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4,常識と日常

「若様、お目覚めの時間です!」


 宴会の翌日、僕の一日は兵助くんの元気な声で始まった。


 兵助くんは、僕が転生した直後にスキップしていた、あの大声の男の子だ。本名は石川(いしかわ) 兵助(へいすけ) 貞友(さだとも)といって、僕の小姓らしい。


 「貞友」って名前が幼児には言いにくいことと「(いみな)」という戦国時代の習慣で、兵助、とか兵助くんって呼んでいる。どっちで呼ぶかは、僕の気分次第だ。


 諱は実名のことらしく、呼ぶのにしろ書くのにしろ、相手に失礼なのだとか。理由は、実名を知れば呪うことができるかららしい。


 だから、実名の代わりに「通称」とか「官位」とかで呼ぶらしい。へー。とにかく、名字と諱をセットにしなければいいのだとか。……めんどくさい。


 どうやら、これは結構常識なことらしく、あの兵助くんに馬鹿デカい声で


「まあ、少しずつ覚えていきましょう」


と言われて、結構恥ずかしかった。演技としては良いんだろうけど、中身が20代後半の男としては何とも……。


ーーー


 さて、話が脱線してしまったが、朝起きるとまずは現代と同じように、手を洗って顔を洗い、歯磨きをする。


 ただ一つ現代と違う点はというと……。


「寒い!」


 気温も相まってか、水がとっても冷たいのだ。聞くと、今は天正4年の10月なんだとか。天正4年が西暦で何年かは分からないけど、10月だよ、10月。でも、ちょくちょく雪は降り始めているし、まるで氷河期みたいだ。


 ただ、氷河期だろうが何だろうが、手洗い、洗面、歯磨きは、しもやけになってもしなければいけない。戦国時代の医療が未熟なことは、天然痘の時によーく分かった。


 石松丸くんの場合は、神の気まぐれと永田先生によって、僕が転生して元気になったけど、普通は「発病=死」だ。手洗い一つで、僕の人生が決まる。


 そう思いながら、


「つめた!」


今朝も、手を真っ赤にする僕だった。


ーーー


 次は、寝間着から小袖に着替える時間だ。


 寝間着は白装束で、小袖は普通の着物だ。呪いとか気にしているのに、なんで寝間着が白装束なんだろう?とは思うが、とにかく着替える。


 もちろん、中身が現代人の僕が着付けなどできるはずもなく、


「孫六、着替えさせてくれないか?」


ダメ元で頼むも、


「申し訳ございません」


即却下された。


 孫六は、僕の痘痕をじっと見つめていた男の子だ。僕のもう一人の小姓で、僕の乳兄弟でもある。乳兄弟とは、乳母の息子のことらしく、僕と同じ母乳で育ったから、こう呼ばれるのだとか。


 聞くと、孫六のお母さん、つまり僕の乳母さんは、なかなかアグレッシブな人らしく、武士の中でもかなり低い身分の夫がいるのに、身分が高い女性しかなれない乳母に「気力で」なったのだとか。……一体、何をしたんだろう……。


 孫六も僕の直感通りかなり優秀なようで、自分の能力と母親のお陰で、秀吉とーさんの重臣の加藤(かとう) 権兵衛(ごんべえ) 景泰(かげやす)さんの猶子になったらしい。


 これはどうやら、身分を上げて僕の小姓になるために必要なことで、結構名誉なことのようだ。僕のお母さんも、理由は違うけど同じようなことをしたらしい。


 一体、誰なんだろう?戦国時代は現代と同じで、女性の権限は男性と平等だ。「政略結婚の道具」扱いされている様子を、僕は見たことがない!


ーーー


 僕は、孫六くんからアドバイスをもらいながら、やっとのことで着付けを終わらせると、ささっと長髪をポニーテールのようにまとめて、朝餉(あさげ)(朝ご飯)に向かった。


 廊下を歩きながら、僕はほっと一息をついた。


「よかった、今日も月代(さかやき)にされなかった……」


 いつものように、兵助がツッコむ。


「ですからー、元服とか初陣まで、髪は剃られませんってー」


 僕が恐れていること、それはせっかくの大事な髪の毛を台無しにする、月代がされたチョンマゲである。


ーーー


 せっかくの朝餉、家族団欒しよう!と両親にお願いした結果、羽柴家の朝食は賑やかになった。正直、このお願いが通るとは思わなかったから、両親は意外とこどもに甘い夫婦なのかもしれない。


 ……人のこと言えないな。


 そんなことを思いながらも、僕は幼児っぽい口調で挨拶する。ちなみに、兵助くんと孫六くんは小姓なので、僕たちと一緒にご飯は食べれないらしい。小姓は、超ハードなお仕事のようだ。


「ちちうえ、ははうえ、おはようございます」


「おはよう、石松丸〜!」


 前言撤回、両親の方がこどもに甘い。泣いてもいない幼児に、流石の僕でも抱きつかないはずだ。


 ムギュムギュされている僕を救ったのは、妹の不貞腐れた声だった。


「ちちうえ、ははうえ、たけも!」


 か、かわいい!


 僕の妹、竹ちゃんは3歳、かわいい盛りだ。一挙一動が、人の心を掴む天性のかわいさだ!今なんか、首をかしげてパクパクしている姿は、傾国の勢いだ!豊臣秀吉の娘なのに、いや、だからか。


於竹(おたけ)、お前もかわいいぞ〜」


 秀吉とーさんが言うと、なぜか生理的嫌悪感が……。


ーーー


 いつもの朝ご飯を終えると、両親は仕事へ、竹ちゃんは屋敷の奥のどこかへ行く。


 僕はというと、寝室に小さな机を置いて、簡単な読み書きを兵助くんや孫六くんから習う。


 簡単な読み書きは余裕、余裕!とゲコゲコ泣いた僕だが、すぐに大海を知った。


 その漢字……知らん。え、「話す」は現代語でも通じるのに、「書き」は古文、いや漢文……。


 文字は書けるのだが、文が書けないのだ!なんなら漢字は旧字体のため、厳しい!


 久しぶりに、あるか分からないくらいのプライドを折られた。


「某が言わなくても、スラスラっと仮名を書けるのは、10の童でも難しいことですよ」


 孫六くんにそう励まされたのだが、……僕、27歳です。


 それから僕は、暇さえあれば、高校の時の記憶を引っ張り出し、


「しく、しく、し、しき、しけれ、◯。

しから、しかり、◯、しかる、◯、しかれ」


などの、用言や助動詞、助詞の変化を唱えるようになった。


「そこまで嘆くことではないですよ!」


と兵助くんに言われたが、僕は心の中で反論した。


 いや、泣いていない!これは、形容詞の活用で……。


 この努力によって、僕は一ヶ月で古文と漢文の文法をマスターしたのだった。

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