第17話
マヤリィの禁術によって苦しむルーリ。
『能力強奪』の後遺症は『人化』…?
次の日の朝。
ルーリはマヤリィのキスで目覚めた。
「おはよう、ルーリ。今日も美しいわね」
「おはようございます、マヤリィ様」
「気分はどうかしら?うふふっ」
ルーリはともかく、マヤリィはご機嫌麗しい。
「あの…マヤリィ様…」
「どうかしたの?ルーリ」
「はっ。畏れながら、確認させて頂きたいことがございます。昨日、黄泉の国の責任者様は人間至上主義であると伺いました。されど、貴女様は人間であるランジュを殺害しています。…ということは、この地に住む異種族を全て葬り去った後は、人間を標的にする可能性もあるという解釈でよろしいでしょうか?」
ルーリとて、天性の殺戮者。こうなった以上、主の望みとあらば相手が誰であっても容赦はしないつもりでいる。
「さすがはルーリ。よく理解しているわね。今、貴女が言った通りよ。まずは流転の國領内にあるエルフの里を滅ぼして、それから…桜色の都」
「っ…」
「言ったでしょう?私にはノルマが課せられているの。それは結構大変なことなのよ。桜色の都の異種族を滅ぼした後は…王宮にいる貴族ね。シャドーレと敵対する貴族達を殺せば彼女だって都を統治しやすくなるはず」
シャドーレに矛先が向いていないことを聞いて、とりあえずは安堵するルーリ。
「流転の國の皆にも…手伝わせるのですか?」
「そうね…エルフの里は今日中に私が殲滅するとして、桜色の都の王宮に関しては、少し調査が必要ね。…都にある異種族の集落は私一人で滅ぼすから何もしなくて大丈夫よ」
優しい微笑みを浮かべながら恐ろしいことを言う。
「では、私は…何を致しましょうか?」
その時、ルーリは自分も人間ではないことに気付く。遅いよ、ルーリさん。
「畏れながら、マヤリィ様。貴女様のお言葉に甘えてお傍近くにおりますが、私は人間ではなく、悪魔にございます。…貴女様のお役に立つことが出来るなら、今すぐにでも私を殺して下さいませ。貴女様の手にかかって死ねるのなら本望にございます」
ルーリが跪き、頭を下げる。正直、今すぐにでも死にたい気がする。
「ふふっ、そのことなら問題ないわ」
「えっ……」
「私だって、誰彼構わず殺そうとしているわけじゃないの。貴女は私の大切な恋人。たとえ悪魔だとしても、私は貴女を愛している」
甘く優しい声が、今はかえってつらい。
かと思えば、厳しい口調で、
「ルーリ。『夢魔変化』をしてご覧なさい」
命令を下す。
「はっ。では、失礼致します…!」
ルーリは言われた通りに『夢魔変化』をしようとする。…が、出来ない。
「『夢魔変化』!!」
思わずルーリは叫ぶ。…が、何も起きない。
(なぜ変化することが出来ないんだ…!?)
ルーリは焦る。
「もしかして……」
『能力強奪』。夢現の中で聞いた魔術の名を思い出す。
「昨夜、貴女様は私に魔術をかけたのですか…?」
「思い出したみたいね。…そう。昨日私は貴女に『能力強奪』を使った。だから、貴女はもう『夢魔変化』をすることも『魅惑』を発動することも出来ない」
「そんな…!なにゆえにございますか…?」
ルーリは動揺する。
「言ったでしょう。種族が違うというだけの理由で貴女を殺したくないのよ。今の貴女は悪魔ではなく普通の人間。皆よりも高い魔力値を持っているというだけの普通の人間なのよ」
「そんな…!」
『人化』も使わずに身体を変えられるなんて。
ルーリは自分の全てを奪われた感覚に陥り、打ちひしがれる。
「安心して頂戴。『流転の閃光』は今まで通り貴女の身体に宿っているから」
マヤリィはルーリの様子など意に介さない。
「分かってくれたかしら。私は貴女が悪魔だとしても愛しているし殺したくないけれど、それは許されないことなの。だから、これから先、貴女は普通の人間として生きるのよ。…愛するルーリ。ずっと私の傍にいて頂戴」
そう言われ、ルーリは跪くしかなかった。
「はっ。畏まりました、マヤリィ様」
今日のマヤリィは赤いドレス。艶やかな黒髪はため息が出るほどの美しさだが、今のルーリにはマヤリィを見つめる余裕などなかった。
「…ねぇ、『魅惑』がなくても貴女は貴女よね?美しいルーリ。私の愛する人」
そう言ってマヤリィはルーリにキスをする。
「出来たらこのまま、貴女の部屋で過ごしたい所なのだけれど…」
「ぜひ、そうなさって下さい!私もマヤリィ様と一緒にゆっくり過ごしたいと存じます!」
このままマヤリィが動き出せば、昼を待たずに玉座の間にエルフ達の死体が積み上がることになる。無駄だと分かっていても、なんとかマヤリィを引き止めたい。
「…貴女の気持ちは嬉しいけれど、ゆっくり過ごすのは仕事が済んでからね。貴女は玉座の間で待機していて頂戴。…行ってくるわ」
「お待ち下さい、マヤリィ様!!」
その声は届かず、マヤリィは『転移』した。
(そうだ…皆はどうしているだろう…)
跪いた姿勢から立ち上がる。身体が痛い。
(長時間同じ体勢でいるのはつらいな。…いや、今までにそんなことあったか?)
