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てのひらの思い出 (一話完結・短編)

 (はな)()の部屋には三面鏡がついた大きな木製のドレッサーがある。

 これは、いまは亡き極導(きわみち)の母・すみれが生前に使用していたもので、つい最近、女中頭(じょちゅうがしら)のましろが花子にあたえたものである。

 そのときのやりとりだが――。

「きょうから、このドレッサーはあなたが使いなさい」

「え? でも、これってミッチーのお母さんのものですよね?」

「きっと、すみれさまも若の手組てぐみであるあなたに使ってもらいたいはずです。それとも女中頭であるわたしの言葉が聞けないのですか?」

 なかば脅迫ともいえるものだった。


 このドレッサーの引き出しには花子のメイク道具とともに一枚の写真が大切に保管されてある。

 今回はその写真にまつわる話である……。


 *   *   *   *   *


「見せたいものがあります。いっしょに来てください」

 そう言って、ましろが(はな)()をすみれの部屋に連れてきたのは、ある日の昼休憩のことだった。

 かつてすみれが使用していた部屋は、いま、アルバムなどを保管する物置部屋として使われている。

 12畳の和室に入ると、

「ましろさん、見せたいものってなんですか?」

「これです」

 ましろは本だなから一冊のアルバムを取りだした。

「これは若の写真を収めたアルバム。若はいずれ〈甘極堂(かんごくどう)〉の店主となり、この町の魔廻(まわ)りの親分となるお方。その手組てぐみであるあなたに若のこれまでの人生を知ってもらおうと思って、ここへ連れて来たのです」

