第56話 優しい日常
ドタンッ!!
派手にベッドから転げ落ちてしまった。
こんなの初めてだ。
いつの間に寝相が悪くなったのだろう。
「ルーリ!どうしたの!?」
ルーリが落ちた音を聞いて飛んできたのは、一人の美しい女性だった。
「だ、大丈夫………」
そう言うとルーリは慌てて体勢を立て直すが、
(………誰?)
まだ寝惚けているのか、目の前の女性の姿がよく見えない。
一方、彼女はルーリが無事だと分かっても、こんなことは初めてなので、心配そうな表情をしたまま色々と訊ねる。
「大丈夫?痛い所はない?貴女がベッドから落ちるなんて驚いたわ。こんなこと初めてよね?どこか高い場所から落下する夢でも見ていたのかしら?」
甘く優しく柔らかい声がルーリを包む。
「あ、貴女は……」
ルーリはようやくしっかりと目を開く。
「今、コーヒーを淹れている所よ。そろそろこっちに来て頂戴」
そういえば、コーヒーの香りがする。
立ち上がり、時計を見る。もう10時だ。
「今日は休日だから、ゆっくり過ごしましょうね。…ルーリ、愛してるわ」
そう言って抱きしめられるルーリ。
「貴女は……マヤリィ様………?」
「何を言っているの、ルーリ?ベッドから落ちた衝撃で記憶喪失になっていたりしたら嫌よ」
マヤリィはルーリの顔を覗き込んで、
「私の顔をちゃんと見て頂戴。ねぇ、覚えているでしょう?覚えてなくても思い出して頂戴。…私はマヤリィ。貴女はルーリ。そして、ここは流転の國。誰もが心穏やかに健やかに過ごせる自由の國よ」
マヤリィはそう言ってルーリにキスをする。
ルーリはようやく我に返って、
「マヤリィ様……!私は、今まで、とても長い夢を見ていたようです…。物凄く、長い夢を……」
そう言いながら、遠い目をしている。
マヤリィは首を傾げて、
「昨夜、眠ってからずっと夢の中にいたというの?……それでは、疲れてベッドから落ちるのも無理ないわね」
いつもと様子の違うルーリを心配する。
「なんだか、まだ夢の中にいるみたいな顔をしているわ。…ねぇ、カレンダーを見て頂戴。今日は、流転の國の休日二日目よ」
ルーリはカレンダーを見る。確かに、流転の國の休日二日目だということを認識する。
「一体どんな夢だったのかしら。面白かった?もし内容を覚えていたら私にも教えて欲しいわ。あ、悪夢とかだったら言わなくてもいいけれど」
ルーリがあまり楽しそうな顔をしていないのを見て、マヤリィが気を遣う。
「まぁ、夢の話は後にしましょう。とりあえず座りなさい。コーヒーが冷めてしまうわ」
「は、はいっ!すぐに頂きます!」
ルーリはようやく現実に戻ってきた気がする。
「マヤリィ様が淹れて下さったコーヒー、とてもおいしいです…!」
「よかったわ。クッキーもあるわよ。…貴女が好きなのはどれだったかしら」
気付けば、先程まで見ていた夢が遠のいているのをルーリは感じた。
記憶には残らない。どこにも存在しない物語。
それは、物凄く長かったけれど…物凄く哀しい夢だったような気がする。まぁいいか。
「マヤリィ様」
「急に改まって、どうしたの?」
不思議そうに首を傾げるマヤリィ。
美しく可愛らしいご主人様を前に、ルーリは跪くと、
「マヤリィ様。どうか、今一度、貴女様に絶対の忠誠を誓うことをお許し下さいませ」
そう言って、深く頭を下げる。
(ルーリったら、本当に今日はどうしちゃったのかしら…)
マヤリィはそう思いつつ、
「許すわ。これからも私についてきて頂戴」
流転の國の主の顔で答える。
「はっ!有り難きお言葉にございます!」
「それと…これからも私の恋人でいるのよ?」
愛らしい恋人の顔で優しく微笑むマヤリィ。
(マヤリィ様、可愛すぎる〜〜〜!!!)
心の声、今は出してもいいんじゃないかな。
「勿論でございます、マヤリィ様!!」
ルーリはマヤリィを抱きしめる。
「マヤリィ様、私は貴女様のことが大好きです!!永遠にお傍にいさせて下さいませ!!」
果てしなく長い夢は終わり、いつもの優しい日常が始まった。
「…ルーリ、私も貴女が大好きよ。これからもずっとね。さぁ、もっと近くに来て頂戴」
マヤリィはルーリを抱き寄せる。
そして、二人はキスを交わした。




