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流転の國 vol.2 〜闇堕ち編〜  作者: 川口冬至夜


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第11話

愛する貴女様に近付きたいから。

今日、大切な髪を断ち切……れませんっ!!

「ルーリ…本当にいいの?」

皆が休みの日、ジェイとルーリはヘアメイク部屋にいた。ルーリが桜色の都から帰ってきた後の話だ。

伸ばす前提で切り揃えたミニボブはルーリによく似合っている。

しかし、今日はそれを切りたいという。

「どんな髪型にしても『魅惑』は使えるからな…。短く切っても問題ない」

本人はそう言うが、先程からしきりに鏡を見て、自分の髪を触っている。

それを見ると、切りたがっているようには思えない。

「君は本当に髪を切りたいの?」

ジェイが心配そうに訊ねる。

「大切な髪なんだろう?」

「…………」

ルーリは俯く。

玉座の間ではともかく、こうしてジェイと二人になるとルーリは弱気な顔を見せた。

マヤリィのことをよく知っている者同士、安心して話せるのかもしれない。

改まって話をする機会はなかったが、ジェイはずっとルーリのことを心配していた。

最近のルーリはいつも難しい顔をしている。

笑いもせず、軽口を叩くこともなく、真面目な顔で皆の前に立っている。

そして、久々に公務以外で顔を合わせたかと思えば、休日のヘアメイク部屋に来て、マヤリィ様のようなベリーショートにしたいなどと言い出す。

「姫のベリーショートは文字通りかなり短い。耳は丸出しになるし、後ろもかなり上まで刈り上げることになる。横はツーブロックだしね。…君もよく知っているだろう?」

「ああ…。よく知ってる…」

「バリカン、使ったことある?」

「ない…。あれって痛いのか…?」

「痛くはないけど。バッサリ切って後悔しても髪はすぐには伸びないよ」

「…………」

ルーリは黙り込む。

自分でも、どうしたら良いか分からなくなっているみたいだ。

「そういえば、シャドーレは相変わらずベリーショートなの?」

「ああ。王室専属の理髪師に刈り上げてもらっていると言っていた。この前会った時は完全に男の格好だった。国王になる為に女を捨てる宣言をしたとか言っていたな…」

ルーリは寂しそうに言う。

「シャドーレはそういう道を選んだのか。軍服を着たシャドーレは凛々しい青年将校みたいだったし、今はさぞかしカッコいい王様になってるんだろうね。…それに、王室専属の理髪師にカットしてもらうとか、彼女は結構喜んでいるんじゃないかな」

ジェイはシャドーレの「女を捨てる宣言」の話を聞いても、特に驚かないし寂しくも感じない。むしろ、姫と同じ属性を持つシャドーレは現在の状況をわりと気に入っているのではないかとすら思う。女を捨てたと公言すれば、桜色の都でも短髪を続けることは容易だから。

さすが、ジェイはバリカン好き女子のことをよく分かってるね。

「彼女自身が良いと思って納得しているなら、それだけで良いんだよね。周りがどうこう考えることでもないし、口を出すべきでもない」

だんだん独り言のようになってきたが、ジェイの言葉はルーリの心に刺さりまくる。

ジェイはずっと姫を見てきた為か、それとも元々なのか、閉鎖的な考え方や偏った価値観を持っていない。ある意味、その思考回路は少数派に属するのかもしれないが…。

ジェイが凛々しいシャドーレ王の姿を思い浮かべていると、突然ルーリが言う。

「マヤリィ様にお会いしたい…」

目には涙の粒が光っている。

ジェイはその言葉を聞くと、

「第3会議室に行けば顔は見られるけど…君は剃髪した姫の姿は見たくないんだったよね」

「それは………」

ルーリはその先を言うことが出来ない。

ジェイの言う通りだ。ルーリはうなだれる。

「…ところで、マヤリィ様はなぜ、あのような願いをお持ちになっていたんだ?私が髪を切って悲しくなったのは、私が女だからなのかと思っていた。しかし、マヤリィ様とて女性。紛うことなき美しい女性だ。なのに、私には理解出来ない望みをお持ちだった。これは…私の感じ方が変なのか…?」

その問いに対し、ジェイは冷静に答える。

「いや、むしろ君は多数派の人だと思うよ。僕の元いた世界でも、長い髪を切って後悔している女の子は結構いたし。…姫は、あまりに抑圧されすぎて壊れてしまったんだよ。流転の國で僕と再会した後も、調子の悪い夜は、尼僧になりたかったと言って泣いていた。でも、姫だって昔からそうだったわけじゃないかもしれない」

「っ…!」

ルーリは言葉を失う。自分が多数派…?それって、桜色の都の人々と同じ閉鎖的な価値観を持っているということなのか…?

