第10話
マヤリィ亡き後、初となる首脳会談。
顔を合わせるのは、麗しき最高権力者ルーリと威厳に満ちた国王陛下シャドーレです。
輝くようなプラチナブロンドの髪を短く刈り上げ、男性の服に身を包んだシャドーレが玉座の間に現れると、その場にいる全員が深く頭を下げる。
「お帰りなさいませ、シャドーレ様。皆、貴方様をお待ち申し上げておりました」
「きっと、帰ってきて下さると信じて待っておりました」
「お目通りかないまして恐悦至極に存じます」
貴族達は我先にとシャドーレに挨拶する。
(王宮も『クロス』と同じね…)
どこに行っても騒がしい男達に囲まれる。
彼女はそう思いつつも、威厳を込めて、
「皆の者、聞きなさい。私の名はシャドーレ。伯爵家の生まれであり、最上位の黒魔術を操る魔術師。…そして、桜色の都の国王となる者。これから私は、桜色の都をより素晴らしい国とする為に、この身の全てを捧げることを誓います。我が国を愛する者達よ、共に美しき都の将来を築いていきましょう!」
「はっ!我々は皆、どこまでもシャドーレ様について参ります!」
「国王陛下の御為、命を賭して働かせて頂く所存にございます!」
皆は次々に跪き、頭を下げた。そして、
「シャドーレ様!万歳!!」
「万歳!!」
「国王陛下!万歳!!」
「万歳!!」
王宮は歓喜の声に包まれる。
新しい国王を前にして、その場にいる者全てが喜んでいる。
彼女を見くびる者はどこにもいない。
(やはり、女を捨てる宣言は有効でしたわね、ツキヨ様…)
シャドーレが都に帰ってくる前に、ツキヨが「女を捨てて国に生涯を捧げると誓った伯爵家の血を引く最上位黒魔術師シャドーレ様」を国王に任命したと皆に触れ回ったのである。
そして今、皆はシャドーレを祝福している。それを見て、彼女は自身が桜色の都の国王として正式に認められたという実感を得る。
(…まぁ、この姿を見て後ろ指さす人なんていないかもしれないわね…)
今朝、身支度を整え、己の姿を鏡で確認したシャドーレは思わず笑った。
(ふふっ、これでは男装しているというより、男性そのものですわね)
そのうち、皆はシャドーレの本当の性別を忘れてしまうかもしれない。それでいい。
「シャドーレ王!万歳!!」
歓喜の声はやまない。
因みに、ツキヨは何かあれば駆け付けると言い残して、再びエアネ離宮に引っ込んでしまったらしい。恐らく、ここから先は好きなようにやってくれということだろう。
シャドーレが期待していた通り、王室直属の理髪師の腕は確かだった。
今日も、王宮内にある理髪室まで足を運ぶ。
「明日は流転の國の主様をお迎えすることになっている。失礼のないよう、きちんとした髪でお迎えしたい」
「はっ。畏まりました、国王陛下」
双方の国のトップが変わった今、流転の國と桜色の都がかわした盟約について、改めて確認することになったのである。
王宮の理髪師は、少し伸びたシャドーレの髪をバリカンで綺麗に刈り上げ、整える。
初めて来た時には、
「さらに短くなさるとおっしゃるのですか…?」
仕上がりを見てもっと短くしてくれとの国王の言葉に理髪師は少し戸惑っていたが、
「私は清潔感のある髪型が好きだ。後で短すぎるなどと怒りはせぬゆえ、すっきりと刈り上げてしまってくれ」
「はっ。承知仕りました」
思い通りに髪を刈ってくれる理髪師を見て、シャドーレは晴れ晴れとした顔になる。
「陛下、いかがでございましょうか?」
「うむ、なかなか良い出来だ。気に入ったぞ」
それ以来、理髪師はシャドーレの思い通りに髪を短く刈り上げてくれる。
そして、今日も…。
「うむ、良い出来だ。ご苦労であった」
「はっ。有り難きお言葉にございます、陛下」
洗髪の後、理髪室を出たシャドーレは、我慢出来ずに刈り上げたばかりの頭を触る。
その心の中はバリカン好き女子のままだ。
(ああ、さっぱりしたわ。ふふふっ♪)
綺麗に刈り上げられた短髪に満足して、シャドーレは明日に備えるのだった。
