第19話
ルーリのご主人様への愛が本物であることは理解している。
分かっているけど…。分かっているけど…。
それでも彼女だけは許せない!!
マヤリィによって、桜色の都領内に居住していた人間以外の種族は全て殺された。
桜色の都を出ていくという選択肢すら与えられず、無残にも殺された異種族の者達。
漆黒の殺戮者マヤリィは淡いピンク色のドレスの裾を翻し『飛行』しながら滅びた集落の様子を満足そうに見下ろしていた。
王宮でシャドーレと話した後の話だ。
一方、ミノリは難しい顔で、シャドーレに数枚の報告書を見せていた。
「ミノリが『鑑定』を使って貴族達のことを調べた結果がこれよ。貴女が拒否したとしてもご主人様を止めることは出来ないけれど…何か思い当たることはあるかしら」
優秀な調査員ミノリはシャドーレ王に対してよからぬ考えを持っていると判断された者達のリストを見せた。シャドーレはそれを見て、狼狽える。
「そんな…!マヤリィ様は、ここに載っている全ての人を殺すとおっしゃるの…?」
「…誰もあの御方に逆らうことは出来ないわ。ミノリ達はご主人様に絶対の忠誠を誓った者。もし命令に背けば…今のご主人様のことだもの、殺人魔術で拷問を繰り返して、息絶えるまで苦しみを与え続ける…きっと、そうなさるおつもりよ」
「…………」
シャドーレは何も言えなかった。
「ご主人様の配下であるからこそ、命令に背いた者は楽には死ねない気がする…」
ミノリは話し続ける。
「『人化』を拒んだシェルは剣で真っ二つに斬られたそうよ…。ご主人様は一撃では殺さずに、彼が苦しむ様子をしばらく見ていたと聞いたわ…」
シェルとリスに『人化』魔術を拒まれて躊躇っていた結果、二人が殺されてしまったことをネクロから聞いた。彼女はいつになく落ち込んだ様子でミノリに念話を寄越したのだ。
「正直な所、ミノリも皆もどうしたらいいのか分からないの。今のご主人様の命令は残酷すぎるわ…」
ミノリは悲しそうに言う。
「何とかしてマヤリィ様を甦らせたいと思ってきたけれど、まさかこんなことになるなんて」
シャドーレは頭を抱える。
「残念だけど、今のご主人様は生前のお優しいお心を全てなくされている。この先も流転の國の誰かが殺されるかもしれない。それがミノリなのか、他の誰かなのかは分からない。でも、ルーリでないことは確かね」
ミノリが確信を持って言う。マヤリィは他の誰を殺そうとも、愛しいルーリだけはずっと傍に置いておくはずだ。
「…そういえば、ルーリは何をしているの?」
シャドーレが訊ねる。
「今は玉座の間で待機していると思うわ。ご主人様はルーリにご執心なの。昨夜は一晩中、ルーリの部屋で過ごされたみたいよ」
皆の前だというのにルーリに愛を語っていたマヤリィを思い出し、ミノリはため息をつく。
「やはりルーリに執着していらっしゃるのね。先程のマヤリィ様は、ご自身の今のお姿をルーリがどう思っているか、すごく気にしていらしたわ」
シャドーレもそう言ってため息をつく。
「なぜ、マヤリィ様はそこまでご自分のお姿を気にしていらっしゃるのかしら。それも、ルーリの理想の女になりたいとおっしゃっていた。…もしや、自死される直前に話していたことと関係があるのかしら。…っ」
ミノリの目が鋭く光ったのを見て、シャドーレは黙る。ミノリは黙っていられない。
「自死される直前に話していたことって何!?ルーリがご主人様の願いを許さなかったのは知っているし、ご主人様の最期を見てしまったのも知っている。だけど…直前の話って何なの!?何を話していたの!?」
「それは……」
ミノリに詰め寄られて答えないわけにもいかず、シャドーレは、
