お屋敷の花子さん 2
こうして、話はいまへともどる。
「若。いま一度お考えになってください」
たたみを見つめる極導に寿学が声をかけた。
「若の霊力はすさまじい強さです。並の怪異では、霊力がちがいすぎて手組になることはできません。霊盃は霊力の強さが近い者としかかわすことはできないのです」
「そんなのわかってるよ」
「わかっているなら、なぜ、花子さまと霊盃をかわそうとしないのです」
「そうじゃ、そうじゃ。極導、おまえ、こんなかわいい娘に、いったいなんの不満があるというんじゃ」
総導が、つばを飛ばしながら喚いた。
「わしなら霊盃をかわすどころか、からだごと交わらせて――」
「総導さま、言葉を慎んでください」
いつも温厚な寿学が、めずらしく語気を強めた。
「みんながおれのためにがんばってくれたのはわかってる。だからこそ、おれは花子を手組にすることはできない」
「なぜ?」
「こいつがギャルだからだ」
たたみに視線を向けたまま、極導は反論した。
「魔廻りは命がけの仕事だ。それをこんなノリの軽いギャルにできるわけがない。みんなの努力も、いままでみんなが守ってきたものも、ギャルなんかに託すわけにはいかないんだ。だから、おれはこいつとは霊盃をかわさない」
「う~ん。決めつけはよくないと思うよ、ミッチー」
うつむく極導の顔を、花子が下からのぞきこんだ。
「ギャルだから何もできないっていうのは、よくない決めつけだと思うよ。それにわたしと契約すれば、いいことだって、たくさんあるんだから」
「いいこと? いいことってなんだよ」
「ほら、わたしってトイレの怪異でしょ。わたしが家に住み着くと、トイレがフローラルな香りに包まれて、掃除しなくても、きれいで清潔な状態が保たれるの」
「へぇ。それいいな」
「でしょ? あとね、トイレットペーパー、いくら使っても減らなくなるんだよ」
「マジで!? すごいな」
「えへへ~、すごいでしょ。あ、あと、おなかの調子もよくなるから、屋敷に住む人、みんな、詰まったり、ゆるくなったりで困ることもないよ」
もし、このとき極導が花子ではなく、うしろにいる女中妖怪を見ていたら、彼女たちの懇願のまなざしに気づいたはずである。
「たしかにおまえを手組にすれば、いろいろといいことがありそうだな」
「でしょ?」
「けどダメだ。おまえと霊盃はかわせない」
「ええ~、なんでぇ」
「トイレがきれいになったところで、戦いの役に立つとは思えないしな。魔廻りは命がけの危険な仕事なんだ。どうしてもおれの手組になりたいなら、戦闘で役立つ能力を見せてみろ」
「戦闘で? あ、それだったら――」
そのときである。
「失礼します」
障子戸の向こうから声がした。
「黒峰か。入れ」
「はっ」
すすっと障子戸が開く。
廊下には黒い翼を生やした烏天狗の黒峰が膝をついていた。
黒峰は上座へ行くと、再度、総導の前で膝をついた。
「ご報告があります」
「うむ」
「何者かの手により、柳井さまが殺害されました」
広い座敷にどよめきがあがった。
「柳井? あの柳井啓太が殺されたっていうのか?」
「人ちがいじゃないのか」
そういったおどろきの声は、おもに魔廻りや彼らの手組のなかからあがった。
「犯行があったのは場朽通りの袋小路です。腹を切り裂かれたうえに、頭も斬りとられて持ち去られていました」
「臓器狙いの犯行か」
「おそらくは」
「頭は持ち去られていたんじゃろ。人ちがいってことはねえのか?」
「遺体のそばに手先の――」
「黒峰、ここでは手組だ」
「失礼しました。遺体のそばに手組の流兵衛がたおれていたことから、人ちがいということはないと思います」
「流兵衛は無事なのか?」
「からだじゅうを斬られていますが無事です。現在、療養所で手当を受けています」
「そうか」
「すでに現場には筵をかけて、仲間の者が検死にあたっています」
「あいかわらず仕事が早いな」
「恐れいります」
黒峰が頭をさげた。
ちなみに筵というのはワラを編んでつくった敷物のこと。
江戸時代には通行人に死体を見せないために被せて使われたりもしていたが、現代では捕物や死体を隠すときに張る結界のことをそう呼んでいる。
「下手人(殺人犯)はまだ見つかっていません」
「黒峰、わかっているとは思うが――」
「はい。先日の栄牙組との闘争で大勢の魔廻りが手負いなのは承知しています」
「うむ」
