第20話
「ミノリ、そこまでだ」
気付けば、流転の羅針盤は鋭い風の刃によって切り裂かれ、ばらばらになっている。
皆は、今の風系統魔術を発動したのがミノリではないことに気付く。
「貴方は……!」
そこへ現れたのは、黒いローブで全身を覆い、黒い帽子を被ったスケルトンだった。
「ルーリを殺したら、今度こそマヤリィ様を止められなくなる。そうすれば、世界が滅びてしまう」
皆が驚く。それは、確かにジェイの声。
骸骨がジェイの声で喋っている…!?
「貴方は…ジェイなの…!?その姿は一体…」
驚いたミノリは一瞬で全ての魔術を解除してしまう。
「ジェイ殿……!いつの間にそんなお姿になられたのですか…?貴方に何があったというのでございましょうか…!?」
ミノリの魔力が解除された為、ネクロがシールドから出てくる。
「あの朝、少し皆の記憶を操作させてもらったんだ。…特に目立ったことはせず、特に気になる発言もせず、皆と常に行動を共にする『ジェイ』がそこにいるよう皆に誤認させていた。…よくよく思い出してみれば、ここしばらくの間、僕はどこにもいなかっただろう?」
「あの朝」とは、ルーリと共に第2会議室で目を覚ました日のことだ。
ルーリは思い出そうとする。
ジェイに『魅惑』をかけられて一晩を共に過ごした第2会議室。そして、次の日の朝、二人で一緒に玉座の間まで行ったはず…。しかし、ジェイに問われて記憶を辿ると、あの朝は一人で玉座の間に行ったことを思い出す。ジェイは「先に行ってて」と言い、ルーリを送り出したのだ。
皆もそれぞれに思い返している。
マヤリィを生き返らせる方法を探っている時、ジェイはその場にいたか?
ルーリの身体に星の刻印が埋め込まれたと知った時、ジェイはその場にいたか?
そして、マヤリィが漆黒の殺戮者として甦った時、ジェイはその場にいたか?
皆の記憶が一致する。ジェイはいなかった。皆が彼と常に行動を共にしていたと思い込んでいただけだ。
「記憶を操作した後、僕は自殺した。…勿論、彼女に会う為にね」
「っ…!」
「…だから、お前はスケルトンになったというのか…?」
ルーリが聞く。冷静な声だ。
ネクロがシールドを出ると同時にシロマもシールドから出て、すぐにルーリに『全回復』をかけたのだった。
「どうして貴方は何も言わずにそんなことをしたの…?どうして……」
ミノリが悲しそうに言う。
「彼女に会いたかったから。ただそれだけだ。…僕は姫より死ぬのが遅かったから、向こうの世界ではすれ違っちゃったみたいでさ、まだ会えてないんだ。でも、まもなく彼女はここへ戻ってくる。そしたら、僕は再び姫に会える。僕はこんな身体だし、姫もきっと違う姿になっているんだろうけど、それでも会いたい。…これが、僕が自殺した理由だ」
「ジェイ……」
先程の勢いをすっかり失って、ミノリはうなだれる。周囲には切り裂かれてばらばらになった羅針盤の破片が散らばっている。
「…安心してくれ。僕が彼女を連れていく。姫が何を言われて漆黒の殺戮者として甦らされたのか詳しくは知らないけど、そんなのは黄泉の国の責任者の残酷な我儘にすぎない。彼は人間至上主義者にして、人格破綻者だからね。結局、今回のことがバレて彼は粛清され責任者は別の者に変わった。…もう、漆黒の殺戮者を必要とする者はどこにもいない」
「…では、そもそも、マヤリィ様がおっしゃっていたノルマ自体、黄泉の国においても非常識な話だったということですな…」
ネクロの言葉に、スケルトンが頷く。
「姫がそれを受け入れて流転の國に戻ったと聞いた時はどうしようかと思ったよ。黄泉の国に行って分かった。本来、死んだ者が甦るなんてことは有り得ないんだ。死んだ者は順番に魂だけの存在になって消えていく。悲しいことだけど、死者を生き返らせる方法は存在しない。…僕は生前の姫を知る者として、彼女を連れ戻すよう頼まれた。もし、姫が黄泉の国に戻るのを拒んだ時は、僕に力を貸してくれ」
黒いローブを身に纏い、黒い帽子を目深に被ったスケルトンが、ジェイの声で、ジェイの話し方で、皆に語りかける。
いつの間にか皆の前でマヤリィのことを「姫」と呼んでいるが、誰もそのことを不思議に思わない。
その場にいる者は神妙な面持ちで彼の言葉を聞いている。