次の日、定刻通りに王宮の前に魔法陣が出現。
現在、流転の國の主を務めているルーリが姿を見せる。
「お待ち申し上げておりました、流転の國の主様。…さぁ、どうぞこちらへ。ご案内させて頂きます」
久々にルーリとシャドーレが対面する。
金髪のショートボブに「正装」…ではなく桜色のドレスを身に纏ったルーリは真面目な顔で、
「国王陛下。此度は会談の場を設けて下さり、ありがとうございます。私は現在、流転の國の主を務めております、ルーリと申します」
そう言ってお辞儀をする。シャドーレの知っているルーリとは全然違う。
「ルーリ様。遠路遥々お越し下さり、感謝申し上げます。流転の國の皆様はご息災でいらっしゃいますか?」
そう言って笑顔を作る。ルーリの知っているシャドーレとは全然違う。
「はい。お陰様で、皆それぞれに役目を果たしております」
「それは何よりでございます」
そこまで話すと、シャドーレは配下に対し、
「お前達は下がっていてくれ。本日は機密事項についても話し合う。…部屋の外で待機だ」
「はっ!畏まりました、国王陛下。何かございましたら、すぐにお呼び下さいませ」
配下達は素早く退出する。
「…やれやれ、随分と皆から慕われているみたいだな、シャドーレ王よ」
二人の他には誰もいなくなったのを確認して、ルーリが小声で言う。
「私も驚いているわ。流転の國で鍛えられた魔術のお陰で、私に歯向かう者は誰もいないの」
「血筋もあるだろう。貴族出身であることが今頃になって功を奏したな。それに…女を捨てたんだって?」
「ふふ、どこからどう見ても男でしょう?」
喋り方は貴族の令嬢だった頃のままだが。
二人は声を潜めて会話を続ける。
「流転の國は今どうなっているの?ミノリは元気にしている?」
「しばらくは意気消沈していたが、最近はまた書物の解析に没頭しているらしい。…まぁ、いまだに私は仕事以外では声をかけられないが」
ルーリはため息をつく。
やはりミノリとはうまくいっていないのか…シャドーレは心を痛める。
「ルーリ、今も第3会議室には…」
「ああ。マヤリィ様のご遺体は今も変わりなく第3会議室に安置されている。…しかし、甦らせる方法は見つかっていない」
ルーリは暗い声になる。今でもマヤリィが死ぬ場面を頻繁に思い出してしまうという。
「私も人のことは言えないけれど、自分を責めてはいけないわ、ルーリ。これはマヤリィ様のご遺言でもあるでしょう?」
「確かにマヤリィ様はおっしゃった。決して自分を責めないようにと…」
だが、ルーリは忘れられない。宙色の耳飾りが輝く寸前、彼女は涙を流すこともなく、ただ無表情だった。自死を決めた者は、表情さえ失くしてしまうのだろうか。
「…ルーリ、今日貴女がここに来たのは、マヤリィ様の話をする為じゃないわ」
どんどんルーリの気持ちが沈んでいくのを感じて、シャドーレが言う。
「我が桜色の都と、流転の國の盟約について、今一度確認したいことがございます。ルーリ様、こちらの書類をご覧下さい」
シャドーレに導かれる形で会談は進み、盟約に関しても、マヤリィとツキヨのお陰で直さなければならない箇所はどこにもなかった。
そして、シャドーレの合図で側近が部屋に入ってくる。
「失礼致します。そろそろご休憩を…と思っておりましたが、いかが致しましょうか?」
「…いえ、その必要はございません。お気持ちだけ有り難く頂戴致します」
ルーリは丁重に断るが、流転の國の主を前にして何のもてなしも出来ないのは心苦しい。
「遠路遥々お越し下さったというのに…」
側近は困った顔をするが、
「…ルーリ様はとてもお忙しいのだ。無理にお引き留めしては申し訳ないだろう」
シャドーレが強い口調で言う。
ルーリがとても疲れているのを知っている。
「大変失礼致しました。…では、お帰りになられる前にお渡ししたい物がございますので、少々お待ち頂けませんか」
「分かった。早急に用意しろ」