「わたしがここを訪れたのは、あくまで報告のため。捜査の加勢を求めにきたのではありません。下手人捜しは、動ける者でおこないます」
「すまんがそうしてくれ」
「では、これにして失礼」
黒峰が立ちあがったとき、
「黒峰さん、おれも行くよ」
極導が言った。
「柳井さんにはおれも世話になったんだ。だから、おれも下手人捜しをてつだわせてくれ」
「しかし、若は……んん?」
極導のとなりにいる花子を見て、黒峰がのどをうならせた。
「若、そちらのお嬢さまは?」
フナまみれの生簀で、一匹だけ錦鯉を見つけたような顔をして黒峰がたずねた。
「呼びだしたんですよ。召霊陣で」
「もしや、そのお嬢さまと霊盃を?」
「んなわけないでしょ」
「しかし手組のいない者を魔廻りと認めるわけには……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。剣の稽古は毎日してるし、すこしぐらいならおれだって戦える。たとえ手組がいなくたって――」
「ふざけたことぬかしてんじゃねえ!」
雷鳴のような怒号が極導の耳を貫いた。
見ると、総導が険しい表情でこちらをにらんでいた。
「剣の腕に自信があるから、手組なんざ必要ねえだと? てめえ、魔廻りの仕事をなんだと思ってやがる」
「だって、いまは人手が――」
「いいか、おれら魔廻りが怪異と戦えるのは、手組のおかげなんだ。手組に力を貸してもらえねえと、人間なんざ、なんの役にも立たねえってことを、てめぇは16にもなって、まだわかんねえのか!」
声の張り。視線の鋭さ。
すべてが圧倒的だった。
恐怖で空間を支配する総導の顔はエロジジイでも叱られた仔猫でもない。
それはまさしく、この町の魔廻りを総べる親分の顔だった。
「そんなションベンくせえ戯言を吐くようなやつはこの場にいらねえ。とっとと自分の部屋にもどれ」
「……」
「もどれっつってんだろ!」
「……わかったよ」
腹いせに総導をにらみつけると、
「もどりゃあいいんだろ。もどりゃあ」
捨て台詞を吐いて、極導は座敷を出た。
廊下に出て、障子戸を閉めようとしたとき、心配そうにこちらを見る花子と目があった。
(そんな目で見ても、手組にはしねえからな)
花子の視線を断ち切るように、極導は障子戸を閉めるのだった。
* * * * *
そのあと極導は自室ではなく、父の書斎へ向かった。
何かいやなことがあると、ここを訪れるのが幼いときからの習慣なのだ。
「父さん、入るよ」
いるはずのない部屋主にひと声かけて、極導は障子戸を開けた。
書斎は〝あの日〟のまましている。
父が亡くなった、あの日のままに……。
極導には両親がいない。
母・すみれは極導が生まれてすぐに亡くなり、父・明日導も7年前、ある事件の下手人に手組とともに殺されてしまったのだ。
(なにやってんだろ、おれ)
露台(バルコニー)の手すりにもたれかかると、極導は眼下に広がる夜景をながめた。
〈甘極堂〉の本店と屋敷はべつにある。
本店は金筋丘という丘のふもとに、そして屋敷は丘の上に建てられている。
そのため屋敷の3階から町を一望することができるのだ。
町のなかでは目が痛むほどのネオンの光も、遠くで見れば、その一つひとつが星の輝きのような柔らかい美しさを目に運んでくれる。空だけでなく、地上にも宇宙が広がっているみたいで、極導はここから見る夜景が好きだった。
(くやしいけど、ジジイのいうとおりだ。おれひとりの力じゃ怪異と戦うことはできない)
では、やはり花子と霊盃をかわすしかないのか?
(いや、それはだめだ。あんなやつを手組にするわけにはいかない)
魔廻りの仕事には常に血がつきまとう。
そんな仕事をノリの軽いギャルにできるとは思えない。
たとえ霊力が高くても、下手人と対峙したときに震えて動けなくなったり、むごたらしい遺体を見るたびに、いちいち気絶されるようでは困るのだ。
「あんなやつ手組にしたって、なにも守れねえ。父さん、おれ、これからどうしたらいいんだよ」
書斎のほうから父の声が聞こえてくるのではないかと、ひそかに期待したが、なにも聞こえてこない。
死んでも、みんなが花子のように幽霊になれるわけではないのだ。
「変わりたいんだ。いや、変わらなくちゃいけないんだ」
言葉となってこぼれた想いが、6月の闇に沈んでいった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




