なぐさめの花子さん 5
極導と流兵衛がハンバーガーショップに入る、すこし前――。
御手洗家の屋敷では、白粉婆のましろと花子が部屋の前で話しあっていた。
「普段、屋敷の魔廻りが〈甘極堂〉で働くように、あなたにも日中は女中として家事をしてもらいます。よろしいですか?」
「うん。いつまでもお客さま気分じゃ、みんなに迷惑かけちゃうしね」
「いい心がけです。ですが、返事ははいでするように」
「あ、はい。わかりました」
「本当なら和服に着替えさせたいところですが、総導さまから『その服のままでいさせろ』との命を受けています。なので着替える必要はありません」
「ほんと!? やったー♪」
うれしそうな花子を見ながら、ましろは、
(あの色欲魔人め)
心のなかで舌を打った。
「まずは料理からはじめましょう。あなた、料理の経験は?」
「あります。自慢じゃないけど、ミッチーもおいしいって言ってくれました」
「それは結構。ですが家には、その家の味というものがあります。あなたには御手洗の味を学んでもらいますよ」
伝統は守り、受け継いでゆくもの。
それができない娘に屋敷にいる資格はない。
花子が、もし途中で「もう、やだぁ~」なんて泣いても、
「そんな甘えが通用すると思っているのですか!」
女中頭として、そう叱るつもりだった。
(蓮っ葉を一人前の女中に育てるのも女中頭の仕事。きびしく接しなくては)
固く結ばれたましろの誓いは、あらゆる場面で火を噴いた。
「なんですか、その包丁さばきは! 力に任せて切るだけなら、サルでもできますよ」
料理をつくったあとも、
「盛りつけ方が雑すぎます! 味だけでなく、見た目にこだわってこその料理ですよ。一からやりなおしなさい」
掃除のときだって、
「そんなにほこりと立ててどうするんです! ほうきは塵を取るものであって、ほこりを巻きあげるものではありませんよ。あなたは屋敷をよごしたいのですか?」
ことあるごとに叱責するましろのすがたは、まさに嫁いじめの姑。
近くを通りかかった女中妖怪が身震いするほどの恐ろしさである。
けど、どれだけ叱られても花子は泣かなかった。
ミスを指摘されれば、
「すみません。今度から気をつけます」
と素直にあやまり、道具の使い方がわからないときも、
「ましろさん。これ、使ったことないから、使い方を教えてください」
叱られることを恐れず、自分から教えをこうむった。
(この娘、服装はともかく、思ったよりも素直でまじめな子なのかもしれない)
愚直に教えを学ぼうとする姿勢に、いつのまにか、ましろは花子に好感を抱きはじめていた。
「すこし休憩にしましょう」
庭の掃除がすむと、お茶を淹れ、ふたりで縁台に座った。
「あ、ましろさん。すこし気になったことがあるんですけど」
「なんです?」
「この屋敷ってエアコンないですよね? なのに、どうして屋敷のなかも外も涼しいんですか?」
「そんなことですか。それはもちろん、わたしが冷気で屋敷を包んでいるからです」
「冷気? え、白粉婆って冷気をあやつれるんですか?」
「白粉婆の能力は、白粉の伸びをよくすること。冷気をあやつる能力は雪女のときのものです」
「どういうことですか?」
「妖怪は、住む場所や心の持ち方によって進化する生物。もともと、わたしは雪ん子として生まれた怪異。15で雪女へ進化したあと、長い年月をかけて白粉婆へと進化を果たしたのです」
「妖怪ってゲームのモンスターみたいに進化するんだ。知らなかった」
「同じ怪異でも、妖怪と幽霊はまったく別の存在。幽霊のあなたが妖怪のことを知らなくても不思議ではありません」
そうこたえて、ましろは冷たいお茶をすすった。
「ところで、あなた、意外と根性があるようですね」
「えへへ、ごっちゃんです」
「逃げたいとは思いませんでしたか?」
「逃げたい自分もいたかな。でも逃げずにがんばったら、もっと自分を好きになれると思った。だから、がんばれた」
花子はがんばった自分を褒めるように、両手で肩を抱いた。
「逃げずにがんばれてえらいぞ、わたし」
「いまどきの考え方ですね」
「ダメ?」
「いいえ。自己肯定を否定するほど、わたしも古い妖怪ではありません」
「それに伝統を学ぶのって大事なことだしね」
「ほう。意外な言葉ですね」
「伝統やしきたりが受け継がれてきたのは、それを守りたいって人の想いもいっしょに受け継がれてきたからだもんね」
「え?」
「変わることも大事だけど、変わらないものも大事にしたい。だから、わたしは御手洗家の伝統を学んで、それを大事にしていきたい」
「その言葉……」
「それにギャルが伝統を身につけたら無敵だもんね☆」
花子がギャルピースをして笑った。
「…………」
「ましろさん?」
「なんでもありません」
ましろは縁台から立ちあがると、風呂場のほうへ歩きだした。
「つぎは風呂場を掃除しますよ。準備してくるので、あとで来るように」
「はい!」
花子が元気よく返事した。
(まさか、あの方と同じ考えとは)
変わることも大事だけど、変わらないものも大事にしたい。
その言葉は極導の母・すみれが嫁入り直後にましろに言ったのと同じものだった。
(すみれさまは伝統を大切にしつつも、新しいものが好きなお方だった。そういうところは、あの子と似ているかもしれない)
すみれに似た花子が、すみれの息子である極導と霊盃をかわした。これも何かの運命なのだろうか。
「花子ちゃん、お相撲とろー」
うしろを振り返ると、洗濯物を干しおえた座敷童子が花子のそばに寄ってきていた。
屋敷には5人の座敷童子が小僧(丁稚)として住んでいるのだ。
「よーし、無敵の花子山が胸を貸すから、どーんとぶつかってきなさい」
「やったー! みんなー、力をあわせて花子山をたおせー」
たちまち花子は5人の座敷童子に囲まれてしまった。
(ああして子どもたちに好かれるところも、すみれさまに似ている)
いま、女中や手代として働いている妖怪のなかには、幼いころ、すみれに遊んでもらった者も多い。
(あの子の考え方や前を向く姿勢はこれからの世に必要となってくる。そのためにも、すこしぐらい優しく接してあげたほうがいいのかもしれない)
そんなことを思った直後に、
「わたし、大きくなったら花子ちゃんみたいなギャルになるー」
「ぼくも将来はギャルの手組になるー」
座敷童子の聞き捨てならない台詞が耳に入った。
(前言撤回! 由緒ただしき御手洗の家をギャル屋敷になどしてたまるものですか。子どもたちの未来を守るためにも、あの子にはきびしく接しなくては)
強い誓いを立てて、ましろは風呂場へ向かうのだった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※福の神として有名な座敷童子ですが、地方によって座敷ぼっこやカラコワラシなどの様々な呼び方があります。また青森県にある五戸町では、新しく家を建てるときに床下に「金の玉」を埋めておくと、座敷童子を呼ぶことができるという伝承があるそうです。




