高嶺の華ヒロインが来てやったから、挨拶に来させなさいったって寝てるんだもん(5-1)
下準備は整いました。事故の兆しも含めて。
「そこで何をしているの?」
穏やかな地底湖を一望できる場所で、緊張の混じった鋭い声が静けさを切り裂いた。
かつての聖域であり、現在の禁足地「神の古泉」と北門を繋ぐ唯一の通路。その出入口を立ち塞ぐ男の視界に、長身の女が映っていた。
地味な外套を身に着け、そのフードを深く被っているが、門から此処へ辿り着くまでの足取りに迷いはなかった。それどころか、門を潜るよりも前から、痕跡を残さないように注意深く行動していた。
その詳細を《声》から知覚した男は、彼女を出迎える形で、到着を待ち構えていたのであった。
彼女の《声》から「神の古泉」を訪れた目的は把握済みだ。然し乍ら、塊の安全こそが今は何よりも優先される。
男は無言のまま相手の出方を窺った。
威圧感を与えるには、そうしているだけで十分だと、彼は学習していた。諦めて早々に立ち去るようであれば、応対の手間も省ける。塊を残して執拗に追い回す気もない。
相対する女の《声》には、驚きと困惑が入り混じっていた。それでいながら、目的を優先する強固な意思が、彼女を踏み留まらせている。
「危害を加える気はないわ。人を探しているだけ。ゆっくり話し合う時間もない。だから、邪魔をしないで欲しいのだけれど、理解していただけるかしら?」
彼女は値踏みするように男を睨み上げる。国の言葉や話が通用する相手か、自身の眼で見定めようとしているのだ。
男は、彼女の言葉に耳を傾けつつ、その《声》から興味深い単語の幾つかを探り出した。
そうする一方で、接近する刺客達の《声》に気付いて、それへ警戒を強める。手を打たずに放置すれば、脅威が「神の古泉」や塊にまで及びかねない。
眉を顰めた男にも怯まない女は、焦りから一歩踏み込んだ。
「案内は要らないわ。勝手に探させて貰うから……」
黙り込んだまま動かない男を無視して、その脇をすり抜けて行きかけた。まさに、その時だ。
無口な男が、その腰に自ら巻き付けていた外套は、乾き始めると同時に抵抗力を失い、ほんの少し緩んでもいた。それが僅かな動きで解け、足元へ静かに落ちた。
落としましたよ。
話に集中できないんで、拾っていただいて良いですか?