ルーリは不思議に思いつつ、いつものようにハイヒールを履いた。…つもりが、足首を捻って転んでしまった。
(痛っ……)
そして立ち上がろうとした時、自分の着ているロングドレスの裾を踏んでしまい、再び転ぶ。
(危なっ…。なんで今日はこんなに危なっかしいんだ?)
ひとまずハイヒールを諦め、服も替えようとする。
しかし、一瞬で着替える魔術が発動しない。
(そうか…あれはサキュバスだから出来たのか…)
面倒だが、今着ているドレスを脱いで、衣装部屋でマヤリィが見つけた漆黒のミニドレスを着る。
(これでいいか。…いや、しかし…)
なんとなく鏡の前に立ってみる。
ミニ丈が似合わない。というより痛々しい。
(っていうか…これ私か……?)
美しさは変わらないが、ルーリの見た目は普通の人間の49歳になっていた。
(髪に白いのが混じってる……?)
元が金髪なので目立たないが、ルーリは目ざとく白髪を見つけてしまった。
(肌がくすんでいるな…。この目尻のシワはなんだ…?心做しか近くが見えづらい気がする…。普通の人間ってこういうものなのか?…いや、今はそれを気にしている場合ではない。何か他に着るものを考えないと…)
アイテムボックスをかき回して、ようやく見つけたのはスーツだった。
(正装、か…。まぁ、今の私は夢魔ではないし、これでいいか…。ローヒールの靴はあったかな……)
ルーリは四苦八苦して49歳のコーディネートを完成させた。…いや、パンツスーツにヒールのないパンプスを合わせただけです。
(やれやれ、たったこれだけで疲れてしまった…)
そして、ようやく玉座の間に向かうと、そこにはシェルとリス、そしてネクロの姿があった。
「ネクロ…これはどういうことだ?」
「ご主人様からの命にございます。…シェルとリスに『人化』魔術をかけるようにとの仰せにございます」
砕け散った『悪神の化身』の代わりに、ネクロは青い靄の杖を持っていた。
今のルーリの姿を目にしても、誰も何の反応も示さない。
「『人化』は怖いです…ネクロ様…」
リスが怯えている。
「ネクロ様、我々はこのまま死んだ方がご主人様の御為になるのではないでしょうか…?」
シェルも震えている。
「お許し下され。ご主人様はお二方を殺したくないが為に『人化』をお命じになったのです」
ネクロが言う。彼女も不本意なのだろう。
「故郷を失い、自分自身を失い、なおも生き続けよとは、残酷な仕打ちにございます」
シェルが訴える。
「私にはどうすることも出来ませぬ。…私とて、種族は悪魔。普通の人間ではございません。それでも私が粛清されないのは、私の魔力が黄泉の国の責任者殿の魔力と似通っているからなのでしょう」
ネクロは悲しそうに言う。
二人の同意が得られない以上、無理に『人化』魔術を発動することは避けたい。
「…シェル、リス、今は生きることを考えろ」
話を聞いていたルーリが強い口調で言う。
「ここで抵抗すれば、ご主人様はお怒りになるかもしれない。そうしたら、即死どころでは済まないぞ。…私は昨夜『魅惑』の魔力をご主人様の『能力強奪』によって失った。『夢魔変化』も出来なくなった。つまり、今の私はただの人間だ」
「そんな…!」
ネクロが驚きの声を上げる。
「それでは、ルーリ様の『魅惑』は…」
「使えなくなった。今の私には『流転の閃光』しかない…」
元々ルーリの魔力値は高いが、それでも魔術師としての力は大幅に低下した。
