片般若 1
夏休みも残りわずかとなった8月24日。
午後7時40分。
御手洗極導は手組の花子とともに、怪異の仕業と思われる殺人事件の現場へ向かっていた。
事件現場は丁半大学付近の河原。
ふたりが到着したとき、現場にはすでに烏天狗の黒峰が筵(結界)をかけていた。
彼のそばには大学生とおぼしき4人の男女と、190センチ近い長身の男が立っている。
この大男を見るや、花子と極導は、
「すごいっ!」
「すごい……」
影を縫われたように、足がその場にはりついた。
なぜなら、大男のいでたちがあまりにも奇抜だったからだ。
大男が身に着けているのはカエルポリスがプリントされたアロハシャツに、鳥獣戯画のカーゴパンツ。おまけに履物はカエルのサンダルである。
さらに、この大男、服装だけでなく、髪型までもが「美豆良」という奇抜なものであった。
美豆良は、中央でふたつにわけた髪の束を耳の横で8の字の輪っかにして括った髪型。文字の説明ではわかりづらいが「弥生人ヘアー」といえば、想像してもらえるはずである。
「お、やっと来たか」
大男が髪と巨体を揺らしながら、こちらに近づいてきた。
彼が歩くたびに、
ゲコ ゲコ ゲコ
履いているカエルサンダルが音を立てる。
「ウワサには聞いているぜ、若いの。ギャルと霊盃をかわすたぁ、なかなかいい趣味してるじゃないか」
ソーセージみたいに大きな指で、男が極導の肩をたたいた。
「黒峰さん、この方は?」
「こちらの方は蝦蟇七さまといって、ヒキガエルの神・多邇具久の末裔にあたるお方です」
なるほど。どおりで全身にカエルが住み着いているわけである。
「また、電震さまのもとで医学を学んだ名怪医でもあります」
「電震のジジイが、ちっとばかし外に出られねえんでな。代わりにおれが出張ってきたってワケだ」
電震は大鯰の怪異で、普段は人間のすがたで怪異専門の医者をしている。
また事件が起これば検死役として現場に出張ることもあり、二か月ほど前に、かわうその流兵衛によって殺害された薪積萌華の検死にあたったのも彼であった。
「電震さん、どこか具合が悪いんですか?」
花子が心配そうにたずねる。
「なあに、たいしたことじゃねえよ。酔ったいきおいで電柱と相撲を取って、腰を痛めただけだ」
花子も相撲は好きだが、さすがにそんなバカなマネはしない。
「当分はおれがジジイの代わりを務める。まずは自分の目で仏(遺体)を拝みな」
蝦蟇七がうしろをゆびさした。
遺体は、河原の近くの雑木林のなかにあるのだ。
極導と花子は遺体に近づき、しゃがみこんだ。
(たしかに、こいつは怪異の仕業だな)
極導がそう思うのも無理はない。
遺体の顔の右側は皮膚が腐って赤黒く変色。
膨れあがった箇所もあれば、ただれて骨が見えている箇所もある。
しかし、ふしぎなことに顔の左側はまったくの無傷。
顔のそばには「わたしが殺りました」とでも告げるように、半分に割られた左側だけの般若面が置かれていた。
「仏の首に痣があるだろ。こいつは索条痕っていって、縄なんかで強く絞められたときにできる痣なんだ」
「じゃあ、下手人は被害者の首を絞めて殺害したあと、顔の右側だけをこんなふうにしたってことですか」
「ああ。だれも悲鳴を聞いてないっていうしな。それに索条痕だけじゃなく、首に引っ掻いたような傷もあるだろ。こいつは被害者が抵抗しようとして、自分の爪で首を引っ掻いたときにできる吉川線っていう傷なんだ」
そして蝦蟇七はあごをさすりながら、
「うーん」
「どうかしましたか?」
「いや、たいしたことじゃねえ。ちっとばかし寒気がしただけだ」
「ところで蝦蟇七さん」
「なんだ」
「さっきから気になってたんですけど」
「もしかして、こいつらのことか」
蝦蟇七が黒峰のそばにいる大学生らしき男女をあごでしゃくった。
大学生は男女合わせて4人。
全員がうつろな目で夜の川を見つめている。