「まぁ、経緯はともかくとして、姫はバリカン好き女子だ。彼女は髪を切るたびに嬉しそうにしていた。短くしすぎて後悔したなんて言葉は聞いたことがないよ。…でも、あの願いはとうとう叶えられなかった。流転の國の主としての考えだったのかは分からないけど、きっとどこかで皆のことを気にしていたんだ。うっかり姫の地雷を踏んじゃったシェルもそうだし、皆が多数派なのかもしれないと姫は思って遠慮していたんだ」

ジェイは言う。

「つまり…マヤリィ様が御髪を落とされたら、皆も私のように傷付くから?」

「言ってしまえば、そういうことだね。結局、流転の國も桜色の都もそういう意味では同じなのかもしれない。流転の國の方が少しばかり自由なだけでね。…髪は女の命って言葉を聞いたことがあるだろう?君は、例の夢を見てそれを実感しちゃったんじゃないのか?…まぁ、姫の髪は誰が見たって美しいから、悲しくなる気持ちも分からないではないけどさ」

優しげな声でジェイは話しているが、ルーリにとっては心を抉られるような話だ。

「忘れられないんだ、マヤリィ様の美しいロングヘアが。話に聞いていたのと、実際に見てしまったのとでは全然違った。それで私は…マヤリィ様を追い詰めてしまった」

「ルーリ、自分を責めちゃダメだよ。姫が悲しむよ。…これは残酷な事実だけど、姫の病気の自死率はかなり高いんだ。衝動的に命を絶ってしまうという例も数多く存在する。姫はあれでも重度の双極性障害だったんだ」

それを聞いてルーリは驚く。

「知らなかった…。双極性障害とは、そんなにも深刻な病だったのか…」

ルーリは自分がいかに無知であったかを思い知らされる。病気の恐ろしさは聞いていたが、マヤリィが自死などするわけがないと思い込んでしまっていた。

「それに、元いた世界とは違ってここには魔力が存在する。しかも、姫の魔力値は皆に比べて段違いに高かった。…彼女は確実に死ねると確信していたんだと思う」

確かに姫は、魔力のある世界でよかった、と言っていた。ルーリは思い出す。

「あの時の光の槍…マヤリィ様は即死だった」

ジェイが駆け付けた時には、既にマヤリィは血の海の中に横たわっていた。その心臓には大きな穴が空いていた。

「光の槍か…。ひどいことを言うようだけど、即死なら痛みも苦しみもほとんど感じなかったはずだから…それがせめてもの救いだね」

ジェイはため息をつくと、

「ルーリ。来い」

「えっ…」

「いいから来い」

いつになく強引なジェイに戸惑っているうちに、ルーリは『転移』させられていた。

そこは第3会議室。

「っ…私は……」

咄嗟にルーリは目を瞑り、顔を背ける。

そして逃げるように部屋の隅に寄る。

「姫、今日もお美しいですね…」

ジェイはマヤリィを見てそう言う。

透明な棺の中で、マヤリィは眠っている。

「ルーリ、見ろ。姫は…こんなにも美しい」

ジェイはルーリを逃がさなかった。

強引にジェイに棺の前まで連れてこられて、ルーリは初めて剃髪したマヤリィを見る。

綺麗に剃られた頭は青々としている。

姫が元は黒髪だったという証拠だ。

「マヤリィ様…!」

髪を全て剃り落としたマヤリィは神々しいほどに美しい。ルーリはその場に崩れ落ちる。

「なぜ…私は貴女様の願いを受け入れることが出来なかったのでしょう…。マヤリィ様。誰よりも気高く美しい御方。貴女様は死してなお、髪を剃られてなお、美しいのですね…」

