発見したのは、当主の日比谷(ひびや)(きょう)(すけ)

 個人惣菜屋だった〈ひびや〉を一代で大企業へと成長させた、ヒビヤフーズの代表取締役だ。


 その日、いつものように6時に夕食を取った(きょう)(すけ)は20分ばかり自室でくつろいでいた。

 その後、風呂へ入ろうと浴室へ向かい、遺体となった息子を脱衣所で発見したのである。

「日比谷響介は総導さまと面識があり、魔廻(まわ)りのことは日比谷タクト殺害のあと、総導さまが教えていたそうです」

「警察じゃなくて、(すべ)のじいさんに連絡したのは、そういうわけだ」

 蝦蟇七が言った。

「死亡推定時刻だが、6時30分ってとこだな」

「屋敷の者への事情聴取は?」

「いや、まだだ。なんせ、おれらもさっき来たばかりでな」

 蝦蟇七はひざをたたいて立ちあがると、

「黒峰、屋敷のもんをあつめろ。いまから事情聴取をするぞ」


 *   *   *   *   *


 午後8時10分。

 屋敷の者を本邸の食堂にあつめ、事情聴取がおこなわれた。

 ちなみに今回、メイドたちに(こころ)()かせの術は使っていない。

 これはすでに屋敷の者が魔廻(まわ)りの存在を知っているのと、

「これだけの人数の心を操作するのは、わたしひとりでは、とても……」

 黒峰(くろみね)ひとりでは全員の心をあやつれないからだ。

 現在、屋敷には住み込みのメイドが4人、執事が3人、専属料理人がひとりと、その弟子がひとり、そして日比谷(ひびや)(きょう)(すけ)の10人が住んでいる。


 事情聴取は魔廻(まわ)りの仕事である。

 まだまだ魔廻(まわ)り見習いの極導きわみちが、人生初の事情聴取に緊張しないはずがない。

「そ、それではいまから事情聴取をはじめます」

「ミッチー、それじゃあ授業開始の号令だよ。ほら、リラックス、リラックス」

 はなが笑いながら、極導の肩をたたいた。

 最初に話を聞いたのは奥山(おくやま)ミキというメイドだった。

 歳は27~28歳ぐらいだろうか。直線的なまゆと薄いくちびるがクールな印象をあたえる美人メイドである。

「午後6時30分ごろ、ミキさんは何をしていましたか?」

「その時間は、食器の片づけをしていました」

「ミキさんの言っていることにまちがいありません。わたしもいっしょに片づけをしていました」

 リナが横から口を添えると、ほかのメイドもうなずいた。

「最後にナオトさんを見たのは、いつですか?」

「食器を片づけはじめる少し前です。ご帰宅されたナオトさまを、わたしが出迎えました」

「それは何時ぐらいでしたか?」

「6時20分ぐらいだったと思います。食事よりも先に入浴したいと、おっしゃっていました」

 そういえば、脱衣所で見たナオトの遺体はワイシャツにスラックスという、いでたちだった。

 その後も事情聴取をつづけたが、ミキだけでなく全員にアリバイがあった。

「あと話を聞いていないのは、遺体を発見した日比谷響介だけなのですが……」

 黒峰が困った顔で、こめかみを掻いた。

 発見者の響介だが、彼は部屋にカギをかけて引きこもっているのだ。

「無理もありません。短期間で大事なご子息を、ふたりもうしなったのですから」

 中年の執事が言うと、

「いや、それだけじゃねえかもよ」

 蝦蟇(がま)(しち)が表情を強張らせて言った。

「社長さんは、つぎに自分が狙われると思ってるんじゃねえか」

 蝦蟇七は本物のカエルのように目を引ん()いて、屋敷の者を見まわした。

「今回、殺しが起きたのは屋敷のなかだ。ってことは犯行は内部の者の仕業かもしれねえ。社長さんはつぎに狙われるのが自分だと思って、部屋から出てこねえんじゃねえか」

「あなたは、ナオトさまを殺した犯人が、このなかにいると言うんですか!?」

 メイドのミキが蝦蟇七をにらみつけた。

「おいおい、そんな怖い顔するなって。せっかくのかわいい顔が台無しだぜ」

 蝦蟇七は一瞬たじろいだようにミキから目を()らしたが、すぐに余裕たっぷりに笑った。

「けど、もうすこし顔に肉をつけな。そっちのほうが愛嬌があっていいぜ」

「ふざけるのも、いい加減にしてください」

「おれは何もふざけちゃいない。このなかに下手人(げしゅにん)がいると本気で思ってるし、もしかしたら、そいつは人間じゃなくて怪異かもしれない」

「そんなバカな!? そんなことありえません!」

「じゃあ聞くが、あんた、ふつうの人間が顔の半分だけを腐らせるなんてこと、できると思うか?」

「それは……」

「もちろん怪異が屋敷のなかに忍びこんでる可能性もある。ま、ここであーだこーだ言ったところで、下手人(げしゅにん)が自首しに来るわけがねえ。おれは現場にもどって、いろいろと調べてくる。黒峰、あとのことは任せたぞ」

「はい」

「若いの、おまえはおれといっしょに来い」

 言うや否や、蝦蟇七が極導の手首をつかんだ。

「え、おれも行くんですか?」

「あたりまえだ。魔廻(まわ)りが現場を調査しなくてどうする。おっと、お嬢ちゃんは来なくてもいいぜ」

 ついてこようとする花子を蝦蟇七が手で制した。

「どうしてですか?」

「お嬢ちゃんには、ほかにやってもらいたいことがあるからさ」

 そう言って、蝦蟇七は花子に何か耳打ちした。

「なるほど。そういうことなら、よろこんで」

「じゃ、そっちは任せたぜ。さあ、若いの、おれらはいそいで現場にもどるぞ」

 蝦蟇七はカエルサンダルをゲコゲコ鳴らしながら、極導とともに脱衣所へ向かった。


(つづく)


更新は毎日おこなう予定です。

※ヒキガエルのオスは繁殖期になると、動くものになんでも抱きつく「抱接」という習性があり、メスのカエルとまちがえて他種のカエルやサンダル、ときには人間の腕にも抱きつくことがあるそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