今、どんな顔していた?(15-4)
鏡の中に君はいない。
水面に映る影、ガラス細工に歪む光を見る度……。
拮抗した勢力がぶつかり合えば損害は甚大。長命種族が数を減らせば、虐げられてきた異種族の反乱を誘発させる。そんなところだ。
僕を観察していた彼女は、満足げにカップを傾けた。
「建国神話を覚えているかしら? 街で公開されているのは簡略化されたもの。真実の一部にすぎないわ」
給仕に小箱を持って来させると、彼女は手袋を嵌めた手で古びた紙を取り出した。
変色した紙面に、古い文字が並んでいる。
「終わらぬ冬に祈りを捧げし者、ロエル。風を伴い応える声は、木々を揺らし、大地を引き裂く。その時、天上にも届く異界への入り口が開かれた」
僕の知らない一節だ。しかも、街外れの読書会跡地で聞いた名が記されている。これは偶然か?
「まさか、名もなき神が実在すると?」
寝物語が史実を元にしていたとは信じ難い。きっと、これから語られるのは、限られた同族にのみ許される極秘情報なのだろう。
僕はカップに残るキノコ茶を見つめる。
知ることは楽しいはずなのに、この先を聞くのが怖い。覚悟が足りていないと痛感した。
だけど、彼女が理由もなく秘密を明かすはずもない。気づかないうちに深みへ踏み込み、後戻りできない場所まで来ていたのだ。何の取柄もない僕が。
そう考えれば、一周回って作り話を疑いたくなる。
「話の続きを辞退することは可能でしょうか?」
彼女は最後の一口を飲み干すと、静かに答えた。
「その場合、片割れちゃんには、お家に帰ってもらうわ」
喉を締め付けられるような息苦しさが襲い、唇を噛む。家に戻る選択肢など端からない。でも、誰の力も借りず、僕一人で生きて行くことは不可能だ。僕に選択権はない。
「今のは意地悪だったわね。どうしても続きを聞いてほしくて」
視線をやると、エシュは椅子に背を預けて寛いでいる。
「帰りたくないなら、ここに残る選択肢もある。その場合、里親か保証人の手続きが必要だけれど。一日二食に、お茶とお菓子、昼寝付き。どうかしら?」
真顔で告げられ、むず痒さを感じた。社交辞令と分かっているのに、夢のような空想が頭をよぎる。
「魅力的ですが、……日を改めて続きを伺うというのは?」
「焦らず、ゆっくり考えて」
そう囁く彼女は、不思議な爽やかさが香るカップを揺らした。
「重要機密ではあるけれど、現実離れしているからこそ話せるの。知らないままでいる方が危険だわ」
彼女は語り始める。
「建国以来、『神降ろし』の儀式は一族が担ってきた。大地を蘇らせるために、それを利用しようと考えたのが、今の革新派。彼らは保守派が取り仕切る儀式に介入して、主導権を奪おうとしたの」
僕には無関係そうだ。緊張が緩み、無意識にエシュを見やった。この一瞬遅れで返される視線は、時折、歪んだ鏡を覗くような感覚を呼び起こす。今が、まさにだった。
彼女は慈愛とも憐憫ともつかない眼差しをエシュに向ける。
「そして、目覚めたのが彼。不完全な召喚が生んだ神の『依代』。『人の姿を模した厄災』と、呼ぶ人もいるわ」
振り返らずには、いられなくなる。
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