ルーリは涙を流す。

そして、今度はマヤリィの顔をじっと見つめる。

「私も一緒に死にたかった。…されど、流転の國の主というお役目を全うしなければ、あの世で貴女様に顔向けが出来ません…」

(悪魔種って長生きするイメージだけど、寿命はどのくらいなんだろう…)

ジェイはルーリの言葉を聞いて不思議に思う。

今は詳しく聞けないけれど。

「マヤリィ様。私は自分の役目を果たします」

ルーリは棺の前に跪き、頭を下げる。


再び、ヘアメイク部屋。

「さぁ、ルーリ。バッサリ切っちゃおうか」

ジェイがわざと明るく言う。

「早く座って。君の髪、この大きなバリカンで短く刈り上げてあげるよ」

そう言いながらバリカンを手に取る。

「痛くないから、怖がらなくても大丈夫だよ」

そう言いながらスイッチを入れる。

独特の機械音が迫ってくる。

「当然、覚悟は出来てるよね?マヤリィ様みたいなベリーショートにするんでしょ?短髪のルーリ、早く見てみたいなぁ」

「っ…!」

ルーリは怯む。怖気付く。狼狽える。

「ちょ、ちょっと待ってくれ……」

思わず後ずさるルーリ。

それを見て、ジェイは可愛いなと思う。

「ルーリ、君は普通の女の子なんだね」

「ど、どういう意味だ…?」

「今この器具に拒否反応を示しただろう?」

「いや、だって怖くて…」

そう言ってから、ルーリは口を押さえる。

「い、いや…私に怖いものなんて、ない…!」

目の前の若者相手に強がってみせる。

「じゃ、問題ないね?早く座って」

ジェイがバリカンを持ったままルーリの手を引っ張ると、

「や、やめて…」

ルーリは今にも泣きそうな表情になる。

魅惑の死神が気弱な女の子になっている。

(可愛いな…)

ジェイさん、悪趣味すぎるよ。

ルーリを散々虐めてから、

「そうだよね、こんなに美しい髪を切ってしまうなんて、勿体ないよね」

そう言ってバリカンを引っ込める。

(怖かった……)

ルーリはため息をつく。

「…姫だって、昔はバリカンとは無縁の普通の女の子だったと思う」

急に多数派の話に戻る。

「黒く長いだけの髪じゃなくて、可愛い髪型に変えてみたいって思ったこともあるはずだ。可愛い服を着て、綺麗にメイクして、女の子であることを楽しむ。…それの何がいけなかったのかな…?」

「えっ……?」

どこかで似たような台詞を聞いた。

ルーリは困惑する。

「抑圧され続けた姫の心は壊れて、他には何も望まない、ただ髪を切りたくて堪らない女性になってしまった。そして、ようやく髪を切ることが出来たと思ったら、もっと短く切りたくなった。そして、もっと短く切ったら、今度はバリカンで刈り上げたくなった。そして、バリカンで刈り上げ……ても、坊主にするわけにはいかなくて、ベリーショートの繰り返し。でも、決して満たされることはなかったんだろう。もしも、髪を剃ることで彼女がひとときでも幸せを感じられるのなら、早く丸坊主にしてあげればよかったよ。こんなに簡単なことなのに、どうして僕はしてあげられなかったんだろう…」

ジェイの長い話を聞きながら、ルーリは今際の際のマヤリィの言葉を思い出す。

「マヤリィ様は優しかった…。お心を壊されていてもなお、マヤリィ様は優しかった…」

「逆だ、ルーリ。姫は優しすぎて病気になった。周囲の者が、彼女をもっと大切にしていれば、彼女の些細ともいえるような願いを聞いていれば、優しくて繊細なマヤリィ様は自分を追い詰めることもなく、幸せな人生を送れたんじゃないかな。流転の國で再会する前の彼女のことは、僕もちゃんと知ってるわけじゃないから、これ以上は何も言えないけどね」