「心配するな。いまのこいつらに意識はない。黒峰が心飛ばしの術で催眠状態にしてるからな」
「心飛ばしではなく、心浮かせの術です」
黒峰がすぐに訂正した。
「心浮かせの術は、烏天狗一族につたわる相手の心をあやつる妖術。術をかけた相手を意のままにあやつることができるのです」
「もっとも怪異や霊力のある人間には効果がないがな」
「心浮かせの術は、けっして悪用してはならない。これもまた烏天狗一族につたわる不破魂滅の掟なのです」
黒峰はマッシュヘアの青年の前に来ると、
「若と花子さまのために、遺体発見時のことを再度、彼に話してもらいましょう」
青年の口元で指をふった。
「……こいつの名前は日比谷タクト。おれたちのゼミメンバーだよ」
青年が抑揚のない声でしゃべりはじめた。
「おれたち、河原でバーベキューをしてたんだ。けど、タクトのやつ、雑木林のほうへトイレに行ったまま、ぜんぜん帰ってこなくてさ。それで心配して、おれが見にいったんだ。そこで、死んだこいつを見つけたんだよ」
術の効力だろうが、青年は川を見つめるばかりで、タクトを見ようとはしなかった。
「殺害された日比谷タクトですが、ゼミメンバーの話によると、彼はヒビヤフーズの社長のご子息だそうです」
「ヒビヤフーズって、あの冷凍コロッケとかつくってる?」
「はい」
ヒビヤフーズは冷凍食品で国内トップクラスのシェアを持つ大手冷凍食品メーカーである。
「ちなみにタクトは次男で、兄のナオトは、すでにヒビヤフーズの社員として働いているそうです」
「それも、この人たちから聞いたんですか」
「ええ。きょうが非番ということもあり、この近くのそば屋に行こうとしていたのですが、慌てふためく彼らを見て、不審に思い、心浮かせの術をかけて、すべてを話してもらったのです」
「凶器は見つかってないんですか?」
花子が黒峰に訊いた。
「凶器は見つかっていませんが、被害者が首にかけていたネッククーラーがなくなっています」
ネッククーラーとは首に巻いて使う、リング状の冷却グッズである。
「遺体を確認してもらったときに、大学生のひとりが被害者がネッククーラーをつけていないことに気づき、教えてくれたのです」
「じゃあ、もしかして下手人は――」
「ええ。これは蝦蟇七さまの見解ですが、冷やして固くなったネッククーラーなら、絞殺することも可能ではないかと」
「あくまで可能性の話だがな」
蝦蟇七があごをさすりながら言った。
「すでに下手人が処分しちまってるかもしれねえが、みんなでネッククーラーをさがすぞ」
* * * * *
そのあとすぐにネッククーラーの捜索がおこなわれた。
足元を月光提灯で照らしながら、極導が河原を見まわっていると、
「おい、若いの」
いきなり蝦蟇七が声をかけてきた。
「おまえの手先だがな」
「花子が何か?」
「ああ。なかなか、いい女だ」
「はあ……」
「だが、ちっとばかし痩せすぎだ。もっと太らせろ」
「はあ?」
「おれは肥えた女が好きなんだ。あの子をあと60キロ太らせろ。そうすりゃ、もっといい女になる」
極導はうしろをふりかえった。
花子は50メートルほど向こうでネッククーラーをさがしているので、もちろん、こちらの会話は聞こえていない。
「太った女はいいぞ。見てるだけで目も心も肥えて、しあわせになれる」
そう語る蝦蟇七の顔は、熱い水飴みたいにとろりとしていた。
「若いうちは色々と経験するもんだ。おれの行きつけの店を教えてやるから、一度足を運んでこい」
蝦蟇七はカーゴパンツのポケットから、
【ぽっちゃりメイドカフェ 福呼華】
というショップカードを取りだして、極導に握らせた。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※ちなみにわたしはキャベツ太郎のTシャツを普段着にしています。