「そうだったんだ」

「数が多いので、かいつまむかたちになりますが、わたしが写真の説明をしましょう」

 あらかじめ用意していた()()(とん)に座ると、ましろはアルバムを開いた。


 最初のページには2Lサイズの大きな写真が一枚だけ収められていた。

 それは、生まれたばかりの赤ちゃん極導(きわみち)を抱くすみれの写真だった。

「この人がミッチーのお母さん……」

「はい」

「きれいな人」

「美しいだけでなく、やさしいお方でもありました」

 あなたのように――とも言おうとしたが、それはまだ早い気がした。

「すみれさまと若がいっしょに写っている写真は、この一枚だけです」

 すみれは極導を生んですぐに亡くなってしまったのだ。

 だから極導には母との思い出がない。

 それゆえ、

「しろばあ、どうして、ぼくにはお母さんがいないの?」

 泣きじゃくる幼い極導を、ましろが抱きしめたことも一度や二度ではない。

 そのときの胸が詰まるような切なさを思いだして、ましろは無言でページをめくった。


 つぎのページには赤ちゃん時代の極導の写真がたくさん収められていた。

「うわ~、かわいい~」

 ハイハイしたり、おしゃぶりをくわえた極導の写真を見て、花子のほほがゆるんだ。

「ましろさん。このページ、キュンがあふれてるよ~」

「ええ。見ているだけで心が癒されます」

「ずっと見ていたいけど、これ以上見てたら、わたし昇天しちゃうかも~」

「……なら、ページをめくりますよ」


 つぎのページには2~3歳の極導の写真が収められていた。

「あれ?」

 写真を見て、花子が目を丸くした。

「ましろさん、この子は?」

 うさぎのぬいぐるみを抱いた女の子の写真を指さして、花子がたずねた。

「若にきまっているじゃないですか」

「え? だって、この子、女の子ですよね?」

「あなたがおどろくのも無理はありません。かげ(ひめ)(みち)と呼ぶ魔廻(まわ)りがいたほど、幼いころの若は、よく女の子とまちがわれたものです」

 だが実際に姫導と呼んでいたのは魔廻(まわ)りではなく、ましろ自身である。

 そしてそのことを知る者はだれひとりいない。いや、いてはいけない。

 女中頭は女中妖怪の模範となるべき怪異。

 それが未来の御手洗みたらい家当主にあだ名をつけていることがバレたら、面目丸潰れである。

 だから、ましろは魔廻(まわ)りを(かく)(みの)に使ったのだ。


 その後もましろはページをめくり、写真の説明をした。

「これは小学校の入学式で撮ったものです」

「1年生のミッチーもかわいい~」

総導(すべみち)さまが屋敷の魔廻(まわ)りを引き連れて観にいったものですから『小学校にヤクザが乗りこんできた!』などと騒がれて大変でしたよ」

「まあ、そうなりますよね」

「こちらは2年生の運動会で撮った写真です。かけっこで2位だったのがくやしくて、競技のあとに大泣きしたのを(おぼ)えていますよ」

「そうなんだ」

「そのあと、()()(くさ)れた若をなだめるのに苦労したものです」

「ミッチーって、いやなことがあると()()(くさ)れるクセあるもんね」

「ええ」

「けど、それがミッチー()()()だし、本人も()()()を抱きしめて、自分のことを好きになろうとがんばってる」

「そうですね」

 そして、ましろはうつむきながら、

「あなたのおかげです」

 小さな声でつぶやいた。


 *   *   *   *   *


「これは9歳のときに夏祭りで撮ったものです」

 それは、わたがしを持った極導きわみちが切れ長の目の男性に肩車をしてもらっている写真だった。

「こちらの方は――」

()()(みち)さんですよね?」

「ええ」

 明日導は極導の父親である。

 彼は7年前、ある事件の捜査中にしゅにんによって手組てぐみとともに殺されてしまったのだ。

「すみれさま同様、明日導さまもやさしいお方でした。夜遊びはせず、めかけをつくるようなこともぜったいにしない。親子なのに総導(すべみち)さまとはすべてが正反対の人でした」

「あはは……」

 これにははなも苦笑いである。

「和菓子職人と魔廻(まわ)りの二足の草鞋(わらじ)でいそがしいのに、仕事の合間を縫っては若と遊んだり、絵本を読んであげていました」

「ミッチーも言ってました。絵本を読んでもらいたくて、明日導さんが夜の巡回からもどってくるまで、ずっと起きてたって」

「明日導さまが亡くなられたのは、夏祭りの4日後のことでした。この写真は父子(おやこ)そろって映った最後の写真なのです」

 ましろは写真の極導を見ながら、

「明日導さまをうしなったことで、若の人生は大きく変わりました」

 当時の極導はまだ9歳。

 親に甘え、ともだちと自由気ままに遊びたい年ごろである。

 それが愛する父をうしない、それでも老舗(しにせ)の和菓子屋の子として――そして魔廻(まわ)りの親分の孫として、亡き父の代わりを務めなければならない重責を小さな背中に背負おうとするすがたは屋敷に住む者の胸に痛ましく刻まれている。

「あれほど愛らしかった顔つきが、責任感と重圧との苦しみから、みるみる険しいものへと変わっていきました」

 だが変わったのは顔つきだけではない。

 それまで極導の一人称は「ぼく」だったが、それが「おれ」に変化。

 また、総導の手組てぐみ寿学じゅがくが明日導のことを若と呼んでいたことから、

「みんな、きょうから、ぼく――おれのことを若と呼べ。おれが父さんの代わりに〈甘極堂(かんごくどう)〉の14代目店主になる」

 そう自ら宣言するようになったのだ。

(もし、あの苦しみがなければ、若は姫導ひめみちの顔のまま成長していたかもしれない)

 花子曰く、いまの極導はマイルドヤクザ系イケメンだが、ここ数週間で、その顔に笑顔が咲くことが増えた気がする。

(心に余裕がないと笑顔は生まれない。若の笑う機会が増えたのも、この子のおかげかもしれない)