「でも…お前は…ずっとマヤリィ様に寄り添い続けてきたんだな……」

ルーリの目から涙があふれる。

「…後悔してるよ。自分の生活の忙しさにかまけていないで、あの家から姫を救い出すべきだった…。今もそう思ってる…」

「それでも…お前は…マヤリィ様の心の支えだったんだな……」

ルーリの涙は止まらない。

ジェイはもう何も言わずに、ルーリをそっと見守っていた。


しばらく後。

「ルーリ。君がこうしてずっと泣いてるとどうにも調子が狂うなぁ。…魅惑、使ってよ」

「なっ…このタイミングでか?」

ルーリは涙に濡れた顔を上げて、呆れたようにジェイを見る。

「君が使わないなら、僕が使うけど?」

ジェイは不敵に笑うと、宝玉を取り出す。

「一度使ってみたかったんだ。姫の魔力が宿った『魅惑』の宝玉だ」

「!!!???」

ルーリは驚愕する。ジェイがそんな切り札を持っていたなんて。

「マヤリィ様の宝玉だと…!?」

今日は狼狽えてばかりのルーリさん。

「さぁ、覚悟はいいかな?」

魅惑の死神とはいえ、マヤリィの『魅惑』には敵わない。宙色の魔力は恐ろしい。

「待て、ジェイ…!」

「たまには、僕が君を抱くのもいいよね?」

宝玉から、魅惑の風があふれる。

「第2会議室へ、転移」

久々のラブホもとい第2会議室。

「さすがは魅惑の死神。僕は貧乳が好みだけど、今だけは寝返るよ」

ルーリはあっさり裸にされ、その美しい身体を余す所なく見られる。

「綺麗な身体だなぁ……」

ジェイはルーリの股を広げ、クリトリスを舐め、ゆっくりとサキュバスの愛液を味わう。

「んっ……」

ルーリはされるがままになっている。

マヤリィの宝玉にはとても敵わない。

ルーリは自身の『魅惑』を発動することも出来ず、普通の女性の姿のまま、ジェイに愛撫されている。かえってそっちの方がエロかったりする。

「うなじも色っぽいな…」

ジェイはそう言ってルーリのうなじを舐めると、身体がぴくりと反応する。一度も攻められたことのないサキュバスの感度は物凄く高い。

豊かな乳房を揉まれ、乳首を舐められ、喘ぐルーリの姿は人間の女性にしか見えない。

ジェイはルーリの膣に何度も指を出し入れしてから、

挿入(いれ)るね」

そう言って自分のペニスをルーリの身体の奥まで挿入る。愛液があふれる。

「ジェイ…お前…」

ルーリが蕩けそうな瞳で言う。

「大人の男になったんだな」

「ちょっと!意味深な言い方やめてよ」

「いや…なかなか気持ちいいからさ」

少しずつ、いつものルーリに戻りつつある。

「もっと私の奥深くまで入ってきてくれ」

ルーリは激しく動きながらジェイに言う。

「私は…お前の子供を産むかもしれないな」

「そ、そこまで想定してないよ…!」

「ここまで来て弱気になるなよ。先に魅惑を発動させたのはお前だぞ?」

そう言って濃厚なキスをする。

「んっ…ルーリ……」

ついに形勢逆転。

ルーリはジェイを押し倒し、男根を咥える。

「あっ……」

気持ちいい。ジェイは喘ぐ。

「…んっ……ルーリぃ…」

主導権は完全にルーリに渡った。

そして、ルーリは『魅惑』を発動…するのではなく、そのままの姿でジェイを優しく弄ぶ。

「もう一度、挿入てくれ」

いつの間にか騎乗位になっている。

金色の髪を軽やかに揺らし、ジェイを見つめるルーリはこの上なく美しい。

「ルーリ…最高だ……!」

「そりゃ、良かったな。…私もだ」

そう言ってルーリは笑う。

(やっと、笑ってくれた…)

ジェイはルーリの笑顔を見て、嬉しくなる。

二人は繋がったまま、何度もキスをする。

激しいセックスに身も心も蕩けている。

「ルーリ…僕は君のことが好きだ」

「それは光栄だが、魅惑が解けてもそう言えるのか?」

「…明日、目が覚めたら証明するよ。僕のキスで起こしてあげる」

「じゃ、さっさと寝るとしよう。キスで起こしてくれると言ったよな?…約束だぞ、ジェイ?」

ルーリは心做しか嬉しそうだ。


その後もジェイとルーリは肌を重ねたまま離れない。

魅惑の風はなかなかやまない。

今日、何度キスを交わしたか分からない。


そして、二人がようやく眠りについた頃には真夜中になっていた。

バリカンを怖がるルーリさん。

ジェイに好きだと言われて喜ぶルーリさん。


今日が最後の夜とも知らずに……。

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