第6話
言えばよかったこと。
言わなければよかったこと。
誰に何を訊ねても、答えは帰ってこない…。
「ああ、気持ちいいわ…」
マヤリィの短い髪が潮風に吹かれる。彼女は髪をかきあげ、ツーブロックをあらわにしながら、気持ちよさそうに風に当たっている。
(これがロングヘアだったら…もっと美しかっただろうな…)
ルーリはつい夢の中の出来事を思い出す。
(いけない、マヤリィ様を傷付けるようなことは二度と言わないと誓ったのに…)
「ルーリ。あの後、なぜ貴女が私の過去を知っているのか分かったわ。本当に不思議なことだけれど、貴女は私が長い髪を切った時のことを夢で見て、それで知ってしまったのね?」
突然、マヤリィがルーリの心を見透かしたように訊ねる。
「夢?マヤリィ様の過去…?」
シャドーレは不思議そうな顔をする。
ルーリは姿勢を正して、
「はい、その通りにございます。私は図らずもマヤリィ様の過去のお姿を目の当たりにしてしまいました…。腰まである長い髪をした貴女様のお姿を…」
(過去のお姿…。長い髪…。それって…?)
以前マヤリィが話してくれた過去の話。
それをシャドーレは思い出す。
「なぜマヤリィ様の過去の現実を夢で見てしまったのか、私も不思議でなりません」
ルーリの声はだんだん悲しそうになる。
「私は…マヤリィ様の御髪が好きです」
言ってはいけない。触れてはいけない。
それが分かっているのに、ルーリの言葉は止まらなかった。
「私は…貴女様がロングヘアのままであったらよかったと思ってしまいました…」
「っ…!ルーリ!何を言っているの!?」
珍しくシャドーレが声を荒らげる。
そんなことを言ったら、マヤリィ様が…!
「それ以上言わないで!」
シャドーレがルーリを止める。
「ルーリ。私にも、なぜ貴女がそんな夢を見たのかは分からないわ。…でも、貴女の気持ちは分かった」
マヤリィは思う。
ルーリはこれから私が髪を切るたびに悲しい気持ちになるのね。
「マヤリィ様!私は最初から貴女様と同じ世界に生まれたかったです…!」
シャドーレが力を込めて話す。
「過去の世界で、お一人で苦しまれていた貴女様のお心を思うと、悲しくてなりません。…されど、ここは流転の國にございます。今この城には、マヤリィ様の幸せを願う者達が沢山おります。今の貴女様は決してお一人ではございません」
「…そうね、シャドーレ。貴女の言う通りね」
マヤリィは微笑むと、彼女の髪を優しく撫でる。
シャドーレの髪は生まれつきのプラチナブロンド。色素が薄く、瞳の色は青い。いわゆる北欧系の美人である。
「……私ね、本当は尼僧になりたかったの」
唐突に話し始めるマヤリィ。その目はどこか遠くを見ている。
「自分が髪を切ることに固執していると分かってから、そう思うようになったわ。髪を全て剃り落としたら、楽になれるんじゃないかって本気で思ってた。仏門に入る動機としてはあまりよろしくないけれど」
「尼僧……仏門……」
「つまりね、尼僧になるには剃髪する必要があるの。だって…理由が必要でしょう?」
ヘアドネーションといい、マヤリィは髪を切るのには何らかの理由が必要だと思っていた。理由なく許可なく髪を切るのは後ろめたい。抑圧されていた頃の名残は今もマヤリィを縛っている。
「尼僧、ですか……」
シャドーレにとっては初めて聞く言葉だが、剃髪する理由になるらしいことは分かった。
「マヤリィ様が剃髪するとおっしゃるなら、私も後に続きたいですわ…」
シャドーレの言葉に、マヤリィは思わず微笑む。しかし、すぐにその笑みは消える。
(でも、尼僧になることさえ許されないと、私は気付いてしまったの…)
そう思いつつ、うっかり本心を明かしてしまう。
「実は今でも、この髪を全て剃ってしまいたいと思う時があるわ。…でも、それは許されないことよね。いくら流転の國だからって…」
「マヤリィ様、決してそのようなことは…!」
シャドーレが主の悲しい言葉を否定したのとルーリの目から大粒の涙がこぼれ落ちたのは同時だった。
「ルーリ…!?」
(どうしたの?貴女らしくないわ!)
