第57話 大好きよ
「さぁ、ルーリ。かかってきなさい!」
「はっ!マヤリィ様、全力でいかせて頂きます!!」
ルーリの右手に雷が巻き付く。『流転の閃光』を発動している。
「『流転の迅雷』!!」
久々のルーリさんの雷系統魔術。
マヤリィはそれを避けると、ルーリの目の前に『転移』する。
そして、
「『潮騒の幻惑』」
宙色の魔力を発動。潮風が二人を包む。
「潮の香り……?」
「今、私達は海の上にいるのよ、ルーリ」
マヤリィが耳元でささやく。
「波の音が聞こえるでしょう?私達は二人きりで海を渡っているの」
確かに、波の音がする。
「み、魅惑……」
僅かに魅惑の風が吹く。
しかし、夢魔変化をする余裕はない。
「ねぇ、ルーリ?潮味のキスでもいいかしら」
そう言うと、マヤリィはルーリにキスをする。
「マヤリィ様……」
ルーリの腕に巻き付いていた閃光が消える。
マヤリィの甘いキスと、むせかえるような潮の香りに、意識が朦朧としてくる。
「や、やはり…貴女様には…敵いません」
「勝負あり!」
その場にジェイの声が響く。
マヤリィは指を鳴らし、魔術を解く。
幻惑から解放されたルーリは深呼吸する。気付けば潮の香りも波の音も消えている。
「姫、実戦訓練の最中にキスをするのは反則だと思いますよ」
審判のジェイが言う。どうやら、今のは実戦訓練だったらしい。
「ごめんなさいね。つい、ルーリが可愛くて」
「つい、じゃありませんよ、姫」
ジェイは頭を抱える。
「それにしても、ルーリ。今のは全力ではなかったでしょう?」
「申し訳ございません。つい、マヤリィ様の魔術を堪能したくて」
「つい、じゃないよ、ルーリ」
ジェイは頭が痛くなる。この二人の実戦訓練の審判はもう嫌だ。
「私も『流転の迅雷』を真っ向から受けてみるべきだったわね…」
独り言のように呟くマヤリィ。
「それにしても、マヤリィ様。貴女様の魔術は本当に素晴らしかったです。私は精神操作系の魔術に関しても耐性を持っておりますが、貴女様にはとても敵いません」
ルーリはそう言うと跪いて頭を下げる。
マヤリィの幻系統魔術は直接ダメージを与える攻撃魔法ではないが、相手を傷付けずに戦闘不能に出来る為、彼女は実戦訓練において『幻惑』を発動することが多い。
「…姫、僕にも幻を見せて下さい」
ジェイが真面目な顔で言う。
「いいわよ。最上位の風系統魔術を見せてくれるならね」
「最上位ですか…。結構疲れるんですよね、あれ」
本気でやれば『流転の羅針盤』を細切れにすることも出来るジェイの魔術。でも、本人は審判をやっただけで疲れてしまったらしい。
「おい、マヤリィ様を前にして魔力の出し惜しみをするなんて失礼だぞ」
「だって疲れちゃったんだもん」
「だもん、ってお前…可愛いな」
ルーリはジェイを見て笑う。
「では、訓練はお終いにして、カフェテラスにでも行きましょうか」
マヤリィはそう言って微笑むと、すぐに第4会議室を出ようとする。
「ルーリ、ジェイ、当然私に付き合ってくれるわよね?」
「はっ!」
甘えるような声で断れないお誘いをするマヤリィ。
二人は喜んで返事をする。
「では、早速行きましょう」
と言いながらも『転移』は使わない。
彼女に永遠の愛を誓った美女ルーリ。
世界を超えて彼女と再会した運命の人ジェイ。
二人はお互いに自分こそが誰よりもマヤリィを愛していると自負している。
同時に、お互い、敵わないとも感じている。
それでも、構わない。
マヤリィは深く広く甘く優しく激しく、それでいて果てしない愛を持っている。底知れない魅力と愛情と優しさを持ち合わせた美しい人。それがマヤリィ。それが流転の國のご主人様。
二人は彼女のことをよく分かっている。病気のこともよく分かっている。
分かっているから、優しすぎる彼女をなんとかして守りたい。支えていきたい。
他愛のない話をしながら歩いている途中も、ルーリはマヤリィのすぐ隣にいる。
先程の実践訓練について話している途中も、ジェイはマヤリィのすぐ隣にいる。
こうして、マヤリィの右と左にいると、守りは盤石のようで安心するのだ。
いつ何時、何が起きても、二人はマヤリィの傍にいるだろう。
そんなこんなでカフェテラスに着いた後も、三人の会話は続いた。
「メイドのお姉さーん!ブレンドを三つ!あと、クッキーも頼む!」
ルーリがいつものように注文する。メイドはすぐに運んでくる。
「ジェイが好きなのはどれだったかしら」
綺麗に並べられたクッキーを見てマヤリィが言う。
「姫、先に自分のを選んで下さいよ」
「だって私、優柔不断だから。なかなか決められないのよ」
マヤリィはそう言って微笑む。
そこへ、ミノリとシャドーレが通りかかる。
「偶然だな。今日はデートか?」
ルーリが聞くと、
「ええ。この後、第2会議室に行くことになっていますの」
「ちょっと、シャドーレ…!」
正直すぎるシャドーレを横目で見るミノリ。
「で、ですが…その前に、こちらでご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
シャドーレの言葉にマヤリィは笑顔で頷く。
「好きなのを頼みなさい」
「はっ!」
そして二人は飲み物を選ぶ。
「ミノリはカフェラテにする。シャドーレは?」
「私もカフェラテが飲みたいですわ。気が合うわね、ミノリ」
「本当ね!」
また少し経ってから、ネクロとシロマが姿を見せる。
「ご主人様、シェル殿はこれからエルフの村を訪問されるとのことですぞ。後でご主人様にご挨拶をと言っておりました」
そう報告すると、ネクロは自分の分を注文する。
「私にもコーヒーを下され。ブラックで」
シロマは訓練の後にネクロと会い、せっかくだからと二人でここまで来たらしい。
「ランジュ様とバイオさんは今も訓練所においでです。今朝はユキさんもお見かけしました。…私も皆様とご一緒してよろしいでしょうか?」
「勿論よ。こちらに座りなさい、シロマ」
「有り難き幸せにございます、ご主人様」
気付けば、潮風の吹くカフェテラスは満員である。
「誰もが心穏やかに健やかに過ごせる自由の國、か……」
ルーリが呟く。
「ああ。それが流転の國だ」
ジェイが言う。
皆はそれぞれのカップを手に、マヤリィが統べる『流転の國』に自分が存在する幸せを感じる。
「そうそう、皆に言っておきたいことがあるわ」
突然、マヤリィが言う。
長い夢から目覚めたばかりの今朝のルーリを思い出して、言っておきたいと思ったのだ。
皆はご主人様に注目する。
「最初は何事かと思ったけれど、私、流転の國に来ることが出来てよかったわ。皆に出逢い、こうして一緒にいられることは、私にとって本当に幸せなことなの。だから、今ここにいる貴方達に伝えたい。…ジェイ、ルーリ、ミノリ、ネクロ、シロマ、シャドーレ。私は貴方達のことが大好きよ。何があろうと、私が皆を愛する気持ちは決して変わらないわ。このことを忘れないで、これからも私についてきて頂戴。…ずっとね」
マヤリィはいつになく慈悲深い眼差しで皆の顔を見渡すと、優しい笑顔を見せるのだった。




