第8話
ルーリは流転の國の最高権力者に。
そして、シャドーレは桜色の都の……
マヤリィが死んだ翌々日。午後三時。玉座の間。
生前のマヤリィの遺言通り、ルーリが流転の國の最高権力者として皆の前に立つ。以前、最高権力者代理を務めたということもあり、ルーリが新しい主になることに異論を唱える者は誰もいなかった。何より、マヤリィ直々の命令だ。
あの後、マヤリィの身体は棺に入れられ、第3会議室に運ばれた。
もしかしたら甦らせる方法が見つかるかもしれない。皆はマヤリィの時間を止める為の『凍結』魔術を提案したジェイと、それを発動したミノリに感謝している。
そのミノリだが、今日はメイド服ではなくパンツスーツに身を包み、長かった髪をベリーショートにしていた。前髪は生え際ぎりぎりまで切り詰められ、後頭部は短く刈り上げられ、ロングヘアの面影はどこにもない。皆はその姿を見て驚愕したが、誰も何も言わなかった。
(ミノリ、マジかよ…。まさかお前がベリショにするなんて)
一番驚いているのはルーリだが、平静を装って、とりあえず挨拶から始める。
「改めて挨拶させてもらおう。一昨日お亡くなりになったマヤリィ様の最期のご命令に従い、今日からは私ルーリが流転の國の最高権力者を務める。マヤリィ様の遺言と思って、これから私についてきてくれ」
「はっ!」
今日のルーリは装飾のない黒いロングドレスを身に纏い、黒いパンプスを履いている。
ブロンドのショートボブは先日ジェイに切ってもらった時のまま。ウェーブをかけることもなくストレートのままにしている。
「皆、考えていることは同じだろう。マヤリィ様を甦らせる。その方法をこれから探っていきたいと思っている」
ルーリが皆の気持ちを代表して言う。
そこへ、
「失礼致します。シャドーレ、只今帰還致しました」
今朝から流転の國の主が亡くなったことを『桜色の都』に伝えに行っていたシャドーレがようやく帰還した。
「遅かったな。…何かあったのか?」
ルーリが訊ねると、シャドーレは悲痛な面持ちで、桜色の都の国王の崩御を伝える。
ツキヨの跡を継いで即位したヒカル王はまだ17歳だった。
「ヒカル様が亡くなられたのも一昨日であると伺いました。お世継ぎがいらっしゃらない為、エアネ離宮でお過ごしになられていたツキヨ様が重祚されたとのことにございます。貴族達の間で跡目争いが起きれば都は混乱に陥りますゆえ、ツキヨ様がご息災であられたのは不幸中の幸いだと言えるでしょう」
「…では、ツキヨ様にもお会いしたのか?」
「はっ」
シャドーレは説明を始める。
王宮は慌ただしい最中であったが、流転の國からの使者であり、しかもそれが精鋭黒魔術師部隊『クロス』の元副隊長であった為、丁重な挨拶と共に、速やかに国王に取り次いでもらうことが出来た。
「ツキヨ様、ご無沙汰致しております」
「シャドーレ…!よく来てくれた…!」
ツキヨの記憶にある彼女の姿とはかけ離れていたが、すぐにシャドーレだと気付く。
「随分と短く髪を切ったのだね…凛々しく美しい君に、よく似合ってる…」
ツキヨはそう言って微笑み、涙ぐむ。
「都の為に全てを尽くして働いてくれた君をないがしろにした私を怒ってはいないか?」
「滅相もございません。こうして貴方様に再びお会い出来ましたこと、大変嬉しく思います」
シャドーレは頭を下げる。そして、
「本日はご報告があって参上致しました。…流転の國の主様が一昨日の午後、亡くなられました」
