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私を護ってくれると言った魔術師様は、私を監視していただけでした

作者: 望月ソウ

 父と母が死んだ。

 魔道具に込められた魔力の暴走事故だった。あまりに突然のことで途方に暮れていたとき、公爵家の嫡男で、魔術師団長でもあるアレクシス・エルダイルという青年がやって来た。美しい顔と瞳は人形のようだと、現実感がなくぼんやり眺めながら彼の言葉を聞いた。


「ご両親のことは非常に残念でした。ただ今回の事故は、もしかしたら故意に引き起こされたものである可能性があります。その場合、娘である貴女(あなた)にも危険が及ぶ可能性がありますので、エルダイル家で保護いたします」


 急な申し出に戸惑ったが、物腰や口調は柔らかいもののどこか有無を言わさぬ圧に押され、あっという間にエルダイル邸にやって来ることとなった。

 変わり者と言われる両親の影響もあり、私は普段社交の場にもほとんど出ることは無いし、むしろ気さくな町人とばかり接していた。そんな私からすると、アレクシス様の貴族らしい隙の無い身なりに、おそろしく整った容姿は一層冷たく見えた。公爵家の人間となれば、命令することにも慣れているのだろう。


 侯爵である、父方の祖父には連絡を入れたが反応は無かった。貴族でありながら夫婦で魔道具の研究をしていた変わり者の両親とは疎遠だったし、事故(もしくは事件)の原因が両親ではないかという噂が立ち始めていたため、祖父は自分の侯爵という立場を優先して、関わりになるのを避けたのだろう。


 真相が分かるまでは、と使用人達にも行き先を告げられず、エルダイル邸へと移った。事故から3ヶ月後のことだった。

 貴族らしい暮らしに興味が無い両親だったから、元々屋敷には使用人も最低限しかいなかったし、そんな彼らにもすでに暇を出していたから、文字通り身一つの出立であった。


 エルダイル邸はそれは素晴らしく、デビュタントで一度だけ訪れた王宮のようだと思った。実際はそれだと不敬に当たるおそれがあるので、王宮よりは控えめに作ってあるのだろうけど、私にはよく分からなかった。


 屋敷に到着すると執事らしき人が部屋に案内してくれた。そこもまたすべての装飾が美しく、与えられたその部屋だけで自分の家がすっぽり収まりそうだと思った。


「イシス様にはこちらのお部屋をお使いいただきます。何かご用件がおありの場合は、このマリアにお申しつけください」


 執事はそう言って側に控えた使用人を示した後、必要な話だけ済ませると、部屋を出ていった。


 両親が亡くなってすぐは、使用人の次の勤め先を手配したり、その他の手続きをしたりで慌ただしく過ごして多少悲しみも紛れたが、少しだけ落ち着き始めた頃、すくってもすくっても溢れ続ける悲しみに溺れかけていた。私を抱き締めることの無い父母だったが、それでもかけがえのない存在だった。


 私を屋敷に連れてきたアレクシス・エルダイルという人は、初めこそ冷たい印象だったが、とても親切にしてくれた。忙しいであろう公務の合間を縫っては、顔を出してくれる。保護されている身では人の多い街に出る訳にもいかないだろうと、郊外の森に連れて行ってくれて共に散策をしたり、屋敷から少し離れた場所にあるエルダイル家の獣舎を案内してもらったりした。現公爵が動物好きらしく、馬や犬、家鴨など色んな動物と触れ合わせてもらって、彼らを撫でているときは悲しみが少し癒える気がした。


「屋敷で不自由なことは無いですか?と言っても自分の家とはどうしても勝手が違うでしょう。あまり外出もさせてあげられず申し訳ない」


「いいえ、屋敷のみなさんには良くしていただいています。それに元々出歩くタイプでもありませんし。貴族の友人もほとんどいません。私には…魔力が、えっと、ほとんどありませんので。実は両親が魔道具づくりに力を入れていたのは私のためなのです。魔力が無くても生きやすいようにと」


