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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人魚に恋した青年のはなし

作者: 須堂さくら

※残酷な描写あり。


人魚は海賊の男に恋をした。海の中には金銀財宝がいくらでも沈んでいたから、人魚はそれら全部を男に与えた。

男はそれらを喜ばなかった。だから全然受け取ってくれなかった。だけど人魚の歌で眠ることだけは受け入れてくれた。

だから人魚は幸せだった。泡となって消えてしまっても、幸せだったのだ。

 ―人魚の恋のはなし

青年の恋人は、人魚の娘でした。

青年は海賊船の船長でした。

嵐の夜に船から投げ出された青年を救った人魚と恋に落ちて、人魚を船に連れて来たのでした。


青年は船長室に大きな水槽を用意して、毎日人魚と語らいました。

人魚と歌い、人魚に子守唄をせがみ、青年は略奪をしなくなりました。

人魚のそばにいるだけで、青年はとても幸せでした。


困ったのは船員たちです。暴れることも出来ない、奪い取った宝で豪遊することもできない、このままではきっと、海賊団は弱体化していくばかりでしょう。


それで船員たちは協力して、青年がいない隙を狙って人魚を王宮に売り払ってしまいました。

人魚の血は万病に効く。そのためその国の王様が、病気の王女様のために人魚を買い求めたのです。

恋人と離された人魚はぽろりぽろりと涙をこぼしながら、眠りの歌を歌いました。歌を聞いた誰も彼も、穏やかな眠りに誘う歌です。

人魚にとって、歌い続けることなど難しいことではありませんでした。人魚はぽろりぽろりと涙をこぼしながら、ただただ歌い続けました。

眠りの歌は、三日三晩続きました。王様が眠り、お妃様が眠り、王子様が眠り、王女様が眠り。お城に勤めるものたちが皆眠りにつきました。


青年が人魚の居場所をようやく突き止めた時には、全てが眠りに落ちていました。

全てが眠りについたお城の中は、まるで海の底に沈んでいるような静けさでした。

否、海の底の方が、音に溢れているかもしれません。ぽこりと泡が立ち上る音すらしないような静けさの中を、青年の駆ける音と呼吸音だけが切り裂いていきました。


人魚は豪華な部屋の中で、からからに乾いてしまっておりました。

青年が人魚を抱き上げると、人魚はうっすら目を開き、嬉しそうに微笑んで、ぽこぽこぽこりと泡を吐き出すと、そのまま死んでしまいました。

青年は何も言わずにただ人魚のなきがらを抱き上げて、自分の船に戻りました。

赤く染まった静かな船内を歩き、船長室に向かいます。

水槽に人魚のなきがらを沈めた青年は、船を沖に出し、船底に穴を開けて、船を沈めました。

ゆっくりと水に沈んでいく船長室の水槽の中で、青年は人魚のなきがらを抱きしめて目を閉じました。

沈んでいく船の中から、青年はゆらゆらと追い出されるように人魚を抱きしめたまま波に揺られて外に出てしまいます。そして人魚も青年の手から離れて海を漂いはじめます。人魚は解放されたいのだろうなと自然に任せ、青年も波に揺られるままに海を漂いました。そうしてそのまま、小さな島に打ち上げられてしまいました。


何度も何度も海に入りましたが、青年はその度に同じ島に打ち上げられました。


仕方なく青年はその小さな島の海沿いにある小さな村で暮らし始めました。

青年が島で暮らし始めてしばらくすると、海岸に突然船が現れました。青年が乗っていた海賊船でした。

信じられない思いで船に向かった青年は、全てが洗い流されて綺麗になった船の中に、いくつもの財宝が載っているのを見つけました。青年は財宝に囲まれて呆然と船の中に座り込みました。船は一日そこにいて、夜の間にまた海に戻っていきました。青年は前のように船から追い出され、島の海岸に流れ着きました。

それから船は時折海岸に現れるようになりました。青年は最初の一度以外、船に乗り込むことはありませんでした。代わりに村人たちに、中のものはどう扱ってもいいと伝えました。

船からもたらされるもので、村は少しずつ潤って行きました。


青年は村でしばらく暮らす間に、美しい歌声を持つ娘と所帯を持ちました。子供が産まれ、大きくなり、孫が産まれました。

青年の船は何度も海岸にやって来ました。青年に子供が生まれたり、子供が結婚したり、孫が生まれたり、そういう時には、まるでお祝いのように必ず財宝の載った船が現れました。青年は決して、船の方には行きませんでした。代わりに村は少しずつ豊かになっていきました。

そうやって青年は少しずつ年を取り、老人となりました。


そうして、

そうして

ある日、いつもは朝に現れる海賊船が、夕日を背にして現れました。

老人はそれを見つけると、海岸に向かって歩いていきました。

老人は辺りが少しずつ暗くなっていく中、ゆっくりゆっくり船に近づいていき、数十年ぶりに船に乗り込みました。


そして朝がやってきました。

海岸からは船が消えていて、それっきり。老人が打ち上げられることも、船が海岸に現れることもありませんでした。


◆◇


◆◇


◆◇


 一人の少年が、山の向こうから朝日が登ってくる時間、海岸沿いを歩いていました。小さな小さな歌声が聞こえてきて、少年はキョロキョロと辺りを見回します。歌は砂浜の方から聞こえてくるようでした。

 引き寄せられるようにそちらに向かうと、少女が一人、砂浜に座り、海に向かって小さな声で歌っていました。

 少年に背を向けて歌っている少女の下半身は海に浸かっていて、魚の形をしているように見えました。

 少年は少女に近づいて、少女が足音に気づいて振り返ります。

「……君は?」

 少女は、嬉しそうにぽこぽこぽこりと泡を吐き、少年に微笑みかけます。そうして少年を見つめながら、また歌い始めました。

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