「三人でカフェテラスにいたあの時、ルーリはマヤリィ様のお望みを聞いて、思わず泣いてしまったの。それを見たマヤリィ様はあろうことかロングヘアにするとおっしゃったのよ」
「なっ…!あれほど短い髪を好まれていたご主人様がそんなことをおっしゃったの!?」
「ええ。私も耳を疑ったわ…。なぜマヤリィ様が一番言いたくなかったであろう言葉を口に出してしまったのかは分からないけれど、あの御方を絶望の淵に立たせたのは、ご自身が口にした言葉だったのではないかと思うのよ」
ミノリはそれを聞くと、シャドーレを睨む。
「…でも、その言葉を言わせたのがルーリであることに違いはないわよね?」
「ちょっと待って、ミノリ。あの場には私もいたの。マヤリィ様を止められなかった責任は私にもあるわ!」
シャドーレの必死な言葉は、今のミノリには届かない。
ルーリのマヤリィを愛する気持ちが本物だということは理解している。
マヤリィがルーリのことを本気で愛していることも分かっている。
ご主人様のご病気が重度の『双極性障害』であり、その自殺率の高さについてもジェイから聞いて知っている。
でも……やはり彼女を許すことは出来ない。
ミノリが殺気立つ。
「ミノリ、落ち着いて頂戴」
「落ち着いていられるものですか…!」
ミノリは魔法陣を展開する。
「もう一度ルーリに話を聞きに行くわ。ミノリだってこんなことはしたくないけれど…彼女だけは許せないの!」
そう言うと、
「ルーリに冷たく当たったら、きっとミノリはご主人様に殺されてしまうわね。…今日これきりでお別れかもしれないわ、シャドーレ。今まで、本当にありがとう」
「待って、行かないで!ミノリ!!」
シャドーレはそう叫んでミノリに駆け寄るが、魔法陣の中に入ることは出来ず、はね返されてしまった。
「お願いよ、ミノリ…!!」
縋るような目でミノリを見る。
しかし、
「シャドーレ、いつまでも大好きよ」
ミノリはかつての恋人に別れを告げると、流転の國へ転移する。
そこは玉座の間。
マヤリィ以外の全員が揃っている。
「ミノリ、桜色の都に行っていたはずでは」
「黙りなさい」
ルーリの言葉を遮るようにミノリが殺気をあらわにし、流転の羅針盤を宙に浮かせる。
「ルーリ、覚悟して。ミノリは…貴女を許すことなんて出来ない!!」
そう言い終えた瞬間、魔力爆発が起きる。
「ミノリは黄泉の国から来た漆黒の殺戮者に会いたかったんじゃない!気高く美しく、そして誰よりも慈悲深くお優しい『流転の國』のマヤリィ様にお会いしたかったのよ!!ミノリのご主人様を変えてしまったのは誰!?ご主人様を苦しませたのは誰!?ご主人様を…死に追い込んだのは誰!?」
皆はミノリの魔力爆発に巻き込まれる。
その場には、ミノリが操る様々な属性の魔力が渦巻いている。
バイオも流されるほどの水系統魔術。
ユキの魔術がかき消されるほどの炎系統魔術。
ネクロはかろうじて『シールド』を張り、隣にいたシロマも一緒に守る。
だが、ルーリはシールドを張らなかった。
ここでミノリに殺されるならそれでもいいと思った。
険しく鋭い岩石が無数に飛び出し、ルーリの腕や脚を貫く。ルーリは玉座の壁に磔にされる形になり、動けない。
「ルーリ様!!」
シロマが回復魔法をかける為にシールドの外へ出ようとする。
しかし、ミノリの魔術によって、ネクロとシロマはシールドごと吹き飛ばされる。
ルーリは魔術を発動することもなく、黙って最期の時を待っている。腕にも脚にも何本もの鋭く尖った岩の釘が刺さっている。
「これで終わりよ…!」
その瞬間、最上位の風系統魔術が発動する。




