飲み屋の花子さん 2
「おや、若じゃないですか」
闇のなかから小豆色の浴衣を着た70歳ぐらいのおじいさんがあらわれた。
「あ、豆蔵さん。こんばんは」
「魔廻りになったことは聞いていましたが、まさかこんな場所でお会いするとは思いませんでしたよ。そちらのお嬢さんが花子さんですか?」
「はい。花子、この人は豆蔵さん。うちに小豆を卸してくれる〈あずきや〉さんの専務だ」
「小豆洗いの豆蔵です。以後、お見知りおきをお願いいたします」
豆蔵が花子に頭をさげた。
小豆洗いは川で小豆を洗う老人の妖怪。
小豆の知識と目利きで右に出る者はいないと言われている。
「花子です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「う~む、ウワサどおりの過激なおすがた。このようなお嬢さんと霊盃をかわすのですから、やはり若にも総導さまの血が流れておられるのですね」
悪意はないだろうけど、うれしくない言葉である。
「そういえば豆蔵さん、たしか北海道に旅行に行ってたんですよね?」
「ええ、休暇と小豆農家の視察を兼ねての小旅行です」
「いつ、もどられたんですか?」
「きょうの夕方ですよ。いまから行きつけの飲み屋に行くところなんですが、どうです? おふたりもいっしょに来ませんか?」
「お誘いありがとうございます。けど、おれたちは巡回の最中で――」
「若、どの分野でも一流といわれる者は〝おん〟と〝おふ〟の両方を大切にしているものですよ。良い仕事をするコツは良い休みを取ることです」
「あ、その考え方、好き!」
感激して、花子が手をたたいた。
「お代はわたしが払います。だから3人で行きましょう」
「でも行くのは飲み屋でしょ? おれらみたいな未成年が入っていいんですか?」
「ええ、だいじょうぶですよ。それにいまから行くのは魔廻り用の飲み屋ですし」
「魔廻り用の飲み屋? なんですか、それ?」
「ここらは昔から魔廻り相手に酒や飯をふるまう店がたくさんあるんです。わたしの行きつけも、そのひとつですよ」
「なるほど」
「酒以外の飲み物もありますし、若が魔廻りになったお祝いも兼ねて、いっしょに飲みに行きましょう」
「わかりました。どうせ休憩をとるつもりでしたし、ちょっとぐらいならつきあいますよ」
「そう来なくては」
豆蔵が顔をほころばせると、
さく さく さく。
どこかで小豆を洗うような音がした。
* * * * *
見つめていた。
じっと。ただじっと、うす暗い部屋でおせいは鏡に映った自分の顔を見つめていた。
昔ながらの美しい顔である。ゆえに憎むべき顔でもある。
この顔を見るたびに、あの男に抱かれた日々を思いだす。
その思い出を胸に、おせいは自身のすがたを変えた。
髪型、体型、服装、顔。
そのすべてが一瞬でかたちを変え、おせいは昨日、橋の下で殺した女性に変化した。
女性の名前は薪積萌華。以前から目をつけていた女子大生だ。
萌華に変化したおせいは、ふたたび鏡で自身の顔を見つめた。
そして彼女を犯したときのことを思いだし、興奮で身震いした。
(変われる。もっと変われる)
そうだ。自分はまだまだ変わることができる。
殺して、犯して、食って、だます。
何度もそれらをくりかえして、堕ちるところまで堕ちてやる。
そうすることで変わるのだ。いままでの生き方とはまったく逆のほうへ。
おせいは萌華から、またべつの女性へ変化した。
いまから襲い、そして殺す女性である。
萌華と同じ長い黒髪。
それを指にからめながら、おせいは鏡に向かって、こうつぶやくのだった。
「殺してやるぞ……東浄一華」
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※実際に高校生でも居酒屋(飲み屋)に入ることはできますが、お酒は絶対にNGです。ジュースとおいしい料理を楽しみましょう。
そのほか、各店舗によって「高校生だけの入店は禁止」などの独自ルールもあるので、利用したい場合は事前にルールや利用できる時間帯を店側に確認してもらうことをオススメします。