 私がそう言うと、アレクシス様はハッとした表情で黙ってしまわれた。


 ああ。

 私自身は気にしていないのだけど、魔力が無いことはこの社会では見下しの対象になってしまうことがある。例えば貴族同士の縁談においては、地位や資産、容姿、能力などの条件が重要であり、魔力が無いというのは能力面で劣ると判断されることだ。

 幼い頃(おこな)った魔力測定で、わずかに針が振れただけのあの瞬間の、何とも言えない空気は今でも思い出せる。それでも卑下すること無く生きてこれたのは、両親が私にそれを意識させること無く育ててくれたからだ。


 アレクシス様が優しくしてくださるから、つい余計なことまで喋ってしまった。

 しかし、どうせならこの際言いにくいことはここで聞いてしまおうと思い切って尋ねた。


「事故の調査はどうなっているでしょうか」


「あまり進んでいません。申し訳ない」


「あっ、そう言う意味では無いのです。いつまでもこちらにお世話になるのも申し訳なくて」


「私はいつまでも居ていただきたいくらいです」


 そう言って私を見つめるアイスブルーの瞳には私だけが映っていた。


 アレクシス様は本当に公務が忙しいのだろう。いつもどこか顔色がすぐれない様子だったが、その日は特にひどく手が震えていた。思わず手を握ると、震えが止まった。アレクシス様は信じられないと言った様子で自分の手を見つめていた。


「っ!申し訳ありません。公子様に何という無礼な真似を!」

 そう言って手を離そうとしたが、強く握られて離せない。

「ア、アレクシス様?」


「いつもはこうなるとしばらく震えは止まらないのに…あなたには何か特別な力があるのだろうか」


「特別だなんて。手を繋げば誰でも安心するものです」


「この震えはそういうものでは無いのですが…そもそもあなたも貴族の娘なのだから公女でしょう」


 そんな冗談も言えるようになったけど、現実はそう上手くはいかないことは分かっている。その穏やかな日々は思わぬ形で呆気なく崩れた────




 その日は、何だか屋敷内の雰囲気が違っていた。おそらく客人があるのだろう。最近は屋敷内であれば基本的に自由に動いていたが、何か支障があってはいけないと自分の部屋に戻ろうとした時だった。


「アレクを骨抜きにしたイシス嬢に会っていこうかなぁ」


 自分の名前が突然出てきて咄嗟に身を隠す。アレクシス様が客人を見送るところに出くわしてしまったらしい。嫌な予感がしてすぐにでもその場から立ち去りたかったが、それでは彼らと鉢合わせしてしまう。


「そういうのじゃない。それに彼女は魔力がほとんど無いと言っていた」


「あー、それじゃあ仮に彼女の潔白が証明されても我が国の魔術師を束ねるエルダイル家には迎えられないかぁ。残念」


「……それ以前の問題だ」


「まあ、いずれにしろ事故の黒幕にたどり着くまでまだかかりそうだから、彼女のことはもう少し監視しといてよ」


「…ああ」


 すべてが腑に落ちた。事故が魔術絡みのものだったからと言って、魔術師団長自ら事故の被害者家族を保護するだろうかと、心のどこかにずっと違和感があった。その場に居合わせた参考人でも無いのにと。実際は、参考人どころか容疑者として監視されていただけだった。

 両親を亡くした私を気遣う優しさも、親切に見える態度もすべてが義務的なものだった。私を見つめる視線に感じた熱も、一方的な勘違いだったのだ。


 これまでの自分の振る舞いが一気に頭に浮かぶ。思い上がった態度を取っていたかも?仕事で仕方なく付き合っている人間に馴れ馴れしくされて、本当はうんざりしてた?少し優しくしたら調子に乗られて辟易してた?

