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雨となみだの花子さん 2

 変わりたい。

 それはかつての――いや、魔廻(まわ)りとなったいまでも極導きわみちの胸にある想いだった。


「変わりたかったって、どういうことだよ」

「あっしは250年近く魔廻(まわ)りの手先(てさき)として、この町を守ってきました。いやぁ、250年ですからね、そのあいだにクズみたいなやつとも出会ったし、花見に誘ってくれるようないい人とも出会いましたよ」

 流兵衛りゅうべえの口調は、昔をなつかしむ老人のそれだった。

「これまでも、そしてこれからもあっしは魔廻(まわ)りの手先(てさき)として、この町を守りつづけていくんだ。そう思っていましたよ。けど、あるとき、ふと思ったんです。それじゃあ何も変わらないなって」

 流兵衛は小石を拾うと、それを川に投げた。

 ぽちゃん、という音がして、広がる波紋が水面(みなも)に映る月を撫でた。

「町を守るために魔廻(まわ)りと霊盃(さかずき)をかわして、そいつが死んだら、またべつの魔廻(まわ)りと霊盃(さかずき)をかわす。同じことのくりかえしを、この先もずーっとつづけていくんだと思うと、なんだか生きるのが(むな)しいような気がしたんですよ」

 流兵衛が水面(みなも)を見ながら言った。

「そんなとき、やな()の旦那と出会ったんです。あの方は本当にやさしいお方でね、まちがいなく、いままで出会ったなかで最高の魔廻(まわ)りでしたよ」

 流兵衛の表情はおだやかで、吐きだす言葉も本音に聞こえた。

「20日ぐらい前ですかね。つぎの日が非番ってこともあり、旦那の家でわいんを飲みながら、いままで解決してきた事件のことを話してたんですよ。そのとき旦那に言われたんです。『おまえと霊盃(さかずき)をかわせて、おれはしあわせだ』って」

 流兵衛のほほを光るものがつたった。なみだだった。

「『たまに失敗もするけど、仕事に一生懸命なおまえがおれは好きだ。だから、おまえと霊盃(さかずき)をかわせたことが、おれの一番の誇りだ』。旦那はあっしの顔を見ながら、そう言ってくれたんです」

 なみだは途切れることなく、流兵衛の目からこぼれつづけた。

「あのときは本当にうれしかった。この人のためなら、命を捧げてもいいと本気で思いましたよ。でもね、同時にこうも思ったんです。もし、この人がいなくなったら、あっしの人生は変わるんじゃないかって」

 泣きながら、流兵衛は極導を見た。

「命を捧げてもいいと思える人を失ったら、あっしの人生は変わるんじゃないか。しかも、ただ失うんじゃねえ。あっし自らの手で旦那を殺せば、二度ともどらないほど人生がべつのほうへ変わるんじゃないか。そう思ったんですよ」

 その瞬間、なみだで赤く()れた流兵衛の目に狂気が宿った。

「旦那を殺せば、築きあげてきたものすべてが崩れ去ると思いました。正義も信頼も、いままで人間といっしょに築きあげてきたものが崩れて、人生そのものが闇のなかに落ちていく気がしたんです。ゾクゾクしましたよ」

 宿った狂気がどんどん膨れあがってゆく。なみだはすでにとまっていた。

「どうせなら()ちるところまで()ちてみよう。殺人だけじゃなく、いままで自分が最低だと思っていた()()めにも手を染めてみよう。それで犯す女性を探しはじめたんです」

「部屋に貼ってあった写真がそれだな」

「なんだ、バレてたんですか。勝手に人の家にあがるなんて、若も人が悪いなぁ」

 流兵衛がクククと笑った。

「あの日は巡回の最中に、たまたま臓器グミを運んでいるぎん(を旦那が見つけましてね。銀二のやつは急いで逃げたんですが、袋小路に追いこまれちまいましたよ」

 説明しながら、再度、流兵衛は川原(かわら)の石を拾った。

黒影刀(こくえいとう)をかまえた旦那が、あっしの前に出たときです。『殺すならいまだ、やれ!』そう、あっし自身の心がさけびました。そして気づいたら、旦那の後頭部をぶん殴ってたんです」

 流兵衛は拾った石を握りつぶした。

 指のあいだから、つぶれた石の粉がこぼれ落ちる。

「怪異の霊力を取りこんだところで、人間ってのは(もろ)いもんですね。一撃で頭蓋骨が砕けて即死でしたよ」

「なんてことを……」

「わけがわからない銀二の目の前でおせいに化けて言ってやりましたよ。『これが本当のわたしのすがた。魔廻(まわ)りのことを教えてやるから、わたしに手を貸せ』ってね」

 流兵衛がおせいに化けて言った。

「柳井さんの頭を斬り取ったのは死因を偽装するためか?」

「ええ。斬り取った頭は、銀二がどっかに埋めたみたいですがね」

 そのとき雨が降りはじめた。

「でも魔廻(まわ)りの情報を教えた翌日に銀二が死ぬとは思いませんでしたよ。若、あんた、ほんとは人間じゃなくて疫病神なんじゃないですか?」

「だとしたら、おまえはもうおわりだ。おれはおまえを許さない。かならずお縄にかけて、おさばきにかける」

「そんな必要ありませんぜ。どうせ死罪は免れねえんだ。それなら、あんたらを殺して、まだまだちてみせますよ」

「なら、ここでおまえを斬る」

「見習いのあんたにできるかな?」

 おせいの流兵衛が嘲笑ちょうしょうした。

「若、いいことを教えてあげますよ。怪異の霊力を取りこんだ人間――つまり魔廻(まわ)りの臓器には妖怪の進化を助長する働きがあるんです」

 かわうそのすがたにもどり、流兵衛が自分の腹を爪でひっかいた。

「あっしは銀二に旦那の頭だけじゃなく、腹も斬るよう言ったんですよ」

「おまえ、まさか――」

「ええ。あの日、あっしは変わったんだ。生き方だけじゃねえ。旦那の臓器を食って、あっし自身もまた新しい妖怪へと生まれ変わったんだ」

 流兵衛のからだが溶け、瑠璃るりいろの液体にへんする。

「いまのあっしはかわうそじゃねえ」

 液体の流兵衛は川の水を吸収しながら膨れあがり、ひとつ目の青い虎になった。

(めい)()土産(みやげ)に教えてやるよ。いまのおれはすいだ」


(つづく)

更新は毎日おこなう予定です。

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