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【闇堕ち直前】主人公の色なし観察日誌1  作者: 荒屋朔市
エピローグ

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50/50

小さな個室にて

どちらを優先したいですか?

誰と過ごすか? 何処で過ごすか?



 発光菌ランプを壁に掛け、小さな文机に観察記録の始まりの頁を広げて、インク壷を脇に置く。反対脇に置いたキノコ茶の湯気を眺め、過去へ思いを馳せた。

 

 ***

 

 真っすぐに伸びる通路と、その奥で揺れる発光菌ランプを見据え、不覚にもツバを飲み込んでいた。

 期待か恐怖かは僕にもわからない。踏み出すべきか散々迷った後で息を吐く。

 どこで敵の追手と遭遇するかも不明なのに、ここまでついて来た無口な同行者へ向き直った。

 

「『帰りが楽しみだ』と君は言った。あの『古泉』に帰りたいと思うなら、君だけでも今すぐ引き返すべきだ」


 この先に進めば、彼女に会えるかも知れない。でも、敵が待ち構えている可能性もある。


「それとも、僕を抱えて帰るか? 人を飼うのが君の目的なら、お散歩は安全な地下迷宮探索で十分だろう?」 


 少し間を作ったところで返事はない。僕は構わず続ける。


「君には聞こえているのか? この先で起こり得る出来事や顛末も。そうなら、教えてくれ。僕は僕自身に起きたことを知りたい。君を知りたい。答えてくれるなら引き返してもいい」


 エシュは、黙り込んで真っ直ぐに僕を見つめている。

 それで十分だ。僕が心の準備を整える助けにならなくても、エシュが心構えもなく、無策で敵陣に突っ込む事態は避けられる。


「危険に近づき、手を汚すこともない。外套が汚れるのは嫌なんだろう? それとも、そう見せているだけか?」


 仮に、エシュが争いを望んでいるなら、何を話そうとも無駄だ。僕には止められない。

 光苔の仄かな明かりを受け、淡く透き通る琥珀に包まれた鋭い瞳を僕は真っ向から見据える。


「エシュ、君をそう呼ぶのは、これで最後かも知れない」


 これまでに僕が声に出さなかった言葉も聞いていたなら、エシュが僕を選んだ理由も少し理解できる気がする。僕は、お人好しではない。優柔不断で流されやすいように見えて、すごく自分勝手だ。


「何も話さなくて良い。闘うか逃げるかは君に任せる。だけど、僕を守ろうとするな」


 一方を残すための自己犠牲ではなく、互いの生存率を最大限に高める最善策だ。僕に利用価値があると思わせれば、事態は悪化する可能性が高い。


 僕は先へ進む。真実を知るために。

 心を決めて、通路の奥へ向き直った。稚児ではないのだから、これ以上は何も言うまい。

 

***

 

 手に持っていたペン先が机を叩く音で、現実に引き戻された。

 茶菓子を噛じる音が聞こえる。了承も得ずに入って来て寝床に上がり込んだエシュが、そこで茶菓子を貪っているのだ。


「散らかさないように。散らかしたら自分で片付けてくれ」


 盛大に溜め息を吐きつつ背後へ向けて声をかけたが、咀嚼音を返されるだけだった。

 外出許可が降りないから退屈しているのだろう。屋敷内を徘徊されても、何を仕出かすか予測できず、迷惑をかけそうで怖い。年齢不詳感は出会った頃のままだ。

 それにしても、当時では想像もできなかった生活環境を享受している。まだ夢を見ているようで、不意に目が覚めてしまうのではと不安になる。

 この現状は、乗り込む前の僕が望んだ未来へ近づけているだろうか。そんな憂いも、妹に会えば晴れるはずだ。彼女は約束してくれた。

 僕はペンを手に取り、インク壺からペン先に液体を吸わせる。再生紙とは違う質感の紙に、最初の言葉を記した。


『エシュ観察日誌、第一項目』。

 

 

 

 お付き合いくださったアナタに改めて感謝を。

 五十の頁を潜り抜け、声なき声と人でなし主人公の足跡を追ってくださったアナタは、もう立派な探鉱者です。

 目を閉じれば壁に生えたエシュの姿がチラつき、寝起きの頬には堅焼きビスケットを噛んだ後のような疲労感が残っていることでしょう。

 ここまで辿り着いた辛抱強さと探究心に、地の底より賛辞と祝福を。

 次の坑道を掘り進める準備が整うまで、地上で一息ついてください。では、御機嫌(ごきげん)よう。


 シーズン2は、やや中途半端に終わった会話劇の続きから、12月に投稿を開始する予定です。


(つい)ぞ☆をタップする勇者は現れませんでしたが、笑ってくれた方が居るなら大成功です。

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