第23話
マヤリィという名の脅威は去った。
残された者達はこれからのことを考える。
マヤリィとジェイが流転の國を去ってから数日の間、流転の國は全ての活動を停止した。
彼女に殺された、ランジュ、シェル、リスの三人を悼む為でもあった。
このことを決めたのは流転の國の最高権力者という立場に戻ったルーリである。
皆はそれぞれ自分の部屋で、故人を偲んでいた。
数日後、皆は玉座の間に集まった。
しかし、ルーリは難しい顔をしたまま、なかなか話を始めない。
そんなルーリの胸中を察したのか、ネクロが発言する。
「ご主人様、一つよろしいですかな」
「…なんだ?」
「マヤリィ様が甦られたという話は恐らく桜色の都全土に伝わっております。…そのことに関してはいかがなされますか?宙色の大魔術師が甦ったという話が広まった直後に、再び黄泉の国に戻ったというのは、非常に報告しづらいことと存じますが」
ネクロはルーリが懸念していることを話す。
ルーリは頷くと、自分の考えを述べる。
「…それに関しては、大変申し訳ない話だが、シャドーレを除く桜色の都の国民全てに『忘却』魔術をかけるしかないと思っている」
『忘却』魔術をかけられれば、文字通り全てを忘れてしまう。どこからどこまでの記憶を忘却させるかは、それを発動する者が決める。
「そのような魔術を、全ての国民に…?」
皆は驚くが、ルーリは話し続ける。
「ネクロが言ったように、宙色の大魔術師が甦った直後に再び黄泉の国に戻ったと聞けば、桜色の都の民も混乱するだろう。そうなれば、シャドーレにも迷惑をかけることになる。それに、異種族の集落が相次いで滅ぼされたのだ。既に人々は恐怖と混乱に陥っているかもしれない。…事実を変えることは出来ないが、少なくともマヤリィ様に関することは全て忘れさせたいと思う」
「はっ。それが最善策かと存じます。それに、万が一にもマヤリィ様の復活と異種族の滅亡が結び付けられれば、それこそ厄介なことになりますからな」
ルーリにはそこまで考えが及ばなかったが、ネクロの言う通りだ。大魔術師復活と異種族滅亡の時期が完全に重なっていることを怪しむ者が桜色の都にいないとも限らない。
「全ては我が國の為でございますね。…ご主人様。私にも『忘却』魔術発動のお手伝いをさせて下さいませ」
シロマの申し出にルーリは驚く。
『忘却』魔術は専門外なのでは…?
「何か役に立つことがあるかもしれないと思い、専門外の魔術でしたが、習得致しました。…微力ながら、私もその『桜色の都忘却大作戦』に参加させて頂きたいのですが、お許し下さいますか?」
いつの間にか魔術習得してるし。
いつの間にか作戦名考えてるし。
(シロマ…お前は強いな…)
ルーリはシロマの言葉に大きく頷く。
「勿論だ。此度は桜色の都全土に対して一度に魔術を発動させる必要がある。だから『忘却』を使える者が多ければ多いほど助かる。…シャドーレにも協力を要請し、出来るだけ早く取りかかりたいと思っている」
「はっ。有り難きお言葉にございます、ご主人様。お役に立てますよう全力を尽くします」
「承知致しました、ご主人様。『桜色の都忘却大作戦』を必ずや成功させてみせましょうぞ」
そう言ってシロマとネクロが頭を下げる。
結局、作戦名はそれでいくのね。
「それでは、ミノリ。私が帰還するまで、流転の國をよろしく頼む」
「はっ。畏まりました、ご主人様」
ミノリが跪き、頭を下げる。
「…では、桜色の都へ参りましょう。転移先は…国王陛下の執務室がよろしいですかな」
「ああ。まずはシャドーレに事情を説明しよう。彼女には本当に迷惑をかけてしまった。しばらく連絡を取る余裕もなかったし、心配していることだろう」
結構長く放置されてたシャドーレさん。
早く連絡してあげて。
事実、あの日ミノリが突然『転移』して以来、流転の國の状況が分からず、どうしたものかと頭を悩ませていた。さらには、桜色の都領内の異種族の集落が全て壊滅したという報告が上がってきており、漆黒の殺戮者の所業に心を痛めていた。
生き残った人々の中で一番つらい立場のシャドーレさん。
早く事情を説明してあげて。
桜色の都。国王の執務室。
シャドーレはいつものように一人で机に向かい、書類仕事に明け暮れていた。
そこへ、魔法陣が出現する。
「待たせたな、シャドーレ。すまなかった」
「ルーリ……!!」
シャドーレは立ち上がり、魔法陣と共に現れたルーリに駆け寄る。傍にはネクロとシロマが控えている。
シャドーレは驚きつつも、ルーリが無事でいたことに安堵した。
しかし、次の瞬間には厳しい表情になり、
「…これは私の勘なのだけれど、マヤリィ様はもうどこにもいらっしゃらないのではないかしら。これまでのこと、詳しく話して頂戴」
鋭い眼差しをルーリに向けた。
『忘却』はそれなりに高難度の魔術なので、専門外のシロマが習得するにはかなりの努力が必要です。
でも、そこは頭を丸めてまで最上位魔術師を目指した努力家のシロマさん。
先を見据えた上で、流転の國の活動停止中に猛特訓したのかもしれません。