出来る限り悲しみを表に出さないようにしてシャドーレが報告する。
「っ…マヤリィ様が…亡くなられた…!?」
ツキヨは動揺する。
「まさか…そんな…!あの御方が…」
気高く美しい宙色の大魔術師マヤリィ様。
ツキヨはその姿を思い出して、涙を流す。
「現在、流転の國の最高権力者はルーリと申す最年長の魔術師が務めております。…近々、ヒカル様と会談を、と思っておりましたが、そういうわけにはいかないようですね…」
シャドーレが悲しそうに言う。
「ああ。…ヒカルはまだ17歳だった。当然世継ぎはいない。そこで、私が重祚することになった。だから…新しい流転の國の主様にお会いするのは私になるだろう」
「はっ。その旨、ルーリ様へ報告致します」
シャドーレは跪き、頭を下げる。
ツキヨはその言葉に頷いたかと思うと、
「…シャドーレ、君が桜色の都の王になってくれないか?」
突然そんなことを言い出す。
「私が死んだら、王家の血は途絶える。そうなれば、次期国王になるのは貴族達の中の誰かになる。…しかし、跡目争いは避けたい。私が生きている間に次の国王を決め、出来ればすぐに王位を譲り、私はその者の後ろ盾となりたい」
ツキヨは話し続ける。
「シャドーレ、君は最上位の黒魔術師であると共に、伯爵家の出身だ。高貴な血筋と強い魔力を兼ね備えた者が国王になるというのは、どんなに素晴らしいことだろう…!」
「お待ち下さい、ツキヨ様。…私は実家から追い出された身にございます。しかも私は女。それだけで十分反感を買うでしょう」
シャドーレは、桜色の都がそういう国であることを誰よりもよく知っている。
「今の私は国王だ。その私が認めるのだから、誰にも反対はさせない」
いつになく威厳に満ちているツキヨ。
「当然、君にも拒否権はないと思ってくれ」
「ツキヨ様…!」
シャドーレは困惑した。桜色の都に戻ることになるかもしれないなんて。
「離れている間に、君の魔力はさらに強くなったように感じられる。…時間を取らせてしまうが、今から私と共に『クロス』の訓練所まで行かないか?」
ツキヨはシャドーレを頼もしげに見つめ、
(まずは『クロス』の面々に今の君の実力を思い知らせるとしよう)
困っているシャドーレを強引に連れていく。
国王直属の黒魔術師部隊に彼女の実力を見せつければ、貴族達を納得させることも容易に出来るのではないかとツキヨは考えたのである。
「さぁ、行っておいで」
ツキヨはシャドーレの背中を押す。
「っ…ツキヨ様…!!」
戸惑いながら、シャドーレは訓練所に足を踏み入れる。
「…あっ!貴女は…シャドーレ副隊長!」
「いえ、今は流転の國のシャドーレ様でございますね!」
『クロス』の訓練所に現れたシャドーレに気付いて、すぐに隊員達が駆け寄ってくる。
「ご無沙汰しております!」
「流転の國ではいかがお過ごしですか?」
「いつも男装なさっているのですか?」
「一つ、手合わせ願えませんか?」
プラチナブロンドの髪を短く刈り上げ、軍服を着たシャドーレの姿を見て、誰かが「男装」と言った。皆、シャドーレが突然髪を切ったことは覚えているが、まさかずっと短髪であるとは思わなかったのだろう。
(もしかしたら…この姿の私なら…誰の反感を買うこともなく、国王になれる?)
シャドーレは考える。
(女を捨てて国に全てを捧げたとなれば、皆が納得してくれる…?)
急にシャドーレの頭の中で、ツキヨの提案が現実味を帯びてくる。
(私が国王になれば、この国を少しずつ変えてゆくことが出来るかもしれない…!)
