仮契約の花子さん 8
つぎの日――。
御手洗家の屋敷では、極導と花子の契約式がおこなわれた。
契約式は魔廻りと手組が、みんなの前で実際に盃をかわすことで、両者の契約を公にする儀式である。
現代ではおこなうほうがめずらしいが、そこは魔廻りとしても長い歴史を持つ御手洗家。血縁の者が魔廻りになるときは、かならず式をおこなうようにしているのだ。
この日の主役はもちろん極導と花子。
紋つき袴で座敷の上座に座る極導のとなりには、髪を結い、花柄の色打掛を着た花子が座っている。
儀式は大中小3つの盃で3献ずつ甘酒を酌みかわす三々九度の形式でおこなわれた。
合計9回の酌みかわしがおわると式は終了。
あつまった魔廻りと手組からあたたかい拍手がおこった。
そのあとは飲めや歌えやの大宴会。
死と隣りあわせの魔廻りたちに、ひとときの平和がおとずれたのだった。
宴会がおわったあと――。
寿学は自分の部屋で月を見ながら、一人酒をたのしんでいた。
6月の月を題材に一句ひねっていると、
「寿学、入るぞ」
障子戸を開けて、総導が入ってきた。
「たまにはジジイふたりで飲もうと思ってな。ほれ、つまみもあるぞ」
総導の持っているお盆には、揚げ銀杏が盛られていた。
「いいですね。熱燗ならぬ茹燗ですが、よろしいですか」
「舌を焼くほど……というやつか。かまわん。きょうはめでたい日じゃ。たんと熱いのをいただこう」
総導は寿学のとなりにあぐらをかくと、
「寿学、おまえ、こうなることをすべて予知しておったのじゃろう」
「はい」
白沢である寿学には断片的であるが、未来を予知する力がある。
召霊陣で花子を呼びだす前日、寿学は極導と花子が霊盃をかわす場面を予知していた。
だが極導のことである。もし呼びだすのがギャルだと知れば、
「そんなやつ手組にできるか!」
と召喚を拒否したにちがいない。
だから極導には花子のことを黙っていたし、種族を訊かれたときも「わからない」とこたえたのだ。
「未来は常に変わりつづけます。ゆえに予知は絶対ではありません。ですが、いまは予知した未来がおとずれたことに安堵しています」
「わしもじゃよ。魔廻りと手組は性格のちがうやつ同士のほうがうまくいく。わしとおまえのようにな」
「うれしいことをおっしゃる」
「もしや、花子ちゃんはこの町の生まれか?」
「わかりません。しかし、たましいの順応速度から可能性はあります」
「町が、その町生まれの怪異を呼び寄せることはあると言うしのう」
「ところで総導さま。契約式でのおふたりの衣装ですが、たしかあれは――」
「ああ。祝言(婚礼)用の衣装じゃ」
「やはりそうでしたか。おふたりには、なにもつたえずに?」
「おう。花子ちゃんはともかく、極導は恥ずかしがって絶対に着んじゃろ」
「そうでしょうな」
「だからあいつには契約式で着る衣装と嘘をふきこんだのじゃよ」
「はは。若が知ったら、なんと言いますかな」
「バレなければ何も言わんよ。それにみんな喜んでおったじゃろ。しろばあなんて泣いておったではないか」
総導は子どもみたいに笑って、熱い酒をちびりとやった。
「わしももう歳じゃ。それに仕事柄、いつ命を落としてもおかしくない。孫の晴れすがたは見れるうちに見ておかんと」
「何をおっしゃいます。総導さまにはまだまだ元気でいてもらわないと」
「花子ちゃんと風呂に入れば、たちまち元気になるんじゃがのう」
「総導さま、このご時世にそのような発言は……」
「わかっとる。おまえだから言うんじゃ。本人には言わん。ところで寿学、おせいについて何かわかったことは?」
総導が急にまじめな顔で訊いた。
「ざんねんながら何も」
「ほかの魔廻りからの報告は?」
「それもありません」
「そうか。おせいなんて古風な名前じゃから、おそらく昔からいる怪異とは思うが、念のために若い女性なんかも調べておいてくれ」
「承知しました」
「最近は怪異と手を組んで事件をおこす人間もいる。なんのためにわしらが町を守っておるのかわからんよ」
「まったくですな」
「闇と手を組み、闇を討つ者がおる一方で、闇と手を組み、闇に染まる者がおる。魔廻りの未来は一体どうなるんじゃろうな」
「それはわたしにもわかりません。ですが未来は常に変わりつづけるもの。より良き方へ進む未来だってあるはずです」
「そうじゃな」
「そしてその未来をつくるのは若や花子さまのような若い者です。我々、老人ではありません」
「では老人は老人らしく、酒で若者の未来を祈ろうではないか」
「ならば乾杯といきますか」
「ああ。人と怪異の明るい未来に――」
「乾杯」
ふたりでお猪口をかかげたとき、
梅雨月に 捧ぐ翁の 祈り酒
ふと、そんな句が寿学の頭に浮かんだのだった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




