第26話
覚悟は決めて参りました。
貴方様にお仕えする為ならば、女の命など要りません。
そして国王の側近は断髪する。
シャドーレがミノリ・アルバの髪を切らせたのは、明後日の午後のことだった。
「アルバ家の令嬢を私の側近とする。私とて、たまには若い娘を傍に置きたいのだ」
今朝の会議でのシャドーレの発言に、
「それもそうですなぁ。真面目な貴方様にもそう言った欲はおありなのですな」
「可愛らしい娘ですからね。陛下が傍に侍らせたい気持ちも分かりますよ」
その場は和やかな雰囲気に包まれる。
皆はすっかりシャドーレが女であることを忘れているらしい。それでいい。
身長190cm。髪を短く刈り上げ、男の服を着て、出来る限り低い声で威厳を込めて話す。
そんなわけで、シャドーレは完全に王宮の貴族達に受け入れられている。
下心満載の男達は、王様が新入りの若い娘に手を出すつもりなのだと思っていた。
…まぁ、半分くらいは合っているかな。
シャドーレは流転の國のミノリに恋して以来すっかり同性愛に目覚めてしまったようだ。
「ミノリ。覚悟は出来ているか?理髪室には、私も同行しよう」
「はっ。国王陛下の御前で髪を切って頂けますこと、大変光栄に存じます」
ミノリ・アルバは一昨日と同じ、長い黒髪を一つに束ねた髪型で王宮に現れた。
艶やかな漆黒の髪は手入れが行き届いていると見えて、本当に美しい。
理髪室に着くと、シャドーレは威厳を込めて命令する。
「この者は本日より王宮に務めることになったミノリ・アルバ。私の側近として相応しい髪型にしてやってくれ」
「お初にお目にかかります。ミノリ・アルバと申します」
ミノリはそう言ってお辞儀する。
「…成程、陛下のお気に入りというわけでございますか。…して、どのような髪型に致しましょう?」
「そうだな、肩につく程度の長さに切り揃えるのだ。一つに束ねることが出来れば、仕事の妨げにはなるまい」
「畏まりました。美しい黒髪を断つのは惜しい気も致しますが、陛下がそうおっしゃるならば従うまでにございます」
理髪師はそう言って頭を下げた。
「あ、あの…陛下…!」
その時、ミノリが跪いて国王を見上げる。
「畏れながら、私は…男性のような髪型にするべきではないのでしょうか…?」
面接の時のやり取りを思い出し、ミノリが訊ねる。
シャドーレは予想外の問いに驚いたが、
「あれは…お前が王宮の男達に目を付けられることがないようにと思って訊ねたことなのだが…。私の側近として常に傍に置くと決めた以上、必ずしも男のような髪型にする必要はない」
そう言って優しく微笑む。
「…それとも、私のように刈り上げるか?」
シャドーレとて、元は貴族の令嬢。若い娘の髪を刈り上げるなど桜色の都においては有り得ないことだと分かっている。だから、ほんの冗談のつもりだったが、
「陛下と同じように…でございますか?」
ミノリは真面目な顔で言う。
「覚悟は決めて参りました。…ですので、どうかお命じ下さいませ。貴方様にお仕えする為ならば、女の命など要りません」
「ミノリ……」
ミノリの声は震えている。本音を言えば切りたくないのかもしれない。しかし、彼女は真剣な眼差しでシャドーレを見ている。それほどまでの覚悟ならば、しっかりと受け止めなければならないとシャドーレは思った。
「よく言った、ミノリ。それでこそ、我が側近に相応しい」
シャドーレは複雑な気持ちを隠して、
「では、この娘の髪を私と同じように刈り上げるのだ」
その言葉に理髪師は驚く。
「陛下と同じように…でございますか?若い娘の髪をバリカンで刈り上げよとおっしゃるのですか?それはあまりに酷なことでは…」
思わず理髪師は国王に反論してしまう。予想外の命令に戸惑っている。
しかし、シャドーレは厳しい声で言う。
「命令だ。速やかに準備しろ」
「はっ。畏まりましてございます」
(覚悟は決まってる。大切にしてきた髪だけど今日から私は王宮の白魔術師だもの…)
そう思いつつ、ミノリは力を込めて、
「陛下のお言葉に口を挟みましたこと、大変申し訳ございませんでした。…理髪師様、どうかよろしくお願い致します」
「畏まりました。…ミノリ殿」
理髪師に対する国王の声は少し怖かったが、
「そのリボンは私がほどこう。あちらを向いて」
ミノリに対しては穏やかな声で、優しい手つきで黒髪を束ねていた黒いリボンをほどく。さらさらとした感触をシャドーレはその手に感じる。
美しい髪が流れるように背中を覆っていく。
(私は今、この娘にひどいことをしようとしているのだろうか…。止めるべきだっただろうか…)
一瞬、シャドーレは躊躇う。
しかし、すぐに真面目な顔を作って、
「始めてくれ」
「はっ!」
理髪師はミノリを椅子に座らせ、カットクロスを巻くと、鋏を取り出した。
そして、ミノリの右側の髪を耳の辺りで切り落とした。
ジャキッ。