 最悪だ。異性と親しくしたことなんて無いから、気づかないうちにこんなにも舞い上がってしまっていた。でも勘違いしても仕方ないくらい素敵な時間だったわね?タメ口のアレク様にときめく自分もいて、案外私って図太いなと思うなどした。


 今思えば、アレクシス様が私を誘って二人きりで外に行くのだって、私を対等な相手と見ていないからだ。婚約者でもない未婚の女性と噂にでもなったら、損をするのは女性だけ。私は身分的にはまだ貴族とは言え、もう貴族社会に戻ってくることもないと無意識に侮っているのだろう。


 真実が分かった以上、ここにはいられない。しかし二人の距離感から推測するに、先程の客人はおそらくお忍びでやって来た王太子だ。王弟の子であるアレクシス様を呼び捨てに出来る若い男性など、ほとんど存在しない。

 王太子が絡んでいると言うことは、私の監視は王命によるもの。おそらく逃げ出さないよう見張りがついているだろう。それはいつも側にいてくれているメアリだと考えるのが自然だ。

 良く気がつく侍女だと思っていたが、何のことはない、常に監視し、不審な動きは無いかと観察されているだけだったのだ。誰も味方なんていなかった。


 二人の気配が完全に消えてから、何とか誰にも気づかれずに部屋に戻ると色んな感情が渦巻いてどうしようも無かった。悲しみ、怒り、寂しさ、とにかく負の感情が次から次に押し寄せてきて、苦しかった。それに何よりこんなにも彼を好きになってしまっていたことに気がついて、胸が痛んでしょうがなかった。


(これからどうしよう)


 密かに監視されていると言っても監禁されている訳じゃない。実際はそうだとしても私を拘束する根拠がある訳では無い。


(このまま出ていってしまおうか)


 そうも考えたけど、ここに来る時何も持たずに来てしまった。誕生日だからとアレクシス様がくれた宝石を売れば街で一生暮らせるだろうが、彼に窃盗で訴えられたら今度は本当に捕らえられるだろう。

 痛む胸を抱えて機会をうかがうしか無かった。


 私の精神的なダメージは想像より大きかったらしく、その夜に熱が出て一週間以上も寝込んでしまった。アレクシス様は何度も様子を見に来てくれたらしいが、熱が下がっても会う気にはなれず、見舞いも断り続けた。


 そのうちに王宮周りで何か政治的な動きでもあったのかアレクシス様も会いに来なくなった。はじめは私の部屋に来ていないだけかと思ったが、屋敷にも帰って無いらしい。おかげで自分の今後のことを少しゆっくり考えることが出来た。


(やはり、ここは出ていこう。でも下手に動けばすぐに見つかってしまうだろうから、しっかり準備しなくちゃ)


 王宮も絡んでいるとなれば、厳重に監視されていると考えるのが妥当だ。この屋敷は魔法で結界が張られ、出ていこうとすれば感知されるだろう。監視対象に屋敷内の自由な移動を許していたのは、それがあるから逃げ出せないと踏んでいるのだろう。──通常であればその通りだ。



 私には魔力が無いと言うのは実は正確ではない。

 本当は、魔力はあるのだけど、それを放出することが出来ず溜め込む一方で、近づいた者の魔力を吸い寄せてしまうという不思議な性質を持っていた。正直なところそれにメリットは無くて、むしろそれゆえ魔力がある者とは触れ合えず、両親相手でさえも同じだった。それなりの魔力を持つ両親が私を抱き締めることは出来なかった。

 両親が魔道具づくりに没頭していたのはそれが理由で、私のために、魔力の吸収を防ぐ道具を何とか開発しようとしてくれていたのだった。

 

 この魔力の特性がある限り、私は魔力を持っている人間とは触れ合えない。はずだった。


 アレクシス様相手でも同様のはずで、手をさする時、はじめはハラハラしたが特に悪影響は無い様子に驚いた。当代随一の魔術師らしいから、多少吸収されてもびくともしないくらいの魔力量なのだろう。むしろ、今の方が随分と顔色もいい。私が屋敷に来た当初は、事故の調査などで忙しかったのかもしれない。


(悔しい。またアレクシス様のことを考えてしまっている。私を監視しているだけの人なのに)


 そこにまた、マリアがアレクシス様の来訪を告げた。顔を合わせるのは辛かったが、いつまでも断り続けるのも難しい。今後のことで伝えたいこともあるし、彼を部屋に招き入れることを許した。