「はっ!すぐに持って参ります!」
今のシャドーレは、桜色の都に君臨する威厳ある国王陛下。ルーリの知らない彼女が今目の前に立っている。
「シャドーレ様」
ルーリが他人行儀に呼ぶ。
「貴女様が流転の國に来て下さることは…不可能でしょうか?」
「申し訳ないですが、今もこの国には『転移』を自在に使える者はおりません。…されど、いずれは貴女様の國に行ける日が来ると思っています」
配下達の手前、威厳を保ったままシャドーレが答える。
「そうですか…。では、その日を心待ちにしておりますわ、シャドーレ様」
ルーリは女神のような笑みを見せ、優美な雰囲気を醸し出す。シャドーレの男らしさ(?)を強調する為に。
その場にいた配下達はルーリの美しさに見とれる。
「大変お待たせして申し訳ございません」
そう言って側近が持ってきたのは、桜色の都で最高級と言われるコーヒー豆だった。
「流転の國の主様はコーヒーがお好きであると伺いましたので。…ぜひ、ご賞味下さいませ」
「有り難く頂きましょう」
そう言ってルーリは受け取る。コーヒーが好きなのは私ではなく…。いや、あの御方がお休みになられている第3会議室に持っていくとしよう。
「せわしない会談になってしまい、申し訳ないことでございました。…またお招き頂ければ幸いです。シャドーレ様、本日は誠にありがとうございました」
ルーリが美しい所作でお辞儀をする。
「こちらこそ。流転の國の主様にお会い出来ましたこと、大変嬉しく思います」
かつて流転の國で、共に過ごした二人。
今はこんなにも遠く離れてしまった。
「…では、失礼致します。ごきげんよう」
ルーリは優雅な立ち居振る舞いを崩さずに部屋を退出すると、魔法陣を展開。即座に流転の國に帰還する。
ていうか貴女、本当にルーリさんだよね?
桜色の都では、
「陛下、流転の國との会談が滞りなく終わりまして何よりにございます」
シャドーレの側近が安堵したように言う。
「ああ。これからも我が国は流転の國と良い関係を築いていけるだろう」
シャドーレは満足そうに頷く。
「流転の國の新しい主様はどんな御方なのかと思っておりましたが…とてもお美しい女性でございましたね。流転の國では、代々女性がトップに立たれるのでしょうか?」
目の前の国王陛下も美しい女性だけどね。
「さぁ?それに関しては聞いていない。我が国とは違い、実力のある者を重用する國であることは確かだがな」
「…では、ルーリ様も強い魔力をお持ちでいらっしゃるのでしょうね」
「ああ。流転の國の頂点に立つ御方だ。恐らく、私以上に強い魔力をお持ちなのだろう」
シャドーレはそう答えると、仕事に戻ろうとした。
「陛下、少し休憩なさってはいかがですか…?」
側近は休みなしで働くシャドーレの身を案じて言う。事実、彼女は執務室に入って仕事に取りかかると、誰かが気付いて声をかけるまで出てこないほど集中する。
「私は大丈夫だ。今日中に終わらせたい仕事もあるのでな。…代わりにお前が休憩を取れ。そして三十分後に戻ってこい」
「はっ。有り難きお言葉、身に沁みましてございます、陛下」
「分かったら、早く行け」
「はっ!」
結局の所、国王の言葉には逆らえない。自分の代わりに休憩を取れなどという命令であったとしても、異議を唱えることはしない。
厳しい口調ではあるが陛下は優しい御方だ。そう思い、側近は素直に休憩室に向かった。
(本当はもう少しルーリと前のように話したかったのだけれど…)
シャドーレは一抹の寂しさを感じるが、
(…いえ、今の私は桜色の都の国王。この国の為に、自分の職務を全うするだけですわ…!)
感傷的になったのも束の間、シャドーレは自身を奮い立たせ、仕事に戻るのだった。
今日のルーリ様は桜色のロングドレス。
正装をしないのは「サキュバスにスーツを着せておくわけにはいかない」と前にマヤリィに言われたから…なのかもしれません。
よそゆき顔のルーリはまさしく女神。




