第49話
一度は諦めた夢だったけれど。
今、私の身体には新しい生命が宿っているのです。
時は遡る。
シャドーレ王ご懐妊のニュースは瞬く間に桜色の都に広まった。
即位する際の「女を捨てる宣言」のせいで国王の性別を完全に忘れている者も多くいた為、王宮の者も国民も少しだけ混乱したが、それ以上に現国王の血を引く子どもが産まれると聞いて国中が喜びに包まれた。
妊娠が分かった後、シャドーレはお腹の子が育つにつれて変わっていく身体に合わせて、ゆったりとしたドレスを着るようになった。
「シャドーレ、今お前のお腹の中に俺達の子がいるんだな…!」
「ええ、ダーク様。嬉しいですわ」
二人で過ごす時は今もシャドーレはダークのことをそう呼ぶ。
「愛する御方との間に子を授かるなんて、私は本当に幸せです」
「俺もだ、シャドーレ。身体を大事にして、元気な子を産んでくれ」
シャドーレのお腹の子は順調に大きくなっていく。妊娠が分かってからも、出来る限り国王としての役目を果たしたいと、シャドーレは今まで通りに仕事を続けていた。そして、
「私、この子が無事に産まれるまで、髪を切りませんわ」
願掛けでもするように、定期的に行っていたヘアカットをしなくなった。シャドーレの髪はどんどん伸びて、今ではルーリのように巻くこともある。
凛々しいシャドーレ王が美しく優雅なシャドーレ女王になりつつあることに異議を唱える者はいなかった。彼女が非の打ち所のない立派な国王であることに変わりはなく、さらには国母になろうとしているのだから。
そんなある日、久々に新しいメイドが王宮に雇われたという話を聞いた。さすがのシャドーレも、魔術師ならばともかく、いちいち新人メイドの顔を見に行くことまではしない。
しかし、その名前を聞くと、玉座の間に呼ぶよう命じた。
「お目にかかることが出来まして、恐悦至極に存じます、国王陛下」
一人のメイドが国王を前にして頭を下げる。
「私は本日より王宮のメイドを務めさせて頂くことになりました、アカリ・アルバと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
それは、白魔術師として王宮に仕え、国王の側近となってシャドーレに愛されたミノリ・アルバの実の姉だった。
「よく来てくれましたね。嬉しく思いますわ。…貴女の妹は実に素晴らしい白魔術師でした。私は彼女に随分と助けられましたのよ」
「はっ。有り難きお言葉にございます、陛下」
アカリは跪き、頭を下げる。
シャドーレの言葉遣いは完全に貴族の令嬢に戻っている。
「…あの事故の前日、ミノリは私に話してくれました。国王陛下が目指されるという桜色の都の未来のお話を。陛下は、自由で平等な国づくりを目指しておられると聞きました」
「ええ。その通りです。貴女はミノリが話したことを覚えていてくれたのですね」
そう言ってシャドーレは微笑む。
「はっ。…されど、私はその話を聞いた時、自分は役に立たない者だといってミノリに冷たく当たってしまいました。私には魔術の才能が微塵もないゆえ、陛下のお役に立てる妹が羨ましかったのでございます」
アカリは話し続ける。シャドーレは真剣に聞いている。
「…結局、それを謝ることも出来ず、妹は突然の魔力事故で死んでしまいました。今でも後悔しております。もっとミノリに優しく接していればよかったと、後悔しております」
「でも、貴女はこうしてここに来て、ミノリから聞いたことを私に話してくれました。それは、貴女がこの国の役に立ちたいと思ってのことではありませんか?」
シャドーレは優しい声で訊ねる。
「はい…。もう妹に謝ることは叶いませんが、妹の代わりにこの王宮で国王陛下が目指される桜色の都の未来を見たいと思い、出仕させて頂きました。微力ながら、私にも出来ることがあればと思いまして……」
アカリは涙を堪えている。
「アカリ。貴女のその気持ちだけで桜色の都は良い方向へ変わっていきますわ。…私の描く未来はそう難しいことではないはずなのだけれど、なかなか周囲の貴族達からは理解してもらえません。貴女はそれを理解しているというだけで、十分に私の役に立ってくれています。ミノリもきっと、姉である貴女の気持ちを聞いて喜んでいるはずです」
「陛下……!」
アカリは涙を流す。
シャドーレは微笑みながら、
「こうして見るとやはり姉妹ですのね。貴女の顔を見ているとミノリを思い出します。…もしや、その髪は決意の証ですの?」
アカリの髪は耳が出るほど短く、後ろは刈り上げになっている。
貴族の令嬢としては有り得ない髪型だ。
「出仕する前に、理髪店に行って参りました。あの日のミノリを思い出して、どうしても断髪したかったのです。当然、長い髪の私を見て、店主は困っていましたが、無理を言って短く切らせました」
「なかなか似合っていますわよ、アカリ」
そう言ってシャドーレは微笑む。
「私も、出産を終えたら再び断髪しようと思っています。貴女と同じようにバッサリと短く切ってしまおうと思っていますの」
長く伸びたシャドーレの髪を見て、
「陛下…この美しいプラチナブロンドの御髪を切ってしまわれるのですか…?」
アカリは先程とは違う理由で涙目になる。
誰かと同じようなことを言っているな…。
ミノリの顔が思い浮かぶ。あの時、あの言葉を伝えられなかったことを、今もシャドーレは悔やんでいる。
一方で、こうしてアカリが出仕してくれたことを心から嬉しく思う。
(…ミノリ、貴女のお姉様は素敵な人ね)
シャドーレはそう思って微笑む。
「アカリ。慣れない仕事で忙しかったでしょうに、顔を見せに来てくれてありがとう」
「はっ。勿体ないお言葉にございます、陛下」
アカリは跪き、頭を下げた。
「陛下の御為、精一杯働かせて頂く所存にございます」
「ええ。期待していますわ」
「はっ!」
その後、シャドーレは時々、王宮で働くアカリの姿を見かけた。
黒髪ベリーショートのアカリを見るたびに、ミノリの姿を思い出す。
(大丈夫よ、ミノリ。私は桜色の都を良い方向へ導いていくわ。必ずね。…だから、心配しないで見守っていて頂戴。ね、ミノリ…)
時々、ミノリを思い出しては、心の中で語りかけるシャドーレ。
お腹の子は順調に育っている。
しかし、シャドーレに残された時間は刻一刻と短くなっていく。
そのことを知る者はいない。