「調子はどうですか」


「ずっと寝ていたのでまだ少しふらつきますが、もう大丈夫だと思います。アレクシス様は少し顔色がお悪いのでは?しばらく屋敷に帰っておられなかったと聞きました」


「久しぶりに時間が取れたので帰ってきました。と言ってもまた王宮に戻らないといけないのですが。あなたの顔も見たかったので」


 そんなことをサラリと言うアレクシス様を見て、また胸がズキリと痛んだ。私を心配しているのではなく、監視対象が逃げ出してないか確認したかったという彼の本音が分かるようになってしまったから。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。こちらの生活にも慣れて少し油断してしまったのだと思います」


「あんな事があってまだ一年も経っていません。落ち込むのも当然のことです。迷惑だなんてとんでもない」


 これは社交辞令なのだという気持ちと、この温かい眼差しが嘘なのだろうかという甘い考えが交錯する。でもいつまでも先延ばしにはしたくない。意を決して本題を切り出す。


「一度、家に戻らせていただけないでしょうか。慌ただしくこちらにお世話になりましたが、何か両親の形見になるものを取りに行きたくて」


 手元にあるのは両親が亡くなる直前に渡された指輪くらいだ。ネックレスに通して服の下に身に着けている。


「…まだ危険が残っていますが…しかし、確かにあのときは十分な準備もさせてあげられなかったですね。時間を作りますので少しだけお待ち下さい」


 アレクシス様が部屋を出る間際、おもむろに顔にかかった髪を除けられ思わずビクリとしてしまった。

「驚かせてしまいました。申し訳ありません」

「いえ…」

 少しでも安らぎになればとさすって差し上げていた手も、向こうには迷惑でしかなかったのかと思うと悲しみが込み上げる。

 そうでなくてもまだ本調子ではないのは確かなので、そこで会話を切り上げた。


 この屋敷には及ぶべくもないが、家に戻れば当面の生活の足しにはなる物が多少なりとも残っているはずだ。悲しい出来事ばかりのこの街からはもう逃げ出したい。


 数日後、さらに顔色を悪くしたアレクシス様が部屋にやって来た。


「遅くなり申し訳ありません。調整に時間がかかってしまって」

「いいえ。お忙しいのにこうして連れてくださるだけでありがたいことです」


 私を騙している人だけど、優しい人ではあるのだ。きっとその調整も、無理を重ねてくれたことなのだろう。でも、その思いも屋敷に着くとまたも裏切られることになる。


 しばらく人が住んでいなかったはずの屋敷は思ったより荒れていなかった。ただ、両親の研究棟は母屋から少し離れたところにあるが、そこだけは、爆発があった当時のまま基礎が剥き出しになっていた。迷ったが、そちらにも立ち寄ることにした。瘴気のような魔力がまだ残っているようだ。それでも事故から一年近く経って薄まったのだろう、私が近づいていくともうそれは感じられなくなった。


「母屋に入ってよろしいですか」

「行きましょう」


 アレクシス様は慣れた手つきで屋敷の扉にかかっていた大きな錠前を外し、屋敷内に入っていく。ここに入るのは一度や二度のことじゃないのだろう。その様子を見て、改めて私は監視対象であり捜査対象だったのだという現実を突きつけられた。

 しかし感傷に浸っている暇はない。なるべく換金しやすい物、持ち出して不自然ではない物を素早く選ばなければならない。可能ならアレクシス様とは別行動を取りたいが難しそうだ。形見と言って不自然でない宝石や装飾品を何とか見繕(みつくろ)うことができた。


