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流転の國 vol.2 〜闇堕ち編〜  作者: 川口冬至夜


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番外編 ミノリ

憧れの貴女様に近付きたいから。

今日、(ミノリ)は大切な髪を断ち切ります。

「ミノリ様…本当によろしいのですか?」

マヤリィが死んだ翌日。ヘアメイク部屋を訪れたミノリは、髪を短く切って欲しいとシェルに頼み込んだ。

ミノリの髪は腰まであるが、毛先まで艶々として全く傷んでいない。その美しい黒髪に誘惑されるのはシャドーレだけではないだろう。

「自慢の御髪なのでは…?」

シェルは切るのを躊躇する。

「確かに、ミノリはこの髪を大切にしてきたわ。…でも、今はご主人様に近付きたい。ミノリの永遠の憧れの女性に…」

そういえば、顕現直後にマヤリィのベリーショートを目にしたミノリはご主人様と同じにしたいと大騒ぎしていた。…結局、その後も髪を切ることはなかったけれど。

「お願い、シェル。ミノリの髪を切って下さい」

縋るような目でシェルを見ると、ミノリは深く頭を下げた。

「ミ、ミノリ様…!頭をお上げ下さいませ…!貴女様のお気持ちはよく分かりましたから…!」

マヤリィの側近であるミノリに頭を下げられ、シェルは動揺した。

リスと違ってほとんど魔力を持たないシェルは、この城の中ではメイドや使用人と同列に扱われる身分である。…マヤリィはあまり気にしていなかったようだが。

「……ベリーショートにして頂戴、シェル」

ミノリはマヤリィの声を真似て、命令を下す。

「はっ。畏まりました」

シェルは跪いて頭を下げた。


しばらく後、ミノリは刈り上げベリーショートへと変貌を遂げた。

前髪は生え際ぎりぎりまで短くした。ミノリは髪の量が多く、ずっと前髪も重めにしていたので、そこだけ見ても別人のようだった。

横と後ろは耳上のラインで切り揃えられ、後頭部は地肌が見えるくらいに短く刈り上げられている。

腰まであった髪が一気に短くなったものだから、ミノリは頭の軽さに驚いた。

「なんだか涼しいわ。スースーする…」

そう言いながら後ろへ手をやると、じょりじょりとした手触り。

「きゃっ…」

思わず声を上げてしまう。

シャドーレの髪と同じ手触りだ。

恐らく、マヤリィの髪も同じ手触りだっただろう。触ったことないけど。

「これが…ミノリなのね…」

案外、悪くなかった。

ご主人様のベリーショートとは少し違うけれど。

「ご主人様…見ていらっしゃいますか?ミノリは…今日初めてバリカンで髪を刈りました。実はずっと貴女様の髪型に近付きたかったのです…。ミノリは…きっともう髪を伸ばさないと思います。決して髪を伸ばさなかった貴女様と同じように……」

美しいロングヘアを断ち切り、別人のようになったミノリはしばらく独り言を呟いていたが、少し落ち着いたらしい。

「この髪にメイド服は似合わないわね」

愛するご主人様を失くした側近は、自分の服装を見て、自分の髪型を見て、それからようやくシェルに微笑みかける。

「…ありがとう、シェル。短い髪も…なかなか良いものね。これから、ご主人様に報告しに行くわ」

そう言って立ち上がるミノリ。

「ミノリ様、切った御髪はどうなさいますか?」

シェルは気を利かせて、長い髪を綺麗に纏めてから切り落とし、そのまま保管出来るような状態にしておいた。美しい髪束が台の上に積み重なっている。

しかしミノリは振り向きもせず、

「いらないわ。ごめんね、シェル」

そう言って、ヘアメイク部屋を出ていった。


「ご主人様、ミノリにございます」

第3会議室にはマヤリィの遺体が安置されている。

「髪を切って参りました。ご主人様に近付きたくて…こんなに短く……」

ミノリの目から涙があふれる。

亡くなったご主人様を目の前にして悲しくなったのか、それとも自慢の髪を切ってしまったのが悲しいのか、ミノリには分からない。

「…ご主人様の御髪とは全然似てないですね。元が同じ黒髪だったというだけで、全然似てないですね。…それでも、ミノリは後悔してません。だって、ご主人様がお好きだったというバリカンをこの身で体感することが出来たのですから…」

ミノリは主の棺に寄り添い、話し続ける。

「髪をベリーショートにするってこういうことなのですね…。ミノリの長い髪…なくなってしまいました。顕現してまもない頃、ご主人様が褒めて下さった黒髪…こんなに短くしてしまいました…」