シャドーレは閉鎖的なこの国が好きではなかった。
しかし、自分の手でそれを変えられるならば国王になるのも悪くないかもしれない。
シャドーレは考えを巡らせつつ、隊員達に呼びかける。
「流転の國で鍛えた黒魔術の力を見せて差し上げましょう…!さぁ、かかってきなさい!」
「はっ!」
隊員達は威勢よくシャドーレに挑むが、一人残らず簡単に打ちのめされる。
…いや、一人残ってた。
「ダーク隊長…!」
「誰だ、お前は?」
シャドーレからの別れの手紙を読んだ後、激昂して魔力爆発を起こしたダークは、彼女に関する記憶を全て失っていた。
「隊長、この方がシャドーレ様です!」
「…シャドーレ様。実は…隊長は貴女にフラれたショックで魔力爆発を起こしちゃって記憶喪失になってまして…」
「フラれた…って、私は流転の國に引き抜かれた為に貴方と別れることになって…」
シャドーレはダークの目を見る。
しかし、ダークは何も思い出せない。
「察するに、流転の國からの挑戦者ということか?…ならば、手加減は無用だな?」
目の前の女性があんなにも恋焦がれたシャドーレだということも分からず、ダークは宣戦布告する。
「かかってきやがれ!」
(ダーク様…本当に私のことを忘れて…)
シャドーレが躊躇っていると、ダークの黒い鎌が飛んでくる。簡単に避ける。
これって物理戦だっけ…?
「仕方ありませんわ…。ダーク様、覚悟なさって下さい…!」
シャドーレは魔法陣を展開すると、ネクロ直伝の最上位魔術を発動する。
誰も何が起きたのか分からなかった。気付けば、ダークは気を失っている。
隊員達は騒ぎ始める。
「シャドーレ様、今の魔術は一体…?」
「魔法陣しか見えませんでした…!」
「隊長を一撃で戦闘不能にするなんて…やはりシャドーレ様の実力は『クロス』一番です!」
(やりすぎましたわ…)
彼女は内心反省する。
隊員達は相変わらず騒がしい。
「男装の麗人とは、シャドーレ様のような御方のことを言うのですね!」
「本当にお美しい魔法陣でした!」
「桜色の都に帰ってきてくれませんか?」
(私は…どうしたらいいのかしら…)
シャドーレが困っていると、
「皆の者、少し落ち着きなさい」
訓練所の外で待機していたツキヨが現れる。
皆、ツキヨが重祚したことを知っている為、
「国王陛下!」
隊員達は即座に跪き頭を下げる。
「今の実戦訓練、見ていたよ。美しい魔法陣もね。…此度、私はやむを得ず重祚する形となったが、実は近々シャドーレを国王に任命したいと考えている。君達はどう思う?」
(ツキヨ様…!?)
シャドーレは動揺する。
予想以上にツキヨの根回しは早い。
(これが狙いでしたのね…!)
「陛下、シャドーレ様ほどの実力者ならば、どなたも異論はないものと存じます」
「それに、貴族出身であられますし…」
「高貴な血筋と我が国一番の実力。この御方が即位なされば、国民も安心することでしょう」
シャドーレの意思とは関係なく、話が進んでいく。
「…そうか。精鋭部隊の君達がそう言ってくれるなら安心だ」
ツキヨは嬉しそうに頷く。
「では、ツキヨ様はその後ろ盾ということになられるのですか?」
「その通りだ。これで、我が国も安泰だよ」
それを聞いて、隊員達は再び騒ぎ始める。
「俺達の副隊長様が国王陛下になるんだ!」
「シャドーレ様は『クロス』の誇りだ!」
(相変わらず騒がしいですわね…)
ツキヨとシャドーレは挨拶もそこそこに訓練所を出る。
「ツキヨ様…私は…」
「強引な手段を用いたことを謝るよ。私はどうしても君に戻ってきて欲しくて…」
ツキヨはそう言って頭を下げる。
「シャドーレ、頼みます。どうか、私の跡を継いで国王になって下さい…!そして、この不自由で不平等な桜色の都を、君の手で変えて下さい…!どうか、お願いします…!」
「頭を上げて下さいませ、ツキヨ様」
シャドーレは困った顔をしながらも、元は部下だった隊員達の顔を見て、心が揺れていた。
「…そこまでおっしゃられてはお断り出来ませんわ。されど…先程も申し上げた通り、私は女にございます。女が国王の座に就くなど、この国においては前代未聞のことにございます」
