好き嫌いは少ない。でも、紙を濡らすのは許せない(11)
あの人、メッチャ睨んでた。
通達書を持ち出したのが不味かったのかな?
あれ以上は呼び止められることもなく、パンを買って『神の古泉』へ戻った。
湖を前にして腰を下ろし、水底から湧き上がる青白い光を眺める。
まだパンを食べる気にはなれない。硬いパンを選んだから、明日まで取っておいても平気だろう。気が向いた時に、少しずつ食べれば良い。
鞄から一枚の紙を取り出し、僕は考え事に耽った。
読書会が行われていないなら、主催者を探すのは困難だ。きっと参加者の誰もが、彼女の正体を知らない。どこに住んでいるのかも、どの層に属しているのかさえも。
考えるほど、分不相応な願望に囚われているような気が強まっていく。諦めるべきだと囁く声が、今にも聞こえてきそうだ。
読書会跡地で見つけた紙を握り締め、睨みつけても、ため息が漏れ出るだけだ。
この明るい場所では、無色の染みに似たものが透けて見える。でも、他はキノコ茶の匂いしか判別できない。
エシュは何も言わないが、やっぱり知り合いだったのだろうか。それなら、いつ、どんな経緯で、名前を呼ぶような間柄になったのだろう。
友人にしては、剣呑な雰囲気を漂わせていた。本人に尋ねるのは気が進まないし、手掛かりが少なすぎる。
地を伝う微かな振動が近づいて来た。戻ってすぐに植物の影へ消えて行ったエシュが、隣に腰を下ろす。
物言いたげな視線で見つめても、エシュは答えない。無言で何かの葉を寄越してきた。その残りを自分の口に入れ、モソモソと咀嚼する。
寄越された葉にはチクチクする細かい毛が生え、噛み締めると苦味が口に広がった。味よりも、この独特の食感が記憶に残りそうだ。腹の足しにはなるけど、できれば加工してから食べたい類ではある。
何事にも無頓着に見えていたから、食料に関する選別眼は、少し意外だった。エシュが選び取ってきた植物で腹を壊したことは、これまで一度もない。
いつも湖畔の見回りついでに、収穫物を持って地熱岩に戻って来る。警戒心と遠慮から、あるいは食欲不振から、拒否したことも何度かあった。それでもエシュは、僕の前に置いて行くのだ。
「パンに挟めばいいのかな? この臭いと形は覚えておこう」
僕はパンを半分に割って、エシュに渡した。それを受け取った後も、こっちへ視線を寄越したまま、葉をモシャモシャと噛み続けている。
気づかないフリをして、もう一枚つまみ、湖面に視線を投げた。この葉は、飲み込んだ後に辛さが広がるらしい。
余韻を味わっている間にも、辛さは強まっていく。ヒリヒリと唇の内側が焼かれるような痛みを感じて、警戒心をどこかで置き忘れていた自分に、嫌気がさした。
湖の水で口を濯ごうと、鞄を置いたまま立ち上がり、湖の縁まで走った。
その隙を狙ったのかもしれない。水を口に含んだ僕の目前で、一枚の紙が水面に落ちた。
鞄に入れていた通達書だ。
エシュは何食わぬ顔で、水が滴るそれを拾い上げ、僕につき返した。理由を問いただしたい気持ちを抑えて、反省の色を見せない顔から、しっとりと濡れた紙へ視線を移す。
紙面に薄っすらと模様が浮き出ていた。どこかの地図にも見える。
おかげで驚愕と怒りは引っ込んだ。僕は新たに提示された謎を解き明かすべく、紙面を眺め回し、ひっくり返して文字や記号を探した。
計画通り。
……だったか否かは、エシュのみぞ知る。
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