シャドーレは厳しい眼差しで訴えかける。
しかし、美しい瞳からこぼれ落ちる涙は止まらない。頬を伝ってどこまでも流れてゆく。
「申し訳ございません、マヤリィ様。私は貴女様の好きな貴女様でいて下さることが何よりの喜びであるとお誓い申し上げたにもかかわらず、このように取り乱してしまいました。どのようなお姿をされていても、私が貴女様を愛する気持ちは変わりません。…されど、その美しい御髪を全て捨て去ってしまわれるなんて…今の私には耐えられないことにございます」
ルーリは涙ながらに言う。
決してマヤリィに言ってはいけない言葉があふれてしまう。
「ルーリ…もうやめて!!」
マヤリィの代わりに、シャドーレが叫ぶ。
それでも、ルーリの言葉は止まらない。
「マヤリィ様、貴女様のお心を理解出来ない愚かな私はどうしたら良いのでしょう…。こんなにも貴女様を愛しているというのに…」
今は愛しているという言葉が心を抉る。
むしろ嫌いになってくれた方が痛みは少ない。
愛する人の言葉に傷付くのは何よりつらい。
(言うべきじゃなかった……)
マヤリィはそう思いつつ、懸命に明るく振る舞おうとする。
「ルーリ、ごめんなさい。私、貴女を悲しませるようなことはしたくないわ。……そうね、そろそろ髪を伸ばしてみようかしら。時間はかかるけれど、昔のようなロングヘアに……」
「っ…!」
信じられない言葉にシャドーレは絶句する。
(マヤリィ様、なぜそのようなことを…)
ルーリも驚いてマヤリィの顔を見る。
「マヤリィ様…?」
「貴女が望むなら、私は髪を伸ばすわ」
先程のアイデンティティ宣言はどこへ…?
マヤリィはもはや自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
「…………」
暫しの間、沈黙が流れる。
心做しか、潮風が強くなる。
気付けば、マヤリィは無表情になっている。
「…私、どうしてこんな風になってしまったのかしら。ただ、普通の女の子のように可愛い髪型にしたり、おしゃれしたかった。それだけだったはずなのに…」
マヤリィは涙を流すことも出来ない。
無表情のまま、唇だけが動く。
「今なら死ねる」
その時、宙色の耳飾りが輝き始める。
それが輝く時、マヤリィの魔力は急激に高まる。
それが輝く時、マヤリィの魔力は全てを動かす。
「マヤリィ様、お待ち下さい!!」
先にそう叫んだのはシャドーレだった。
「何をなさるおつもりですか!?」
「ごめんね、シャドーレ。貴女に会えてよかったわ。大好きよ」
シャドーレを抱きしめる。そして、
「愛しいルーリ。これから先は貴女がこの國の主として皆を導きなさい。私の最期の命令よ」
マヤリィは静かに、ルーリに言い聞かせる。
「…それと、決して自分を責めないでね」
マヤリィは無表情のまま、優しい声で言う。
「魔力のある世界でよかったわ」
宙色の耳飾りは主の想いに応えるかのように一段と強く輝く。
その刹那、光の槍が出現する。
「『流転の閃光』!!」
ルーリは瞬時に魔術を発動させ、その威力で光の槍を消し飛ばそうとする。
「マヤリィ様!!どうか私の後ろへ!!」
シャドーレはマヤリィの盾になる。
しかし、彼女の強大な魔力に敵うはずもなく、一瞬でルーリの魔力は無効化され、シャドーレの身体は吹き飛ばされ、宙色の耳飾りが生み出した光の槍は真っ直ぐにマヤリィの心臓を貫いた。




