飲み屋の花子さん 1
午後7時――。
東浄一華は人気のフレンチレストランで霧矢倉カオルと夕食をとっていた。
「おるる、きょうは遊びに誘ってくれて、ありがとね」
「礼なんていいわよ。わたしたち親友じゃない」
カオルが白い歯を見せて笑った。
高身長なうえにイケメンで、さらにスタイルも抜群。
けど恋人ではない。
ここの店員にもまちがわれたけど、カオルは恋人ではなく、一華の中学時代からのオンナともだちである。
「でも、おどろいた。まさか、あのいっちゃんが教師になるなんて」
「まだ実習生だから厳密には教師じゃないけどね」
「ギャル時代を知ってる身としては、ほんと、夢を見てるみたい」
「そういう、おるるだってアイドルの専属スタイリストなんでしょ。そっちのほうが夢みたいだよ」
「あのころのわたし、毎日男子にいじめられて泣いてたもんね。そんなわたしにいっちゃんはメイクやマニキュアの塗り方を教えてくれた。いまのわたしがあるのはいっちゃんのおかげよ」
そう言って、カオルは一華のグラスにシャンパンを注いだ。
「からだが男の泣き虫女子はアイドルのスタイリストに。ホットパンツの茶髪エロギャルは黒髪清楚系教師に。うふふ、タイムスリップして、あのころのわたしたちに聞かせてあげたいわ」
「聞かせても、ぜったい信じないだろうけどね」
「でも黒髪のいっちゃんもステキよ。わたしが男なら恋に落ちてる」
「も~、おるるのお世辞じょうず~」
「お世辞じゃないわ。ほんとにステキだもの。髪黒くしたの、やっぱ教師になるから?」
「うん」
「あのね、いっちゃん。こんなこと言うのもなんだけど……」
きょう会ってから、はじめてカオルの表情が曇った。
「黒髪のいっちゃんを見て思ったの。大人になった、つぼみちゃんみたいだなって」
「わたしも鏡を見るたびにそう思う」
「つぼみちゃんが亡くなって6年だっけ」
「うん」
「清楚って言葉がピッタリの美しい子だったわね」
実際、姉の一華から見ても、つぼみは美しい子だった。
見た目はもちろん、こどもやお年寄りに向けられた優しいまなざしを見るたびに、一華は妹の人としての美しさを感じていたほどである。
「つぼみちゃん、お相撲が好きだったっけ」
「うん。あの子、おばあちゃんっ子だったから」
「よく、お姉ちゃんみたいなギャルになりたいって言ってたわよね」
「病気が治って退院したら、ふたりでタピオカミルクティーを飲みにいこうって約束してたの」
だが、その約束を果たすことなく、つぼみは病魔により、16歳になる前に亡くなってしまったのだ。
「つぼみちゃん、きっと天国でたのしくギャルをしてるわよ」
「うん」
「昔のいっちゃんに負けないぐらいエロい恰好でね」
「それは……ちょっと勘弁かな」
「あはは。冗談よ、冗談」
カオルが笑いながら、空になった自分のグラスにシャンパンを注いだ。
* * * * *
午後8時――。
極導と花子はケガで動けない魔廻りの代わりに、夜の町の巡回をしていた。
ふたりが廻っているのは三丁目にある古い住宅地。
高い塀と小道が多いことから、魔廻り泣かせと言われる場所だ。
「でも妖怪ってすごいよね。進化できるんだから」
花子がしているのは、昼間、ましろから聞いた話である。
「進化したら、やっぱり力も強くなるのかな?」
「らしいぜ。漬物石も持てなかった浪小僧が海坊主に進化したとたん、屋形船を持ちあげたって話もあるしな」
「屋形船はわたしも無理かな」
「ただ、進化直後の妖怪とは霊盃をかわしちゃいけないことになってるんだ」
「どうして?」
「進化して1週間ぐらいは霊力が安定しない状態がつづくんだ。そんな状態でほかのやつの霊力を取りこんだら、霊力が暴走して、たましいが消滅する恐れがあるからな。だから霊力が安定するまで霊盃をかわしちゃいけない決まりになってるんだ」
「そっか。進化にはリスクもあるんだね」
そんなことを話していると、たちまち時間が経過した。
「ちょっと疲れたな。休憩にするか」
小さな児童公園に入ろうとしたとき、
「おや、若じゃないですか」
闇のなかから小豆色の浴衣を着た70歳ぐらいのおじいさんがあらわれた。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※浪小僧は静岡県の西部一帯につたわる妖怪で、波の響きで人々に雨が降ることを知らせると言われています。浪小僧が海坊主に進化するというのは本作オリジナルの設定ですが、浪小僧=海坊主とする民話も存在するそうです。
先日、元小結の遠藤(本名:遠藤聖大)が現役引退を決意されました。
遠藤は甘いマスクと巧みな取り口が有名な力士で、彼をきっかけに相撲沼にハマったスー女も多いと聞きます。今後は、自身が育った追手風部屋の年寄(親方)として、後進の指導に当たる予定だそうです。




