第15話
「っ…!?」
「なっ…何が起きて…」
皆に念話を送ろうとした刹那、ルーリとネクロは突然『転移』させられた。
「こ、ここは玉座の間の…」
「ああ、扉の前だな」
二人は自分達の置かれた状況について、瞬時に理解する。
「今のは恐らく『強制転移』…」
「だとするなら、それを使える御方は……」
二人は躊躇ったが、ここで立ち尽くしていた所でどうにかなるものでもない。
ゆっくりと、玉座の間の扉を開く。
「あら、早かったわね、二人共」
聞き覚えのある声。甘く優しい声。
「ふふ。もう少し扉の前で困っているかと思ったけれど…。理解が早くて助かるわ」
玉座に座っているのは、漆黒の髪を腰まで垂らし、青いドレスを身に纏った美しい女性だった。整った顔立ち。きめ細やかな色白の肌に吸い込まれそうな黒い瞳。艶めく長い髪。
「私の名はマヤリィ。黄泉の国から来た漆黒の殺戮者とでも名乗っておきましょうか。専門は殺人系統魔術よ」
「…………」
二人は驚いて何も言えない。
「恋人の顔を忘れるなんてひどいわ、ルーリ。私はこうして甦ったのよ?…もっと喜んでくれてもいいと思うのだけれど?」
「マヤリィ様…」
マヤリィは立ち上がってルーリの元へ下りてくると血色のない唇でキスをする。
「ルーリ…大好きよ」
さらさらとした黒い髪がルーリの身体に被さる。まるで、拘束するかのように。
「…ご無沙汰致しております、マヤリィ様」
マヤリィが視線を移したのを見て、ネクロが挨拶する。
「ネクロ、相変わらず冷静に物事を見ているようね。…お陰で、貴女達に早く会えたわ。厄介な星の刻印も完全に消え去ったことだし、皆をここに集めるとしましょうか」
「畏れながら、マヤリィ様…」
ネクロが聞きづらそうに、
「黄泉の国、とは一体…?」
「今まで私がいた所よ。そこで、私は殺戮者になる代わりに、流転の國に帰してもらえた」
マヤリィは微笑む。
そして、指を鳴らす。
「こ、これは…!」
ネクロが悲鳴にも似た声を上げる。
「…………!」
ルーリでさえ恐怖を感じている。
玉座の間の片隅に、天使達の死体が積み上げられていた。
「まずは流転の國の最高権力者ルーリ様を殺そうとした愚かな天界の者共を一人残らず葬り去ったわ。貴女達を守る為、そして私がノルマを達成する為に」
マヤリィは笑う。
「あはは、これでユキとバイオの復讐も出来たわね。天使はアンデッドにはなれないし、天界は完全に滅亡したのよ」
天使達は多種多様なやり方で殺されていた。
「殺人系統魔術にも色々あるの。即死させる場合もあれば、拷問の末に殺すことも出来る」
マヤリィは二人の反応などお構いなしに話し続ける。
「…そういえば、聞いておきたいのだけれど」
「はっ。なんでございましょうか?」
「シャドーレは、流転の國を裏切ったの?」
笑顔で、冷たい声で、マヤリィは聞く。
「と、とんでもございません。我が國と桜色の都がより良い関係を築けるようにと、彼女は都の国王となったのでございます」
「あら、そうだったの。もし貴女達を裏切ったのだったら…。ふふ、考える必要はなかったみたいね」
(ルーリ様の返答しだいではシャドーレ殿を殺そうとしていた…?)
ネクロは血の気が引いていくのを感じた。
「では、皆を集めましょうか。…全員、書庫にいるみたいね」
マヤリィはドレスの裾を翻し、長い髪を背中へ流して、玉座に座り直す。
「マヤリィ様…そのお姿は…」
ルーリがやっとの思いで聞く。
「貴女に気に入ってもらいたくて、私はこの姿で甦ったの。…ねぇ、ルーリ?私は貴女の期待に応えることが出来たかしら」
さらりと長い髪に指を通してみせる。
真っ直ぐで艶々とした美しい黒髪。
「とても、お美しいです…」
「それだけ?」
「わ、私の理想のマヤリィ様でございます」
「そう。それなら良かったわ」
マヤリィは微笑む。
そして、指を鳴らす。
玉座の間へ『強制転移』だ。
皆は一瞬で現れる。
「ルーリ、流転の國の主の役目、ご苦労だったわ。これより後は、私が再び最高権力者となりましょう」
いきなり転移させられ、まだ状況を掴めていない者達を前にして、マヤリィが宣言する。
「貴女は…マヤリィ様…?」
ミノリが息を呑む。
「ミノリ、貴女が私の為に手を尽くしてくれたこと、全て知っているわ。でも、もう心配しなくていいのよ」
その時、悲鳴が上がる。振り返ると、天使達の死体が積み重なっている。
「ユキ、バイオ、貴女達の復讐は果たしたわ。そして、天界は滅亡した。…皆、もう星の刻印に怯えることはないのよ」
「マ、マヤリィ様…この者達はこれからどうなるのですか…?」
天使達は一人残らず息絶えている。
「ふふっ、目障りだし、そろそろ消えてもらいましょうか」
マヤリィはそう言って笑うと、
「『大炎上』」
忽ち火の手が上がり、天使達が焼かれる。
「大丈夫よ、玉座の間は第4会議室よりも強い結界に守られているから、これしきのことで傷付いたりしないわ」
マヤリィの炎系統魔術は骨さえも残さず、全てを灰にしてしまった。
「『抹消』せよ」
そして、玉座の間は何事もなかったかのように綺麗になる。
「さぁ、私の最初の仕事はこれで終わり。ここから先は、貴女達にも力を貸してもらうわ」
皆は一斉にマヤリィの顔を見る。
マヤリィは楽しそうに笑っている。
変貌を遂げたのは、どうやら外見だけではないようだ…。
気高さと美しさは健在だが、人としての心がなくなっている。
「改めて、私の名はマヤリィ。流転の國の最高権力者にして、殺人系統魔術を司る魔術師よ」
「はっ!」
皆は底知れない恐怖を感じながらも、マヤリィの御前に跪き、頭を下げる。
「今度は、普通の人間を殺す所を見ていて欲しいわ。…だから、その為に協力して頂戴」
マヤリィの視線の先にいるのはランジュ。
明らかにマヤリィによって操られているような動きで、二人のメイドが彼を拘束する。
ランジュは抵抗せず、大人しく動きを封じられている。
「ランジュ様…!」
バイオが悲鳴を上げる。
まさか配下を実験台にするなんて。
「マヤリィ様、おやめ下さい…!!」
バイオの言葉にマヤリィは振り向いて、
「…では、彼の代わりに貴女が私の魔術を体感してくれるかしら?」
「っ…!」
「残念ね、せっかく天界を葬ったというのに」
マヤリィは微笑みを絶やさない。
「バイオ、貴女を苦しませるなんてことはしないわ。一撃で殺してあげましょう」
今のマヤリィは耳飾りをつけていない。
武器のようなものも持っていない。
ただ、玉座の上で微笑んでいるだけだ。
「さよなら、バイオ」
その刹那、黒い槍が出現。
前兆もなく、詠唱もなく、突如として現れた漆黒の槍は、バイオめがけて飛んでいった。
どこからともなく現れた黒い槍。
決してそれを避けることは出来ません。