「そうか、あの朝…。お前と二人で玉座の間に歩いて行った気がしていたが、違ったのか…。どうして、私は先に部屋を出てしまったのだろう」
ルーリは涙を流す。
あの夜も、あの朝も、ジェイは優しかった。
傷付いたルーリにどこまでも寄り添ってくれた、あの休みの日の出来事を思い出す。
「…私は、大切な人を二人も死なせてしまったのだな…」
「それは違うよ、ルーリ」
ジェイが優しい声でルーリの言葉を否定する。
「姫はルーリのせいで死んだわけじゃない。極めて自死率の高い、重い病気のせいだ。そして、彼女を追い詰めてその病気の原因を作ったのは、姫が元いた世界の人達だ。決して君のせいじゃないし、流転の國のせいでもない。…むしろ、この國に来ることが出来て姫は幸せだったんじゃないかな」
泣き続けるルーリにそっと近付くジェイ。
「聞いてよ、ルーリ」
ジェイは言う。
「この不思議な世界で、僕は君に会えて本当によかった。皆もそうだろう?ルーリは僕達にとっては、死神でも悪魔でもない。優しい女神だ。それに、『魅惑』に関係なく、姫は君を心から愛している。この國で君と出逢い、愛し合えたことは姫にとって本当に幸せなことだと思う」
皆はジェイの言葉を聞いて、頷く。
「…確かに、ジェイ殿のおっしゃる通りですな」
ネクロが言う。
「ルーリ様のこと、私も愛しておりますぞ」
こういうことをさらっと言っちゃうネクロ。
「私も、本心を打ち明けてしまいますが、ルーリ様に恋をしております。…私は、貴女様と共にこの國にいられるだけで幸せなのです」
さりげなく告白しちゃってるシロマ。
「ルーリ様は、わたくしが天使だった頃から、優しく接して下さいました。今も変わりなく、強く優しいルーリ様にございます」
ユキが言う。隣でバイオが頷いている。
「ミ、ミノリだって…本当は、ルーリのこと…………」
その先が言えず、ミノリは泣いている。
「…皆、今までありがとう。僕が言うことじゃないかもしれないけど、流転の國を頼む」
表情は分からないが、きっと今ジェイは微笑んでいる。
「待って。どこへ行くの?」
ミノリが聞く。
「我が主、マヤリィ様の御前へ」
ジェイが厳かな口調で言う。
「…皆、元気でね」
そう言い残して、ジェイは転移する。
「貴方が死んだことは知っていたけれど、まさかそんな姿になってまで私を追ってくるなんて、思ってもみなかったわ」
そこは、水晶球の間。
顕現直後、宙色の耳飾りが授けられたこの場所で、マヤリィとジェイが再会する。
「姫、貴女は完全に甦ることは出来ません」
「黙りなさい。私はこれからも流転の國にいつづけるの。その為にはもっと…必要なのよ」
ジェイの念話を受けて、即座に流転の國へ転移したマヤリィは、先程と同じピンク色のドレスに漆黒の長い髪。ジェイを見下ろせるほどのハイヒールを履いている。
「それは…ルーリの為ですか?」
ジェイは問う。
「ルーリの心は貴女だけのものだというのに、これ以上何を望むんですか?」
「彼女に私の全てを受け入れてもらいたいの」
マヤリィは必死な表情で言う。
「ルーリの理想の女になりたいのよ」
とてつもない執着心を抱えたまま、マヤリィはジェイに訴える。
「それに、ルーリだって、魅惑の死神と呼ばれる悪魔でしょう?彼女なら、喜んで私に協力してくれると思ったのに」
「ルーリは、種族は悪魔でも、優しい心を持ち合わせた女性です。今、彼女は貴女を漆黒の殺戮者として甦らせてしまった責任は自分にあると思って悲しんでいます。皆も、生前の貴女の優しい心がなくなってしまったことに心を痛めています」
「…………」
ジェイの言葉は、今の姫には届かない。
「……真綾。よく聞いてくれ」
意を決して、ジェイは姫の元いた世界における名前を呼ぶ。
「僕は貴女を黄泉の国に連れて帰る。その為に僕は今ここにいる」
「ふっ」
姫は笑う。
「貴方の力でそんなことが出来るとでも?」
「僕にしか出来ないことです」
ジェイは力を込めて言う。
「必ず、貴女を連れて帰ります」
「…そう」
姫は不敵な微笑みを浮かべて、
「そこまで言うなら、やってご覧なさい」
水晶球の間に姫の声が響く。
流転の國、桜色の都、そしてこの世界の存亡をかけて、美女とスケルトンが対峙する。
…いつからこんな壮大な話になったの?