その瞬間、何十センチあるのか分からないほどの長い髪が床に滑り落ちる。
「っ…」
ミノリが僅かに動揺したのをシャドーレは見逃さなかった。
ジャキッ、ジャキッ………
理髪師は後ろ髪も同じように耳の高さで切り左側の髪も同様に短くしていった。
床には物凄い量の黒髪が落ちている。
覚悟してきたとはいえ、ミノリは長い髪を切られたことにショックを受けている。しかし今までのは粗切り。本番はこれから。
「貴族のご令嬢には無縁の物だったかと思いますが…これを使わないことには陛下と同じ髪型には出来ませぬゆえ、失礼致します」
ヴィーーーン…………
初めて見る器具。初めて聞く音。怖い。
(今ではすっかり男装に慣れてしまったけれど、私も貴族の娘だった頃があったのよね…)
シャドーレはミノリの断髪を見守りながら昔を思い出す。
(『クロス』に入隊してからもロングヘアだったけれど、ずっと隊長の髪型に憧れて…あの日、ようやく刈り上げてもらったのだったわ)
シャドーレが回想している間に、ミノリの髪はどんどん短くなっていった。
ヴィーーーン…………ジジジジ………
(こんなに…短く…)
覚悟を決めてきたはずなのに、実際に短く刈られてしまうと悲しくなる。
(いえ、私は国王陛下の側近になる者。髪など要らないと言ったのだから…!)
泣きたいのを懸命に堪える。
(…ああっ、そんなに上まで……!)
バリカンは容赦なくミノリの髪を刈り上げていく。シャドーレと同じになるように。
(陛下と同じ髪型にしてもらえるなんて…光栄なことよ…!でも、でもっ………!)
ミノリは必死で耐えている。自慢の髪を短く切られ、刈り上げられ、男のような姿に変わっていく悲しみに耐えている。
自分で言い出したこととはいえ、覚悟してきたこととはいえ、こうして髪を刈られるのはやはりつらい。
(止めるべきだったかしら…)
シャドーレは少しだけ後悔していた。
(この娘もルーリと同じ。普通の女の子なのね。…私と同じように、なんて、やりすぎたかしら。せめて刈り上げない程度の短髪にさせるべきだったかしら…。泣くのを必死で堪えているように見えるわ…)
表向きは平静を装っているが、心の中では彼女に申し訳ないことをしたと反省していた。
理髪師はバリカンを鋏に持ち替え、さらにミノリの髪を切る。ここからは微調整だ。
床は大量の髪で埋め尽くされている。ミノリの自慢だった髪はバッサリと切られて床に積もり、理髪師に踏まれている。
(きっと、もうすぐ終わる…!)
ミノリは自分に言い聞かせる。
最後に産毛を剃られ、断髪は終わった。
「いかがでしょうか?」
理髪師は大きな鏡を持ち、後ろ姿を見せる。
後ろ髪がない。
先程まであんなに長かったのに…。
恐る恐る触ると、ジョリ…とした感触。
横を向くと耳の上まで刈り上げられている。
「ありがとうございます。国王陛下と同じように切って頂けるなんて…光栄の極みにございます」
そう言ってお辞儀する。頭が軽すぎてくらくらする。
その後、洗髪までしてもらい、シャドーレについて理髪室を後にしたミノリ。
頭がスースーする。
泣きたい気分である。
シャドーレはそんなミノリの胸中を察してか何も話しかけてこない。
誰ともすれ違うことなく、シャドーレはミノリを連れて休憩室に入った。
ドアには「VIP」の文字。
「ご苦労であった。疲れただろう?」
素が出ないように気をつけつつ、ミノリに声をかけ、ソファに座るよう促す。
「とんでもございません。国王陛下自ら理髪室に案内して下さるなんて…有り難き幸せにございます。…陛下、この後、私は何を致せばよろしいでしょうか…?」
「とりあえずここで休め。髪を切るのは意外と疲れるものだ。…お前の場合は特にな」
そう言って、シャドーレは短くなったミノリの髪を撫でる。
その途端、ミノリの目から涙がこぼれる。
「も、申し訳ございません!…睫毛が目に入ってしまったようで…」
慌てて取り繕うが、一度流れ始めた涙は止まってくれない。
(言い訳が可愛すぎるわ…)
シャドーレはそう思いつつ、
「実は、お前がカットの間悲しんでいるのではないかと気がかりであった。…女にとって長い髪はかけがえのない物だ。覚悟してきたこととはいえ、つらかったのではないか?…ここには私しかおらぬゆえ、気が済むまで泣くが良い」
「陛下…!」
「…公務以外では名前で呼べ」
「では、シャドーレ様…!暫しの間、お許し下さいませ…」
ミノリは長い髪を失くした悲しみに、涙をぽろぽろと流す。泣きながら、自分の姿を受け入れようとしている。
(可愛い……)
シャドーレはソファに座ったミノリの隣に腰かけると、その小さな身体を抱きしめる。
「シャドーレ様…?」
ミノリは突然の抱擁に驚く。
それ以上に、もっと驚いたことがある。
(シャドーレ様、華奢でいらっしゃるのに柔らかいお身体をなさっているのね…あら?胸のふくらみ……ええっ!?)
