飲み屋の花子さん 5
3人はあらかじめ錬明術でつくっておいた月光提灯を持って、部屋に入った。
6畳の和室は余計なものがなく、よく整理されていて、いかにもきれい好きな男の部屋といった感じである。
ゆえに全身が映るほど巨大な鏡が、白紙にたれ落ちた墨汁のような違和感を放っていた。
だが、壁には違和感ではすまされない狂気が根を張っていた。
「なんだよ、これ……」
壁に貼られていたのは黒髪の女性の写真。
枚数は30近くもある。
「ミッチー」
「ああ。仮説が当たったかもな」
ここに来る途中、極導は花子たちに仮説を話していたのだ。
それはこんな仮説である。
* * * * *
「流兵衛さんが柳井さんを殺した下手人?」
仮説を聞いた花子が、すっとんきょうな声をあげた。
「ああ。もし、あの運び屋の鎌鼬が柳井さんを殺した下手人なら、流兵衛さんにとって、絶対に許せない仇だろ」
「うん」
「だったら、あいつとつながりのある、おせいのことを流兵衛さんが隠しておくはずがない。たとえ人違いだったとしても、いちおうジジイに報告ぐらいはするはずだ」
「たしかに」
「それをしなかったのは流兵衛さん自身がおせいで、鎌鼬やほかの運び屋に魔廻りの巡回時間やルートを教えていたからなんじゃないか」
「たしかに、ずっとこの仕事にたずさわっている流兵衛さんなら、それも可能だね」
「たとえ知らなくても、調べる手はいくらでもあるしな。柳井さんは、流兵衛さんが運び屋たちに魔廻りの内部情報を教えていることに気づいた。それを知った流兵衛さんは鎌鼬と協力して柳井さんを殺した」
「でも流兵衛さんも、からだじゅうを斬られてたんだよね?」
そう。頭を斬り取られた柳井のそばには、からだじゅうを斬られた流兵衛もたおれていたのだ。
「おそらく、それは偽装だな。柳井さんが死体で発見されたのに、いっしょにいた自分が無傷じゃ怪しまれる。だから急所を外して、鎌鼬にあさめの傷をからだじゅうにつけてもらったんだろう」
長屋まであとすこしと迫ったとき、
「柳井さんも流兵衛さんも同じ場所でたおれていた。なのに頭を斬り取られていたのは柳井さんだけだった。そのことに、もっと早く気づくべきだったんだ」
極導は悔しそうにうなるのだった。
* * * * *
以上が道中での話である。
「若の仮説はおそらく正しいでしょう」
見ると、豆蔵が一冊の帳面を持っていた。
「これを見てください」
豆蔵が帳面をめくる。
最初のページには浮世絵風のタッチで30歳ぐらいの男が描かれていて、その上から赤い×がつけられていた。
「柳井さんです。ここに名前が書かれています」
ページの右上には【柳井啓太 6月12日 殺】と書かれていた。
豆蔵がつぎのページをめくった。
そこにもまた浮世絵風の若い女性が描かれていて、柳井同様、赤い×がつけられていた。
「薪積萌華 6月18日 犯・殺」
花子が読みあげる。
「犯・殺っていうのは、犯して殺したって意味かもしれないな。豆蔵さん、これをどこで?」
「たんすのなかです。あいつは昔から大事なものをたんすのなかに隠す癖があったんですよ」
豆蔵がつらそうに肩を落とした。
「これはおそらくあいつの殺人帳面でしょう。こうして殺した相手を記録しているんです」
豆蔵がまたページをめくった。
そのページに描かれていたのは萌華と同じ黒髪の女性。
しかし×はつけられていない。
「え……」
ページの右上を見て、極導は絶句した。
【東浄一華 6月19日】
「そんな……」
手から提灯が落ちた。
「19日って、きょうじゃないか」
「ミッチー?」
「花子、すぐに屋敷に電話だ」
「え?」
「ジジイにたのんで、動ける魔廻りを総動員させるんだ。流兵衛は今夜、この人を――東浄先生を殺すつもりなんだ」
極導は東浄先生の似顔絵を指さした。
「名前の横に犯も殺もないし、×もつけられていない。いま動けば、犯行を防げるかもしれない」
「わかった」
花子がスマホで総導と連絡をとっているあいだ、極導は焼けつくほどのいきおいで思考を巡らせていた。
(どこだ!! 流兵衛はどこで東浄先生を襲うつもりなんだ!)
極導は下手人の気持ちになって考えてみた。
(もしおれが流兵衛なら、ひと気のない場所で襲う)
おそらく流兵衛は以前から東浄先生のことを調べていたはずだ。
たしか東浄先生は指詰川の近くのアパートに住んでいた。
あそこはひと気も少なく、近くに住んでいる人も老人ばかりで夜は早く灯りを消す。
犯行にはうってつけの場所だ。
(あそこの担当は浅井慎吾。さぼり癖で有名な魔廻りだ)
魔廻り見習いの極導でさえ知っているのだ。
流兵衛なら、当然そのことも知っているはずである。
(これだけの条件がそろっているんだ。可能性はあるかもしれない)
「ミッチー、連絡とれたよ」
花子が言った。
「非番の魔廻りにもたのんで、動ける人で巡回を強化するって」
だが、それだけでは犯行を防げないかもしれない。
東浄先生を守るには、犯行が起きる前に流兵衛を捕まえるしかないのだ。
「東浄先生のアパートは指詰川の近くだ。花子、おれたちはそこへ行くぞ」
「わかった」
「若、花子さん。わたしも行きます」
豆蔵が申しでた。
「よし、3人で行こう」
3人は急いで指詰川へ向かった。
(たのむ、無事でいてくれ!)
走りながら、極導は月に願った。
だが、その願いを消すように、夜空には不吉な雨雲が広がりはじめていた。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




