第16話
その瞬間を見ていられる者などいなかった。
…ただ一人、マヤリィを除いて。
「ランジュ様……!?」
一瞬で音もなく現れた黒い槍。バイオに向かって飛んでいったそれは、今ランジュに突き刺さっている。
「そんな…ランジュ様ぁ……!!」
ランジュがバイオを庇ったのか、それとも端からマヤリィはバイオを殺す気などなかったのか。
「バイオ…ど…の…」
ランジュは血を流しながらバイオに話しかける。すぐ傍まで駆け寄った彼女にしか聞こえない弱々しい声で。
「はい…ランジュ様……」
バイオは耳を澄ましてランジュの声を聞く。微かな声を懸命に聞き取る。……しかし、言葉の途中でランジュは息を引き取った。
「ランジュ様!?」
動かなくなった彼を見て、バイオが叫ぶ。
「ランジュ様…!ああ、ランジュ様ぁ…!死なないで下さい!!目を開けて下さいませ…!!」
バイオが泣き崩れる。
「私が死ぬべきだったのに……」
バイオはランジュの顔を見ながら、泣き続ける。最期に見たのが慣れ親しんだバイオの顔だった為か、安らかな死に顔だった。
「皆、見ていてくれたかしら。これが殺人系統魔術。文字通り、生き物を殺すことに特化した極悪の魔術よ」
マヤリィは微笑む。
「あ、貴女様の目的は一体…」
そう言いかけてミノリは胸が詰まる。なぜ、お優しいマヤリィ様がこんなことをなさるの…?
ミノリの問いにマヤリィは答える。
「私が流転の國に留まり続ける為には、ノルマを達成しなければならないの。皆が私を呼ぶ声が聞こえたから、黄泉の国の責任者に直訴したら、この世で殺戮を行う代わりに流転の國に戻れるよう取り計らってくれたのよ」
黄泉の国に責任者とかいるんだ…。
皆は混乱するが、マヤリィは気にも留めず、自身の美しい長い髪に指を通し、
「この姿は私の愛しいルーリに気に入ってもらおうと思って選んだの。どう?似合っているかしら?私、ルーリの理想の女になれた?」
その場は凍り付いたように静かだったが、マヤリィは笑顔で話し続けた。
「…マヤリィ様、これからどうなさるおつもりなのですか…?」
ルーリはマヤリィの問いには答えられず、逆に質問する。
するとマヤリィは間髪入れずに、
「エルフの里を殲滅しましょう」
「っ…なぜ、エルフの里を…?」
「黄泉の国の責任者は人間以外の種族に対して排他的よ。私も、それに従うだけ」
シェルとリスがいる前で、平然と言い放つ。
皆は言葉を失う。
シェルは己の運命を悟る。
リスはシェルの後ろに隠れて震えている。
「…シェル。もし貴方がこれまで通り流転の國に忠誠を誓うというのなら、貴方とリスだけは助けてあげてもいいわ」
マヤリィが言う。とても楽しそうだ。
「あの…ご主人様…」
バイオが言いづらそうに、
「お話の途中、申し訳ございません。ラン…い、いえ、この者の遺体はどうなさるおつもりなのでしょうか…?」
黒い槍に殺されたランジュの傍らで、バイオが跪いている。黒い槍は既にどこかへ消えている。
「そうね、ランジュなら…アンデッドに出来るかもしれないわね」
「っ…!」
「そうしたら、この國の戦力になるわね。もう二度と死ぬことはないし」
「お、お待ち下さい、マヤリィ様」
ルーリが止める。
「この城の者を皆アンデッドにするとおっしゃるのですか…?」
「誰もそんな飛躍した話はしていないわ」
ルーリの焦った顔を見てマヤリィは笑う。
「たとえノルマの為だとしても、私には貴女を殺すことなんて出来ないわ、ルーリ」
マヤリィの甘く優しい声がルーリを包む。
「心配しないで。心から貴女を愛してるわ」
(マヤリィ様…確かにこの御方はマヤリィ様なのに…どうして…)
マヤリィは皆の前だというのに、堂々とルーリに愛を語っている。
そして、早く二人になりたいと思ったのか、
「とりあえず、今日は皆を集めてこうして話をすることが出来てよかったわ。この先の計画に関しては追って命令を下すから、今日はもう自由時間にして頂戴。解散よ」
「はっ!」
皆は戸惑いながら、玉座の間を後にする。
「ねぇ、ルーリ。貴女はどこにも行っちゃダメよ?ずっと私の傍にいて頂戴」
マヤリィが甘えるように言う。
「はっ。畏まりました。私はずっとマヤリィ様のお傍を離れません」
「今日は随分緊張しているみたいじゃない?…ねぇ、これから貴女の部屋に連れてって」
ルーリは断れない。
「…では、転移致します」
二人はルーリの部屋に転移した。
「マヤリィ様、コーヒーはいかがですか?」
「いらないわ。黄泉の国から戻ってきた者は、何も口にしてはいけないらしいのよ」
「そうでございましたか…申し訳ありません」
前に桜色の都でもらった最高級のコーヒー豆の出番はなかった。
「ルーリ、もっと近くに来て」
「はっ」
二人は並んでソファに座る。
「『魅惑』」
マヤリィはささやくようにそう言うと、ルーリに魅惑魔術を使った。
「マヤリィ様……」
魅惑の風にあてられ、ルーリはマヤリィにもたれかかる。
「ふふ、相変わらず美しいわ、ルーリ」
マヤリィはルーリの髪を撫でながら『魅惑』にかかった恋人を抱きしめる。
「早く髪が伸びるといいわね。そういう魔法は存在しないのかしら」
そう言ってマヤリィはルーリにキスをする。
(前と同じ…マヤリィ様の甘いキス……)
ルーリは夢見心地になっている。
「さぁ、こっちに来て。ルーリ」
そう言って、ルーリをベッドにいざなう。
「大好きよ、ルーリ」
そしてもう一度キスをしたかと思うと、
「『能力強奪』」
マヤリィは禁術を発動する。
『能力強奪』とは、文字通り相手が持っている能力を奪う魔術で、かつて桜色の都の予言者であったバイオの『予言』の魔力を消し去ったことがある。魔力の復元方法はかけた本人にしか分からない。
「『流転の閃光』はそのまま使えるようにしておくわ。この先、貴女の専門は雷系統魔術だけよ」
「マ、マヤリィ様……」
ルーリは苦悶の表情を浮かべるが、マヤリィが魔術を終えると、すぐに眠りに落ちる。
『魅惑』の魔力を全て奪われたルーリは、種族まで変わり、悪魔ではなく普通の人間になっていた。
「大丈夫よ。貴女を殺したりなんてしないわ」
マヤリィは恋人を見ながら微笑む。
ルーリは次の日の朝まで眠り続けた。
ランジュを殺し、ルーリから魔力を奪ったマヤリィ。
美しい微笑みを浮かべながら、彼女は罪を重ねてゆく…。