珍しく薄着のシャドーレが強く抱きしめたせいでミノリは彼女の胸のふくらみを感じる。
勘違いなどではない。
「シャドーレ様!」
思わず叫んでしまう。涙も引っ込む。
「なんだ?どうした?」
シャドーレはミノリの声に驚いたが、平静を装う。
「あ、あの…失礼ながら、貴方様は…」
「?」
何を言い出すんだろう。
「貴女様は…女性、でいらっしゃるのですね…」
「えっ!?」
さすがのシャドーレも動揺して、一瞬声が裏返る。
「あ、ああ、そうだが…知らなかったのか?」
(もしかして皆、本当に忘れてるの!?)
「…隠していたわけではないんだがな。私は元々伯爵家の娘だったが、黒魔術師としての腕を見込まれて、ツキヨ様が国王であられた時は『クロス』の副隊長を務めていた。そして、前国王が亡くなられたのち、ツキヨ様直々にご指名を賜り、即位したのだ」
ミノリは情報量の多さに混乱している様子だったが、
「『クロス』の副隊長様が女性であられることは存じ上げておりました。しかし、その御方が貴女様であったとは…!大変不躾な質問を失礼致しました!」
ミノリは跪き、頭を下げる。頭が軽い。
「気にするな。私の性別のことなど、きっと皆忘れている」
シャドーレは優しくミノリに語りかける。
「ツキヨ様に国王になることを命じられた時、私は女を捨てることを決め、この国に生涯を捧げることを誓ったのだ。たとえツキヨ様からのご指名であったとしても、女が国王になるとあっては貴族達が黙ってはいないだろうからな。その為に、私は女を捨てると宣言した。それ以来、ずっと男の格好をしている。…幸いなことに、私の身体は男装に向いているだろう?」
そう言って身長190cmのシャドーレが立ち上がって笑うとミノリもつられて笑顔になる。
「…では、シャドーレ様も御髪をお切りになられたのでございますね…。貴族のご令嬢であれば、当然ではありますが御髪をとても長く伸ばされていたのでございましょう…?」
「ああ。遠い昔の話だがな。決して後悔はしていない。私は一生この短髪でいるつもりだ。二度と髪を伸ばすことはないだろう」
本気で後悔してないのよ、この人。
むしろ喜んでるのよ、この人。
しかし、ミノリは光り輝くようなシャドーレの髪を見て、
「こんなにもお美しいプラチナブロンドの御髪ですのに…」
別の意味で涙を流し始める。
「この国の為に、貴女様は…」
「ミノリ。それはお前も同じことだろう?」
そう言って、シャドーレはミノリの首筋を触る。ジョリジョリとした手触り。
「女を捨てる決意をしたのはお前も同じだ。…私はどうやら、男装が板につきすぎて本当の男と皆に思われているようだが」
シャドーレは笑う。
「ミノリ。私が女であることは忘れてくれ。これからもこの国を率いていく為には、男として生きる方が何かと都合がいいのだ」
「シャドーレ様…!…畏まりました。ミノリは現在をもちまして、貴方様から伺ったお話を全て忘れさせて頂きます。そして、改めて、国王陛下に絶対の忠誠をお誓い申し上げることをお許し下さいませ」
「うむ。存分に力を発揮してくれ」
「はっ!」
いつの間にか、ミノリは髪を切った時の悲しみも忘れて、美しい国王に見とれていた。
「シャドーレ様と同じ髪型…嬉しいです」
「よく似合っている。…美しいぞ、ミノリ」
「勿体ないお言葉にございます、シャドーレ様…!」
ミノリはすっかり打ち解け、シャドーレの傍にいられることを喜んでいる。
(可愛すぎるわ。どうしましょう…)
シャドーレは若く可愛らしい娘を前にして、国王という立場と下心の間で揺れている。
(シャドーレ様…側近が妾になるという話を聞いたことがあります…私はいつか…貴方様とそんな関係になれるのでしょうか…)
ミノリ・アルバ、22歳。初めての恋だった。
名前が同じだからなのか、黒髪だからなのか、背格好が似ているからなのか、シャドーレはミノリ・アルバに運命を感じずにはいられません。