「魔道具などはいいのですか?」

 アレクシス様に、なぜか少しためらいがちに聞かれた。


「以前も言いましたが私には魔力が無いですから。魔道具で魔力を増幅させようにもその元がないので、持っていても仕方ないのです」

「…そうでしたか」


 アレクシス様のような恵まれた立場の方からすると、魔力が無い人間のことなんて想像もつかないのだろう。ひどく驚いた様子だった。


「帰りにもう一度研究棟に寄ってよろしいですか?」

「もちろんです」

 庭の花を摘み、服の下からネックレスにつけた形見の指輪を取り出し、父と母に祈りを捧げる。

「それは!?魔道具ではないのですか?」

 普段のアレクシス様では考えられないくらい強引に指輪を持つ手を掴まれて、戸惑うと同時に怒りが沸く。

「これは両親が亡くなる前日に作ってくれた指輪です。形見も没収なさるのですか」


「えっ。没収など…」


「もう十分です。エルダイル家に行きましょう」

 かろうじてそう言うと、それ以上話す気になれず、無言のまま馬車に戻り、我が家を後にした。


 焼け落ちた研究棟からは、作りかけも含めすべての魔道具が消えていた。


 その日、夕食に誘われたが断り、ソファに横になっているうちに眠ってしまった。


 翌朝マリアに確認するとアレクシス様はすでに登城したと言う。もうしばらくゆっくりするとマリアには伝え、すぐにエルダイル邸を出た。


 そうして、エルダイル家の敷地を出たところで、私は捕まった────



 ***



 イシスがいなくなった。魔力の無い彼女は結界には反応しないのではないかと疑っていたのに、対応が遅れた私のミスだ。前日に彼女の家から持ってきた両親の形見だという品はすべて無くなっていて、滞在中に私が贈った物はすべて残されていた。

 彼女は、魔力が込められた魔道具()かどうかは区別がつけられないと言っていた。贈った装飾品が追跡型の魔道具であることを警戒したのかもしれない。せめて石のついていない金の鎖などだけでも持ち出して、安全に逃げるための費用の足しにしてくれればと思ったが、ハンカチ一つ持ち出しはしなかったようだ。


 しかし、人の目に映らない訳では無い。必ず目撃者はいるはずだ。そう思ったのに、マリアと話した後の彼女の消息は一切不明だった。

 唯一、使用人が出入りする門の前に髪紐が落ちていた。しかしそれも、イシスが使っていた物と同じにも見えるが、どこにでもある物で確信は持てなかった。


 こんなことなら彼女が魔力が無いと打ち明けてくれたあの時に、真実を伝えれば良かった。

 自分は呪われていて、その犯人としてイシスの両親を疑っていたこと。その共犯としてイシスのことをも疑っていたこと。監視しなければならない立場なのに、あっという間にイシスを愛してしまったこと────


 彼女が手をさすってくれると、苦しさが和らいだ。気持ちが呪いにも影響するのかと思ったが、それだけではなく実際にその後しばらく、呪いによる息苦しさが軽くなるようだった。

 事実、イシスがいなくなって以降、体調は悪化の一途を辿っている。元々イシスの監視を命じられたのも、呪いのせいで体力が落ちて王宮での公務が難しくなり始めたからだった。結局呪いの元凶を探すため、屋敷でゆっくり過ごすことは出来なかったが。


 しかし、もう少しは生きるつもりだったのに、回復するより多くの魔力が奪われていくのが分かる。想定していたより早く、この命は尽きそうだ。

 

 もはや起きているのが辛くなりベッドに横になっていると、イシスの幻覚まで見えてきた。イシスがかつてのように私の手を握ってくれている。呪いを解いて欲しいという神への願いは聞き入れられなかったが、幻でもイシスに一目会いたいという最後の願いは叶えてくれたらしい。