 そっと横目でうかがうと、花子は胸に手を当てて、父子(おやこ)の写真を見つめていた。


 *   *   *   *   *


 ましろはページをめくると、

「これは若が10歳のときの写真です」

 いくつもある写真のなかから、団子を串にさす極導(きわみち)の写真を指さした。

「当時、若と仲のよかったともだちが入院したことがあり、その子の退院祝いに若が自分でみたらし団子をつくったことがあったのです。これはそのとき撮影したものです」

 そう説明したが、はなは、

「…………」

 無言のまま、うるんだ目で写真の極導にほほえみかけていた。

「みたらし団子が完成した直後です。総導すべみちさまの旧友が屋敷を訪れ、わたしが対応することになったのですが、そのあいだに若が――」

「みたらし団子を、そこらにあったパックに入れて持っていった」

「そうです。ご存じでしたか?」

「はい。ミッチーが教えてくれました」

「では団子をわたした相手のことも?」

「はい。それも教えてくれました」

「そうでしたか」

 じつは極導がみたらし団子をわたした相手は生前の花子なのだが、それを知っているのは花子だけ。

 ましろはもちろん、極導もそのことは知らない。


 アルバムの写真をすべて見終えると、

「ほしい写真があれば、あげますよ」

「え?」

「アルバムの写真はスマホやデジカメで撮った画像をプリントしたものです。1枚や2枚、あなたにあげたところで問題はありません」

「いいんですか?」

「すみれさまの部屋で保管させてもらっていますが、アルバムをつくったのはわたしです。つくった本人がいいと言っているのだから、いいのですよ」

 そう言って、ましろは花子にアルバムをわたした。

 アルバムを受けとると、花子はすぐさまページを開いて、

「わたし、この写真がほしいです」

 団子を串にさす極導の写真を指さした。

「やはり、そのページの写真でしたか」

「?」

「なんでもありません。ただのひとりごとです」

 ましろは保護フィルムをがして、花子に写真をわたした。

「ありがとうございます」

「休憩時間ももうすぐおわりです。写真をなくさないように部屋に置いてきなさい」

「はい!」

 花子は両手で写真を持って、すみれの部屋をあとにした。

「……すみれさまは、こうなることがわかっておられたのですね」

 アルバムを本だなにもどしながら、ましろはきのうのことを思いだした。


 きのうの夜――。

 ましろが廊下を歩いていると、


 ドサッ


 何かが落ちるような音がしょうを閉めたすみれの部屋から聞こえた。

「……だれかいるのですか?」

 返事はない。音もそれっきり聞こえない。

 部屋に入って電気をつけると、たたみの上に極導のアルバムがページを開いた状態で落ちていた。

 開いたページには10歳の極導の写真がいくつも収められ、そのなかには団子に串をさす極導の写真もある。

 窓を閉めた部屋に風が吹きこむはずないし、本だなに詰めこんだアルバムがひとりでに落ちるはずもない。

 しかし、ましろは別段おどろくこともなく、アルバムを拾いあげた。

(すみれさまが何かをつたえようとしている)

 すでにすみれは他界しているし、おそらく幽霊にもなっていない。

 だが、こうしてときどき屋敷のなかで彼女の「気」のようなものと遭遇することがある。そしてそれに遭遇するのは、きまってましろなのである。

 ドレッサーを花子にあたえたのも、契約けいやくしきで撮った極導と花子の写真が、いつのまにか開け放された引き出しのなかに置かれていたからだ。

(しかし、なぜ、あの写真なのでしょう)

 数ある写真のなかから、なぜ花子は極導がみたらし団子をつくる写真を選んだのだろう?

 そして、なぜそれを予知するように、すみれの「気」は、あの写真が収められているページを開いたのだろう?

 それは200年以上生きた、ましろにもわからない。

 いや、もしかしたら生きているかぎり、わかることはないのかもしれない。

 しょせん、妖怪もこの世の(ことわり)のなかで暮らす「生き物」なのだから。


 ましろは窓を開けると、そこから庭をながめた。

 8月の日差しは噛みつくように痛いが、ましろが冷気で屋敷全体をつつんでいるので、吹く風は心地よい冷風。

 その風に揺れる池の水面みなもを見ながら、

(まさか、若がみたらし団子をわたした女性というのは……)

 しかし、すぐに、

「いいえ。そんなこと、あるはずがない」

 わざと声に出して否定するのだった。


(てのひらの思い出 完)


ゴクハナのエピソードはこれからも投稿していく予定です。

次回、投稿するエピソードは『かた般若はんにゃ』!


連続殺人事件の現場にのこされた、片方だけの般若はんにゃめんが意味するものとは!? 

そしてしゅにんと対峙する極導と花子の運命は?

次回のゴクハナに、こうご期待ください。


※タイトルとエピソード内容は予告なく変更する場合があります。ご了承ください。




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