第34話
ミノリ・アルバが帰省中に事故に遭ったという話が王宮に伝えられたのは、彼女を見送ってから三日後のことだった。
「何があったというのだ!?」
珍しく取り乱す国王の様子に、配下達の間にも動揺が広がる。
「アルバ家の魔術訓練室で起きた魔力事故であったとのことにございます」
情報を受けた者が沈痛な面持ちで報告する。
事故の詳細までは聞かされていないと、その者は言う。
「それで…ミノリは無事なのか?」
「そ、それが…」
とても言いづらそうに、
「助け出された時には、既に息を引き取られていたと…」
「っ…!」
シャドーレは唇を噛みしめる。
「すぐに白魔術師を呼び寄せたものの、手の施しようがなかったとのことにございます…」
シャドーレは絶望感を抑え込む。
(感情的になってはいけない…)
シャドーレは必死で威厳ある表情を作り、
「そうか…。報告、ご苦労であった。…下がって良いぞ」
「はっ!」
(ミノリが…死んだ……?)
配下達は国王の様子を見守っている。
(いや、ここで涙を流すわけにはいかない!)
シャドーレは自らを奮い立たせ、
「…時間通り、会議を行う。各自、準備せよ」
「はっ!」
桜色の都の国王は出来る限り落ち着いた表情を保ち、配下達に命令を下すのだった。
その後、愛する人を失ったシャドーレは、より一層、仕事に没頭するようになった。
配下達は心配したが、集中している国王を止めることの出来る者はおらず、各自与えられた任務をこなしていくしかなかった。
そんなある日『クロス』の隊長であるダークが普段控えている側近の代わりに国王の元へ参上した。
シャドーレも副隊長だった頃にツキヨ王の側近として参上することがあった為、色々と懐かしさを感じる。
しかし、シャドーレはダークが記憶喪失になり、自分のことを忘れてしまったと聞いている。
「国王陛下、少しお休みになられてはいかがでしょうか…?朝から一度も休憩を取られていないと伺っております」
ダークはシャドーレがかつて自分の恋人だったことなど、全く覚えていない。
「そうだな。今週中に終わらせる予定だった書類仕事は済んだし、少し休憩するとしよう」
シャドーレはそう言って、
「紅茶を用意させる。お前も付き合え」
「はっ。有り難き幸せにございます、陛下」
(ダーク様…。私から別れの手紙を出したこととはいえ、貴方様のお顔を見るのは少しつらいですわ…)
内心そう思うが、平静を装う。
「…では、参りましょう、陛下」
ダークが執務室のドアを開ける。
「ああ。行くとしよう…」
そう言ってシャドーレは立ち上がり、ドアの方へ歩いていこうとする。…が。
突然その場に倒れてしまう。
「陛下!?」
ダークは慌ててシャドーレに駆け寄る。
意識はない。
「陛下…!すぐに救護室へお連れします。非常事態ゆえ、私が直接運ばせて頂くことをお許し下さいませ!」
返事はない。
ダークはシャドーレを抱き上げる。
シャドーレは長身な上に色々と着込んでいるので、重いかと思ったら、驚くほど軽い。
抱き上げると、折れそうなほどに華奢な身体つきをしているのがよく分かった。
救護室には誰もいない。
ダークは近くにいたメイドに白魔術師を呼ぶよう命じると、シャドーレが苦しそうな息遣いをしているのに気付き、上着を脱がせる。
「失礼致します、陛下」
きちんと締められているネクタイを外し、ワイシャツのボタンを幾つか外すと、少し楽になったと見えて、シャドーレの表情も穏やかになってきた。
(しかし、噂通りの美男子だな…)
ダークは横たわるシャドーレを見ながら、ついそんなことを考えてしまう。
彼女がツキヨに連れられて『クロス』を訪れた際の記憶も曖昧なので、国王とは初対面のような気さえする。
「陛下…やはりお疲れだったのですね…」
ダークはシャドーレを心配そうに見つめる。
「こんなにお痩せになられて…」
そう言いながら、つい肩のあたりを触る。
痩せているのに、思ったより柔らかい。
「陛下は本当に華奢なお身体をなさっている。今までお倒れにならなかったのが不思議なくらいです。王宮に常駐している者は陛下のご様子に気付かなかったのだろうか…」
その時、シャドーレが苦しそうに胸に手を当てる。また呼吸が浅くなっている。
「お苦しいのですか?陛下…」
ダークは胸に当てられた彼女の手を握る。
細くしなやかな指。綺麗な爪。
そして、柔らかな…胸?
