なぐさめの花子さん 2
「好きです」
「えっ」
「好きです……か? 和菓子」
「え、あ、和菓子ね。うん、好きだよ」
東浄先生のホッとした顔を見ると、
(おれの意気地なし! そこは『好きです』でとめとけよ!)
逃げに走った後悔が押し寄せてきた。
「特に好きなのは、みたらし団子かな」
「みたらし団子……」
「そう。子どものときに食べたみたらし団子の味が忘れられなくて、いまでも自分へのご褒美に買ったりするの」
「あの、東浄先生って、もしかして――」
「?」
「いえ、なんでもないです」
「あ、もうこんな時間。わたし、職員室に行くね」
小さく手を振ると、東浄先生は去り際に、
「セクハラをとめてくれたお礼。帰りに〈甘極堂〉のみたらし団子を買っていくね」
売りあげ貢献の約束をしてくれるのだった。
* * * * *
それからしばらくして、極導は教室を出た。
駐輪所に行くと、マンガ投稿部の唄河広志と出会った。
「よう、ゴクドウ。新商品のアイデアは浮かんだか?」
「いや、ダメだ。これだって思えるものが浮かんでこねえ」
「そういうときは気分転換だ。帰る前にいいもん見せてやるよ」
「いいもん? まさかギャルの画像じゃないだろうな」
「ご名答。きのう撮った最新のやつだ。特別におまえに見せてやるよ」
そう言うと、いきなり広志がスマホの画面を見せてきた。
(へえ。なかなか、かわいい……って花子じゃねーか!)
なんと広志が撮影したのはコンビニで大相撲カレーパンを手に取る花子だったのだ。
「なんでこんなにパンに夢中になってるのかはわかんないけど、おかげで隠し撮りできたんだ」
「広志、いますぐこの写真を消せ」
「は? なんで?」
「いいから消せ。こいつはおれの手組、あ、いや、ビジネスパートナーなんだ」
「ビジネスパートナー? え、このギャルが?」
広志は画面と極導の顔を交互に見ながら、
「嘘だろ?」
「嘘じゃねえよ。こいつの名前は花子。和菓子のアイデアをいっしょに考えてくれる、おれのビジネスパートナーなんだ」
最後のほうは嘘というより期待であった。
もしギャル目線で花子がアイデアを出してくれたら、プレゼンで採用されるような和菓子を開発できるかもしれない。
「ギャル目線の和菓子をつくろうと思って、手を組んだんだよ」
「なるほどな。大相撲カレーパンを見てるのも商品開発のためか?」
「いや、それは趣味だと思う。あいつ相撲が好きだから」
「ふ~ん、相撲好きのギャルねえ。もしかして、以前に話してくれたトイレの花子さんがギャルだったらって話、この子がモデルか?」
「まあな。名前が花子だから、そっからトイレの花子さんを連想したんだよ」
それらしい嘘で真相をはぐらかした。
「エロくてかわいいギャルのビジネスパートナーねぇ」
広志はしばらく腕を組んでいたが、
「うらやましすぎる!」
呪いの儀式かと思うような勢いの地団太を踏んだ。
「なあ、ゴクドウ。おれに花子ちゃんのこと教えてくれよ。好きな食べ物とか、ちょっとしたことでもいいからさ」
「花子の好きな食べ物……」
不意に言葉につまった。
霊盃をかわして早4日。
そういえば、まだ花子の好きな食べ物を知らない。
いや、知らないのは食べ物だけじゃない。
好きなアーティストも応援している力士も知らない。考えてみれば、手組なのに知らないことが多すぎるではないか。
「わりぃ。じつはおれ、花子のこと、よく知らないんだ」
「はあ? ビジネスパートナーなのにか?」
「ああ。いま気づいたけど、おれ、仕事のこと以外で花子と話したこと、あんまりなかった気がする」
「なんだよ、それ。たとえビジネスでもパートナーである以上、おたがいのこと、もっと知りあう必要があるんじゃないの?」
「う、うるせえな。ほら、いまはプライバシーとか、いろいろあるだろ」
「それとこれとは別問題だろ。なんにも知らないままじゃ信頼だって生まれないぞ」
「そうかもしれないけど……で、でも、なんでもかんでも教える必要だってないだろ。本当は好きなのに、その気持ちを本人につたえられないことだってあるんだし」
「はぁ? なんの話だ?」
「なんでもない、こっちの話。じゃあな!」
極導は自転車を押しながら、逃げるように駐輪所を去るのだった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※京都市左京区下鴨には下鴨神社という神社があり、そこでおこなわれる「御手洗祭り」で神前に供えるために氏子の家でつくられていた団子が、みたらし団子の起源であると言われています。この団子は、やがて神社の境内にある店で売られるようになり、名物になったそうです。
また別の説として、境内にある御手洗池の水泡を模して、みたらし団子がつくられたとも言われています。