「今の私は…自分が何者なのか分からない…」
ルーリは頭を抱え、悲しそうな顔で俯く。
決して抜け出すことの出来ない迷路に入り込んでしまったみたいだ。
「…ルーリ様、マヤリィ様は誰を殺めようとも貴女様だけはお傍近くに置かれるおつもりのようですぞ。…今となってはつらいお役目にございますが…」
耐えてくれとはネクロは言えなかった。
「ああ。…私達はマヤリィ様に永遠の忠誠を誓っている。あの御方に何が起きたのかは分からないが、ついていくしかない」
ルーリの言葉に、ネクロは頷く。
そこへ、巨大な魔法陣が出現。
「…ネクロ、貴女にとって『人化』魔術はそんなに難しいことだったかしら?」
そう言って現れたマヤリィは冷たい表情でネクロに詰め寄る。
「申し訳ございません!今すぐに行います!!どうかお許し下さいませ…」
「その必要はないわ」
マヤリィはそう言うと、一瞬で手の内に黒い剣を出現させ、リスの首を掻き切る。
「リス……!!」
慌ててリスに駆け寄るシェル。
だが、既に息絶えていた。
「…貴方が躊躇わなければ、この子は死なずに済んだというのに」
マヤリィはシェルを見下ろすと、その胸に黒い剣を浅く突き刺した。シェルは痛みに悶える。
「どうか……殺して…下さいませ……」
「悪いけど、聞こえないわ」
マヤリィはシェルの必死の懇願を聞き流し、ネクロの方へ向き直る。
「ネクロ、貴女に罪はないわ。…この愚かなエルフが『人化』を拒んだのがいけないのよ」
シェルは何も言えず、痛みのあまりその場に倒れた。
それでも、まだ意識がある。こんなに痛いのに、まだ生きている。
「貴方を殺したくはなかったのに…残念ね」
マヤリィはそう言って憐憫の眼差しを向け、一度剣を抜いたかと思うと、
「…さよなら、シェル」
シェルが真っ二つになるように剣を振り下ろした。
ルーリもネクロも見ていられなかった。
物凄い量の血が飛び散るが、不思議なことにマヤリィは返り血を浴びていない。
両断されたシェルだけが血まみれになって息絶えている。
「素晴らしい切れ味ね」
マヤリィはそう言うと、どこから取り出したのか分からない黒い剣を一瞬で引っ込める。
昨日使ったのは黒い槍だった。殺人系統魔術のマジックアイテムはあと何種類あるのだろう。
「ご主人様…これは…!!」
その時、二人はようやく巨大な魔法陣と共に玉座の間に出現したエルフ達の死体に気付く。
昨日、天使達が積み重なっていたのと同じ。
マヤリィは指を鳴らすと、その死体の山の中にシェルとリスを加えた。もう、誰が誰だか判別はつかない。
「…ご主人様、これからどうなさるおつもりですか?」
ネクロが聞く。
「今ミノリに桜色の都について調べさせている所よ。今度は都の異種族を葬りに行くわ。…でも、その前にシャドーレに会いたい」
ルーリとネクロは慌てて笑顔を作る。
「はっ。マヤリィ様が甦られたとなれば、シャドーレも喜ぶことでしょう」
「わ、私もそう思いますぞ。すぐに転移を…」
マヤリィはどこかぎこちない二人の態度が気に入らなかったが、ここからが本番。
「シャドーレ、待っていてね。…桜色の都の脅威となる者は全て私が葬り去ってあげるわ。大切な貴女の為にね。ふふふっ♪」
心の底から楽しそうに笑うマヤリィ。
美しき漆黒の殺戮者は止まらない。
身体の痛み、肌のお悩み、白髪、老眼…。
アラフィフの女性は色々と大変なんですよ、ルーリさん。




