片般若 2
ネッククーラー捜索から1時間後――。
結局、ネッククーラーは見つからず、極導と花子は屋敷にもどることにした。
屋敷にもどると、極導は自室で事件の要点をまとめることにした。
殺害されたのは日比谷タクト。
大手冷凍食品メーカーとして有名なヒビヤフーズの社長の次男であり、年齢は二十歳。
殺害現場である河原には、大学のゼミメンバーとバーベキューをしにやってきていた。
殺害方法は絞殺。彼の顔の右半分は腐って骨も見えていたが、左側はまったくの無傷。
そして顔のそばには割られた般若面の左側だけが置かれていた。
以上をノートにまとめたところで、極導は腕を組んだ。
タクトの首には索条痕も吉川線も残っていて、彼が絞殺されたのはまちがいない。
現在、凶器は見つかっていないが、タクトが首に巻いていたネッククーラーが現場から消えており、下手人はこれを用いて、タクトを殺害した可能性がある。
「ネッククーラーが見つかれば、何かわかるかもしれないのに」
ノートに向かってつぶやくと、
「ミッチー、お風呂でたよ」
廊下から花子の声がした。
「入ってもいい?」
「ああ、いいぜ」
障子戸を開けて、浴衣すがたの花子が部屋に入ってきた。
いつも花子は肩とおへそを出した白いブラウスと赤いホットパンツを着用しているが、入浴後は浴衣で過ごすこともあるのだ。
「あ、事件のこと、まとめてたんだ」
花子が極導のそばに足を崩した。
遠くで見ると気づかなかったが、湯気をまとった彼女の肌は桃色に上気していて、その艶っぽさに思わずドキッ。胸元に向かいそうな視線をあわてて逸らした。
「下手人について何かわかった?」
「いや、まだ何も」
「そっか。ところでミッチー」
いきなり花子が肩を寄せてきた。
「蝦蟇七さんと、なんの話してたの?」
心臓が熱を帯びて跳ねあがる。
「遠くにいたから聞こえなかったけど、ミッチー、蝦蟇七さんと何か話してたでしょ」
「そんなたいした話じゃ……」
「あ、もしかしてエッチなお店に誘われた?」
今度は心が凍りつきそうになった。
ギャルの勘は鋭い。
その切れ味は名刀と比喩しても過言ではない。
かつて極導は想いを寄せていた先生がイケメンとレストランへ入るところを見て、心に穴が開いたことがある。
花子はその場にいたわけでもないのに、帰宅した極導を一目みるなり、
「ミッチー、ショックなことあったでしょ」
そう言いあてたのである。
そのことがあるため、
(下手に隠して、話がややこしくなっても困る。正直に話そう)
かくして極導はポケットに入れていた〈福呼華〉のショップカードを取りだし、蝦蟇七の性癖を暴露したのであった。
「人の趣味をとかく言う気はないけど、おれはふくよかな女性に接待してもらうような店に行く気はない」
「それを聞いて、ちょっと安心。わたし、相撲は大好きだけど、体型だけは力士よりもギャルでいたいもん」
世の中、ぽっちゃりギャルだっているだろうが、あえて極導は何も言わないことにした。
「でも、コンカフェはちょっと興味あるかな」
「へえ、意外だな」
「以前に人面チワワのケンさんが、猫又ナースカフェに通ってる話はしたでしょ」
「ああ」
「それと先代がコスプレ好きってことも」
「たしか家庭科室にコスプレ衣装がいっぱいあるんだよな」
「うん。先代が言ってたけど、コスプレって単にマネをするんじゃなくて、憧れとか好きって気持ちを身にまとって、なりたい自分になるための儀式なんだって」
「なんか、すごい壮大な話になってねえか?」
「カフェに行って『なりたい自分』になってる人をたくさん見たら、わたしも自分がなりたい理想のギャルに近づけるような気がするの」
「う~ん。理にかなってるような、かなってないような」
「だから〈甘極堂〉でも、ギャルのコスプレフェアをしようよ」
「いや、なんでそうなる!?」
「だって、すっごく楽しそうでしょ。昭和・平成・令和の3世代ギャルコスプレでお客さんを出迎えたら、きっと、みんなよろこんでくれるよ」
「よろこぶか?」
「うん。わたしがお客さんなら、感激して、いっしょに写真撮っちゃう」
「そういうことなら……一応ジジイに話しといてやるよ」
「ほんと?」
「ああ。店に来た人が笑顔になる工夫をしろって、いつも言われてるからな」
「ありがと」
そのあと3分ほど事件の話をして、花子は部屋をあとにした。
ひとりになると、極導はたたみに寝そべり、天井を見つめた。
「クリスマスにサンタの恰好をする店もあるし、コスプレ和菓子店も、案外いいアイデアかもな」
そして浴衣すがたの花子を思いだして、
(3世代ギャルもいいけど、浴衣ギャルのコスプレってのも、意外と有りかも)
天井ではなく、自身の心に向かってつぶやくのだった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※多邇具々は大国主の国づくりの説話に登場するヒキガエルの神さまです。ヒキガエルは地上のあらゆる場所に棲んでいることから、国を隅々まで知り尽くした存在であると考えられていました。また和歌山県和歌山市にある淡島神社の大国主社には、瓦蟇と呼ばれるヒキガエルの土偶を奉納する風習があるそうです。