「陛下?」
「……苦しい…ですわ……」
普段とは違う、高い声に女言葉。
「マヤリィ様……私は…どうしたら……」
苦しそうにマヤリィの名を呼ぶシャドーレ。
その声音は、確かに女性のものだった。
聞き覚えのある、甘く優しい魅力的な声。
「陛下…!…いや、シャドーレ…様…」
自分が起こした魔力爆発によって失われていたダークの記憶が戻り始める。もしかして、シャドーレが無意識にそれを望んだのだろうか。
「ああ…私は……」
彼女のうわ言は続く。そして、
「シャドーレ…!俺は…思い出したぞ…!」
ついにダークはシャドーレのことを全て思い出す。
魔術学校で出会ったこと、都を守る為に命懸けで天界の攻撃を退けたこと、精鋭黒魔術師部隊『クロス』を作り上げたこと、そして…恋人同士であったこと。
ダークはシャドーレの頭を撫でて、
「そういえば、お前はずっと短い髪に憧れていたと言っていたな…」
目の前に横たわる愛しい女性に言う。
「桜色の都に帰ってきてくれたんだな…」
もう会えないと思っていた愛しのシャドーレが、今ダークの目の前に存在している。
「これは夢なんかじゃない。現実だ。…シャドーレ、お前が目を覚ましたら、俺は結婚を申し込むぞ」
いや、そんなこと言われても…。
意識不明のシャドーレにはまだ届かない。
国王陛下の危機だというのに、白魔術師が参上したのはかなり経ってからのことだった。
ダークはまず文句を言いたかったが、相手は相当な魔力を持っているように見える。
白魔術には疎いダークが見ても分かる。
彼女はきっと最上位魔術を使うことの出来る白魔術師だ。
「陛下がお倒れになるという非常事態に参上が遅れましたこと、誠に申し訳ございません。私はシロマと申します。早速、診察を始めさせて頂きます」
シロマが礼儀正しくお辞儀する。
「よく来てくれた。どうか…お願いします」
ダークも頭を下げる。
…しかし、なぜシロマがここに来たのか?
答え。ネクロさんお得意の『魔力探知』である。
「ご主人様、非常事態にございます。桜色の都のシャドーレ様の魔力が…途絶えました」
相変わらず城の最西端で物思いに耽りつつ、魔力探知をしていたネクロが、突然シャドーレの魔力が消失したことに気付いたのである。
「シャドーレの身に何かあったということだな?魔力が消えるとは…意識不明に陥っている可能性が高い」
「はい。これからどうなさいますか?」
「ご主人様、私が参りましょう」
ルーリが決めるより先に手を挙げたのはシロマだった。
「ミノリ・アルバ様亡き今、桜色の都にどの程度の白魔術師が存在しているか分かりません。万が一のことも想定して、私を桜色の都へ派遣して下さいませ」
ミノリ嬢が死んだことは流転の國の皆も知っている。その後、シャドーレが今まで以上に仕事に没頭していることも知っている。
ルーリは決断を下す。
「分かった。すぐに桜色の都へ転移してくれ。くれぐれも、流転の國の名は出さぬように」
「はっ。畏まりました、ご主人様」
シロマは一礼すると、宝玉を取り出し、すぐに都へ転移した。
その後、王宮の中を探し回って、やっと救護室に辿り着いたのである。
「これから使用するマジックアイテムは非常に強い力を持っておりますので、しばらく離れていて下さいませ」
ダークは頷いて、誰も救護室に入らないよう入口で見張ることにした。
そして、シロマは『ダイヤモンドロック』を取り出す。
シャドーレは依然として意識を失っていた。
意識不明のシャドーレは他の誰でもなく、マヤリィの名を呼びました。
シャドーレの心の中には、今も自分を配下として迎え入れてくれた頃のマヤリィが生きているのでしょう。