「アレクシス様!!」


「イシスの幻覚どころか幻聴まで聞こえてきた。もう私は永くないようだ」


「何を言っているんですか!幻聴などではありません!ホンモノです!」


 そう言ってイシスが私の手を両手で包みこんでくれる。息苦しさがじわりと消えていく。


「ああもどかしいっ。失礼します!」


 そう言ってイシスは私を抱き締めた。先程までとは段違いに体が楽になり、体中の淀んだ魔力が澄んでいくような不思議な感覚だった。


「なぜイシスがここに」


「祖父が…祖父のところにいたのですが…祖父が教えてくれて」


 イシスは私のやつれた様子に驚いて、上手く言葉が紡げないようだった。泣きながら私を強く抱き締めてくれるイシスの腕の中で私はゆっくりと意識を手放した。


 ふと目を覚ますと、ベッドの傍らで眠るイシスがいた。今度こそ夢かと疑ったが、そっと触れると確かにそこにいてくれた。安心してまた私は眠ってしまった。


 次に目を覚ましたとき、ベッドの側にイシスの姿は無かった。焦って立ち上がろうとしてふらついてしまったところに、イシスが部屋に入ってきた。


「イシス!」


「アレクシス様。体力が落ちておられるようですからまだ動かないでください」


「ああ、イシス。無事だったのですか。私が悪かった。何でもしますのでどうか私の側にいてください」


「落ち着いてください。少なくとも回復されるまではここにいますから。祖父にもそう言って来ました」


 ある程度回復した後、話を聞いてみると、私が危険な状態であることは彼女の祖父が彼女に伝えてくれたらしい。

 彼女がいなくなったあの日、エルダイル家を出たところに待ち構えていたのは侯爵家の家来で、そのまま祖父の待つ侯爵家に迎え入れられたそうだ。彼女の両親の事故のとき、侯爵は病に臥せっていて長患いから回復した時にはすでに私が屋敷に連れてきた後だった。彼女がエルダイル邸をにいることは秘匿されていたから行方が掴めず、ずっと彼女のことを探していたという。


「イシス。私の話を聞いてくれますか」


「はい」


「私には呪いがかけられています。少しずつ魔力を奪われていて、いずれは生命維持に必要な分も足りなくなるでしょう」


「でも、魔力が無い人はたくさんいるのでは?」


「元から無い人間はたくさんいます。しかし元々魔力のある人間はそれを前提として活動していますから、それを奪われると生きていけないのです」


 イシスが屋敷を去って体調が悪化したのは、自然に回復する魔力量を、奪われるそれが上回ったからだろう。イシスがいたときは、知らずに呪いを取り込んでくれていたのだ。


「あなたは魔力が無いのではなくて、むしろその逆。魔力量が多すぎて、周りの魔力を引き寄せて呑み込んでしまうのですね。呪いも魔力の一種だから」

 イシスは少し驚いた顔をして言った。

「さすが当代一の魔術師様ですね。おっしゃる通り私は魔力が無いのではなく、あまりに膨大な魔力ゆえに触れた者の魔力を吸い寄せてしまうのです。それでは友達と手を繋ぐことすら出来ませんから、両親はそれを防ぐ魔道具を開発しようとしてくれていたのです」


「あの指輪…」


「はい。あれがほぼ完成形だと思います。着けている間は、触った相手の魔力を奪ってしまうことは無くなると言われました」


「イシス。改めてお願いします。どうかここにいてくれませんか」


「もちろんです。アレクシス様が動けるようになるまではここにいます。ただ私の能力では呪いを解くことまでは出来ません。呪いの元凶を見つけ出して断たねば魔力は奪われ続けてしまいます」


「そうではなくて…ずっと側にいてくれませんか。つまり………私と結婚してください」


「私が呪いを中和出来るからですか」


「違います。私に触れて呪いを払ってくれなくてもいいのです。側にいてくれればそれで」


「アレクシス様のことは好きでした。いえ、今も好きなのだと思います。でも、私は監視されるようなことは何もしていません。それはまだ許せそうに無いのです」


「おっしゃる通りです。あなたはあんな風に扱われるべき人ではなかった。それでも、どうかチャンスをいただけませんか」


「……考える時間をください」




 私の呪いの元凶を追い詰めるには至っていないし、事故の真相も解明出来ていないが、ひとまず猶予をもらえた。

 イシスが去るのなら生き長らえることに意味は無いし、その時は運命()を受け容れようと思っている。

 それまでは彼女にひざまずいていつまでも許しを乞い続けるつもりだ。




中編で考えてたけど、短編にしました。


イシスの能力はブラックホールがモチーフです。質量が高すぎて魔力(呪いも)を引き寄せちゃうので底なしです。最後は消滅…はしないはず。

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