なぐさめの花子さん 3
その日の夜――。
午後11時。
極導は自室で新商品のアイデアを考えていた。
「きれいな見た目にするなら、やっぱ果汁とか使ったほうがいいかな」
アイデアノートに果汁&和菓子と書きこむ。
「果汁を使ったカラフルな皮のフルーツどらやき……ダメだ。たしか雑誌に載ってたな」
どれほどのアイデアをボツにしただろうか。
満足するようなアイデアが浮かばないまま、時間だけが過ぎていった。
「ミッチー、入ってもいい?」
障子戸の向こうに花子の影が見えた。
「おなか空いてるでしょ。夜食、持ってきたよ」
「おお、ありがとな」
極導は自分で障子戸を開けた。
花子が持ってきてくれたのは一人前のミニちゃんこ鍋だった。
「これ、おまえがつくったのか?」
「うん。花子ちゃん特性の鶏塩ちゃんこ鍋だよ」
「おまえ、料理できたんだな」
「自分磨きはギャルのたしなみ。おいしい料理がつくれたら、ひとつ上のギャルに昇進できるもんね。めざせ、ギャルの横綱」
花子がつっぱりのマネをした。
(おれ、ほんとに花子のこと、何も知らないんだな)
広志に言われたときはムキになって反論してしまったが、やっぱり手組である以上、いろんなことを知っておいたほうがいい。
ちゃんこ鍋をいただきながら、
「そういや、花子の応援してる力士ってだれなんだ」
さりげなく訊いてみた。
「わたしの推しは花丸っていうお相撲さん。顔もからだも丸っとしてて、かわいいの」
「へぇ」
「K県出身で大学時代はアマチュア横綱になった経験もある有望株なんだよ。いまはまだ幕下だけど、7月の名古屋場所で勝ち越せば十両昇進も夢じゃないの」
「なに言ってんのか、わかんないけど……ま、好きだってことはよくわかったよ」
「7月になったらBSで幕下のテレビ中継もあるから、ミッチーもいっしょに観ようよ」
「はいはい。時間があったらな」
「推しの取組だけを見るもよし。じっくり時間をかけてすべての取組を見るもよし。お相撲にハマると、人生が化粧まわしみたいに鮮やかになるよ」
「おまえ、よっぽど相撲が好きなんだな。幽霊になる前から好きなのか?」
「う~ん。それはわかんない」
「なんで自分のことなのにわからないんだよ?」
「わたしね、生前の記憶がないの」
「…………」
「だから自分の本当の名前も知らないし、どうしてこんなに相撲が好きなのかもわからないんだ」
「わりぃ。つらいこと訊いちまったな」
「気にしないで。たしかに生前の記憶はないけど、いま、わたしはこうしてミッチーといっしょにいる。ちゃんと『現在』を生きてる」
一度死んだ花子の「生きてる」という言葉は妙に心に響いた。
「きれいな着物を着られたのも、食べ物の味がわかるようになったのも、ぜんぶミッチーのおかげ。ミッチーが、わたしに『現在』をくれたんだよ」
「花子……」
「花子ちゃんは遅咲きの青春をじゅうぶんに謳歌しております。だから記憶がなくても悲しいことなんて全然ありません」
花子がニコッと笑ってみせた。
「あ、でもね、ひとつだけ憶えている記憶があるんだ」
「どんな記憶だ?」
「どこかの病院で男の子が――」
そのとき、
「若、よろしいですか」
部屋の外で寿学の声がした。
「ああ、入れ」
「はは」
寿学が障子戸を開けた。
そのとなりには烏天狗の黒峰もいる。
「事件です。若い女性が殺されました」
部屋に入ると、黒峰が言った。
「黒峰さん、殺された場所は?」
「目栗橋の橋下です。被害者の腹部には巨大な爪痕のようなキズが残されていました」
「臓器は抜かれていたんですか?」
「はい。胃の腑がまるまる抜き取られていました。殺された女性の身元ですが、まだわかっていません。現在、調査中です」
黒峰はそこで一度言葉を切り、寿学のほうへ向き直った。
「寿学さま、本当によろしいのですか?」
「見習いとはいえ、若も魔廻り。総導さまからも報告するように言われています」
「ですが、花子さまは――」
「こう見えて、花子さまは芯の強いお方。同じ女性として心を痛めても、事件から目をそむけることは決していたしません」
「それでは報告させていただきます」
黒峰はあらためてふたりのほうへ向き直った。
「殺された女性ですが、発見されたとき、衣服を身につけていませんでした」
何かいやな予感がした。
「臓の腑狙いの犯行なら服を切り裂くことはあっても、下着まで脱がせる必要はありません。おそらく下手人は手籠め――つまり強姦したのちに彼女を殺害したのでしょう」
「ひどい……」
花子が声を震わせた。
「参圓港のほうでもべつの事件があり、現在、動ける魔廻りはそちらの捜査にあたっています。若、花子さま、どうかわたくしとともに下手人捜しを」
「わかったよ、黒峰さん。花子、行けるか?」
「だいじょうぶ、行けるよ」
極導たちは屋敷の手代(使用人)妖怪が運転する車に乗って、現場へ向かった。
橋下にはすでに筵がかけられ、数人の烏天狗が捜査にあたっていた。
そのうちのひとりが極導に気づいて、
「極導さま、ご苦労さまです。そちらのお嬢さまが例の?」
「ああ、手組の花子だ。ところで遺体は?」
「あちらです」
烏天狗に案内されて、ふたりは遺体の元へ向かった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※本エピソードに登場した花丸は架空の力士であり、実在しません。また2025年10月現在、同名の四股名も使用されていません。
※ちなみに筆者の推相撲さん(推しの力士)は熱海富士関です!