「それは…そうなのだが…」
一番の懸念事項を前に少し弱気になるツキヨに対し、シャドーレは明るく言う。
「…ですので私、女を捨てようと思いますの」
「女を…捨てる……?」
「はい。これから先、男性として生きて参ります。二度と女の格好など致しません」
「では…もうドレスは着ないのか?髪は伸ばさないのか?それに、結婚は…」
ツキヨは思いがけないシャドーレの言葉に戸惑っている。
「ええ。結婚もしませんしドレスも着ません。髪も伸ばしませんわ。今だって、男性のように刈り上げておりますもの。これでも、私としては結構気に入っておりますのよ?」
シャドーレはそう言って微笑む。
「私は男性として即位し、桜色の都に生涯を捧げる覚悟にございます。…これで、よろしいでしょうか」
ツキヨは動揺する。
予想以上にシャドーレの決断は早い。
「シャドーレ、君は…女の幸せを全て手放すというのか…私のせいで…」
ツキヨは肩を落とす。彼女がそこまで考えるとは思わなかった。
「ツキヨ様。女の幸せとは、何でしょうか?」
シャドーレはツキヨに向かって、けれど遠い目をして、そう訊ねる。
「私は昔から魔力だけが取り柄の女でした。貴族の娘であったにもかかわらず、長い髪もドレスも苦手でした」
彼女は話し続ける。
「私はもう35です。伯爵家から追い出され、婚期を過ぎた女が嫁に行く先はありません。我が子を抱いてみたいという気持ちはありましたが、それも今日限り忘れてしまいたいと思います。…ツキヨ様、こんな私ですもの。女を捨てると決めてしまった方が、かえって楽ですわ。必要とあらば、この身体だって変えてしまいましょう。私は…桜色の都の国王になるのですから…」
「シャドーレ…!」
彼女の言葉を聞いて、ツキヨが涙を流す。
今さらながら、強引に話を進めたことを後悔している。
「君は…本当にそれでいいのか…?」
「はい。桜色の都に、私の全てを捧げます」
シャドーレは言い切る。
(女の幸せなど…最初から私の手の届かない所にありましたわ…)
自分とは違う、貴族の娘達を思い出す。
(私は…あの人達のようには生きられない…)
少し感傷的になるシャドーレだったが、
(女を捨てる宣言をしたら、桜色の都でも堂々と髪を刈り上げることが出来るのね…!)
思わぬ副産物に切ない気分が吹き飛ぶ。おいおい。ちょっと待て。
(この国一番の理髪師に髪を刈り上げさせることも出来ますわね、うふふっ♪)
まだ泣いているツキヨをよそに、シャドーレの発想は飛躍する。
恐るべしバリカン好き女子。
シャドーレはひとしきり想像の世界に浸るとツキヨの方に向き直る。
シャドーレさん、一体何を考えてたの?
「ツキヨ様。貴方様の跡を継ぐことはお約束致しますが、私にはまだ流転の國にて命じられた仕事が残っております。どうか、猶予を下さいませ」
「承知した。…ありがとう、シャドーレ」
ツキヨはそう言って深く頭を下げた。
そんなこんなで帰還が遅くなってしまった。
「それで…桜色の都へ帰るのか?」
「はっ。ツキヨ様直々のお願いとあらばお断りすることも出来ず…。申し訳ございません」
国王が逝去したとの報告は悲しいことだが、シャドーレが桜色の都に帰るということの方が遥かに悲しい。
「どうか、お許し下さいませ。私が即位した暁には、桜色の都を必ずや自由の国に変えてみせましょう。流転の國との盟約も守ることが出来ますわ」
流転の國と桜色の都は友好国だが、どちらかの主が変わっただけで崩れてしまいそうな脆い一面を持っている。事実、ヒカル王は流転の國に対してあまり友好的ではなかったと聞く。
「確かに、シャドーレが王になれば…桜色の都も流転の國も安泰だとは思うが…」
ルーリは複雑な気持ちになる。
「…その件、もう少し詳しく聞かせてくれ」
そう言ってルーリは皆を下がらせ、シャドーレから詳しく話を聞くのだった。
桜色の都の人々の再登場。
ツキヨはいつになく強引だし、ダークは記憶喪失になってるし、隊員達は騒がしい。
でも、シャドーレは桜色の都と流転の國の為に、覚悟を決めるのでした…。