そう言って俯くが、顔を覆う髪はどこにもない。

「この髪にはメイド服もワンピースも似合いそうにありません。…ご主人様、この先ミノリは『正装』で過ごします。今から衣装部屋に行って参ります」

ミノリは立ち上がる。頭が軽すぎてくらくらする。いつになったら慣れるだろうか。

「それでは失礼致します、ご主人様」

ミノリはお辞儀をして部屋を出ようとするが、堪らなくなってマヤリィの元へ戻る。

「ご主人様、ご主人様、ミノリの大切なご主人様ぁぁ〜〜〜!!!」

先程までの静かな話し方から一転、ミノリは泣き叫ぶ。

「こんな氷なんて、永久凍結魔術なんて、ご主人様の魔力で溶かしてしまって下さいませ!!ミノリは、ご主人様のお美しいお声が聞きたいです!貴女様のお優しい眼差しを拝見したいです!…ああ、ご主人様ぁ…!!」


ミノリは泣きながら、いつまでも主の傍を離れなかった。


一方、シャドーレは二人で過ごせるようにとマヤリィから与えられた部屋でミノリの帰りを待っていた。

(いくら何でも遅すぎる…。ミノリ…もしかして貴女はマヤリィ様の所へ…?)

今朝、疲れきった顔をして血まみれのままで帰ってきたミノリは、シャワーを浴びて長い髪を乾かして新しいメイド服に着替えたかと思うと、

「ヘアメイク部屋に行ってくるわ」

シャドーレの返事も聞かずに『転移』してしまった。

(そうよね…ミノリはマヤリィ様を愛してるんですもの…)

そう思いつつ、シャドーレはヘアメイク部屋に向かった。第3会議室に行く気にはなれなかった。ミノリの邪魔はしたくなかった。

「シャドーレ様…!いかがなさいましたか?」

彼女は髪を切ったばかりなので、シェルは不思議そうな顔で出迎える。

「ミノリは…さすがにもう帰ったわよね?」

「はっ。ここを出て行かれたのは数時間前のことにございます」

「ミノリは…断髪したのね…」

ヘアメイク部屋には、長い黒髪が幾束も積み重なった台が置いてあった。

「はっ。ミノリ様は、切った御髪をお受け取りになりませんでした…。シャドーレ様、どうしたら良いでしょうか?」

「ミノリがいらないと言うなら、いらないのでしょう…。私が代わりに受け取るわけにもいきませんわ」

シャドーレは寂しそうに微笑む。ミノリは今どんな髪型になっているのだろうか…。

「畏れながら、こちらで保管させて頂いてもよろしいでしょうか?捨ててしまうにはあまりに勿体ない御髪にございます…」

シェルは当たり前のようにそう言ったが、シャドーレはマヤリィのことを思い出し、厳しい表情になる。

「勿体ないかどうかは本人が決めることですわ!ミノリがいらないと言ったのなら貴方は黙ってそれに従うべきです。未練がましく他人の髪を保管するなど言語道断。さっさと捨ててしまいなさい」

つい命令形になってしまった。

「も、申し訳ございません、シャドーレ様…」

マヤリィにも怒られたことのないシェルは慌てて謝罪するが、すぐに捨てることは出来ない。

そんな彼の態度がシャドーレは気に入らない。

(本当に未練がましいですわね…)

シャドーレは黒魔術師部隊の副隊長だった頃、幾度も部下を叱責しつつ、立派な魔術師になるよう育ててきた。その片鱗が現れてしまう。

「貴方にプロフェッショナルの意識はありませんの?…マヤリィ様の配下として、恥ずかしくない行動をとって欲しいものですわ」

文字通り上から見下ろされ、シェルは小さくなる。

「それをお寄越しなさい。貴方が捨てられないと言うのなら私が処分しますわ。……恋人の髪ですもの」

「はっ。申し訳ごさいませんでした、シャドーレ様。どうか、お許し下さいませ」

跪いて頭を下げるシェルに対し、

「…私ではなく、マヤリィ様に謝りなさい」

シャドーレはそう言い残して部屋を出た。


(ミノリ、後悔しないで頂戴…)

誰もいない訓練所に入ったシャドーレは、ミノリの髪を燃やした。

(きっと、今の貴女はマヤリィ様のような短髪になっているのね…)

恋人が捨てた髪を残らず消し去ったシャドーレは、そのまま部屋に戻るのだった。



ミノリはまだ帰っていなかった。

今日のシェル。

ミノリには感謝され、シャドーレには怒られ…。

マヤリィは傷付くことを言われても決して感情を表に出さなかった為、シェルが怒られたのは初めてでした。

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