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黒行きのなで

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へええ、ここのところはもう夏休みが終わるのも、珍しくないんだねえ。

 8月31日が夏休み最後の日、なんて認識もどんどんなくなっていく年代なのか。なんだかさびしいねえ。

 適応力うんぬんいわれても、自分が生まれ育つ過程で初期に世話になったこと、ものはどうも軽く見ることはできない。昔を懐かしんだだけで年寄り扱いする人もいるが、そんな人もいずれはジジババになって、同じようにノスタルジーに浸る年寄りと化すんだ。自分の未来の姿を、もすこしいたわっていいんじゃない? とは思うけどね。


 しかし、そうして若いものとか、年寄りとか認識しているこの感覚。果たして、ちゃんと自分が感じているものなのだろうかね?

 いや、たとえ感じていなかったとしても、周囲からは「これこれしただろ?」なんて詰め寄られたらボケが始まっているのかと思うし、本当に? とも疑惑が湧く。

 あいにく、僕はちょっぴり疑惑を抱いてしまった側の人間。今でも、ややもしたらこれは自分の感覚じゃないのかも……なんて思ったりする。

 少し昔の話になるのだけど、聞いてみないかい?



 物心ついたばかりの僕は、「よしよし」と相手に頭をなでる癖があった。

 普通、自分の子供や親しい相手とかにやるものだろうし、僕も親からされたことは、いっぱいある。当初はその真似っこをしているのだと、ほほえましく見守ってもらえたらしいのだけど。

 じきに僕はそれを、家族以外の人にもしていく。老若男女を問わず、見知っているかどうかも関係なくだ。お店の店員、お客、たまたますれ違う人にでも。

 僕は自ら声をかけ、頭をなでていく。当時、届かない背の相手にはジャンプジャンプして、頭をぺしぺし叩くような動きを見せるのだという。

 自覚はない。その間、意識がないみたいで、気づくともうことを成している、といった風だ。

 いきなり、知らない子供にこのようなことをされては戸惑うのも、不快に思うのも無理ないと思う。両親は何度も謝っていた。で、僕はそのたびに注意されたり、怒られたりしていた。


 なぜ僕が頭をなでるのか。それに関しては、本人である僕もよく分かっていなかった。

 誰でもいいわけじゃなく、「あ、なでなきゃ」と僕自身がぱっとひらめき、すぐさま行動に移すといった反射的なもの。

 梅干しをしゃぶったら、自然とよだれが出てきてしまう無条件反射の域だったかな。梅干しを見たり、イメージしたりするのは条件反射だから、まだ抗いようはあるけど、身体が勝手に……レベルだったから。


 僕自身の妙なくせと認識された、この頭なでなでアクション。病気とみなすには、いささか活発過ぎた。

 別に特定の誰かだけが対象というわけじゃないんだ。今日なでた人を明日もなでるとは限らず、その逆もしかり。けれども、気付いたら撫で終わっているということだから、自分でおさえるのも難しい。

 しかし、ことが終わった後に、僕は達成感に等しい心地良さを覚えているのは確かだった。

 いったい、僕はなにがうれしくてこのようなことをしているのか……そう考えるようになってから、およそ一年半が経ったころ。

 夏休みのお盆に、いとこ一家が家にやって来た。このようなときは大人同士で話が始まってしまうので、子供同士で遊んでいるようにいわれる。

 このときは、いとこと二人でボードゲームを始めたのだけど、すでにひとつ頼みごとをしている。僕が頭をなでにかかったら、しっかりガードしてほしい、という旨だ。


 この一年半で、僕の奇妙な癖は親戚にも知るところとなっている。大きくなったら、自然に治るかもしれないと大人たちは想像していたようだけど、僕としては一刻も早く原因を知りたかったからね。

 いとこ自身も、以前に来たときで頭をなでられたし、家族が頭をなでられたのも目撃している。ふざけていないなら、と了承されたよ。

 そうしてボードゲームは進んでいき、双方が山場に差し掛かったかなというところで。

 ふと、ボードを見ていた視線がにわかに前を向いたのを、僕は認識した。動いたのは分からない、さながらビデオのコマ飛ばしを食らったかごとく、その間の意識が飛んでいたんだ。

 いとこは、僕がいつの間にか伸ばした両腕をがっちりつかんでいる。あの意識が飛んでいる間に僕が伸ばしたらしかった。おそらく頭をなでようとしたのだろう。

 握る力をちょっとでも緩めると、僕の腕は構わずいとこの頭へ向かおうとしてしまう。いまはっきりしている意識下で、動かないよう努めても、変わりなくだ。そのことを伝えると、「どうにか根負けするのを待つか」と提案するいとこ。

 僕の腕といとこの手は、いっしょにぶるぶると震えが止まらずにいる。かなり力を入れなくては、この均衡が破られかねないからだ。

 僕自身も、どうにか腕を引っ込める力と命令を出し続けるも、効果が出ないでいる。でも、これはいよいよ自らの謎へ近づける好機なのでは……。


 そう思いかけたところで。

 にわかに、対するいとこのおでこがぷくりと膨らんできた。空気を入れられた風船のごとくどんどん大きくなるそれは、げんこつほどの大きさになるや、ぱんと弾けたんだ。

 ぐらりと、いとこの身体が後ろへ倒れていく。僕の腕から手を放し、声もあげないままで糸が切れた人形を思わせるくずれ落ちかただった。

 弾けたおでこのふくらみからは、血らしき赤いものは出なかった。代わりに、黒く短いひものようなものが二、三本、空中へ舞い出たんだ。

 対する僕も、先ほどまであれほど頭をなでようとしていた腕が、解放されたにもかかわらずだらりと垂れ下がるのを選んだのには、いささか驚いたよ。

 けれど、それもつかの間。僕の両腕の先は、にわかにどす黒い血管のようなものが浮き上がったんだ。ちょうど、いとこがおでこのふくらみから放ったのと同じ細さ、同じ色合いのものさ。

 それを裏付けるかのごとく、垂れ下がった腕の中を重力に逆らって、黒い筋が駆け上がっていく。僕がろくに反応もしないうちに、肩へ胸へ首へとのぼり、視界から消えるや、がはりとせき込んでしまう。

 それと同時に、いとこが出したのと同じような黒いひもらしきものが飛び出したんだけど……僕の意識も、そこでぷっつり切れちゃって。


 次に気づいたときには双方の親に起こされていた。二人とも何ともない……なら良かったんだけど、当時は二人して記憶が混濁していてね。夏休みの間じゅうの記憶がしっちゃかめっちゃかで、このことをはっきり思い出すのに半月はかかったかな。

 あの黒いひもらしきものたちの正体は分からないけど、このことがあってから、僕は無意識に相手の頭をなでることはなくなったんだよ。

 僕の頭なでも、あの黒いひもたちの意志だったのだろうかね。そうなるとつまり、なでられた人も、そのときはまた……。

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