天翔ドラゴンの閃き的なものなら死んでた(前編)
バトル編開幕
「ふぁぁあ。よく寝た……」
窓からまだ日が差し込む前に意識が覚醒した俺は、むくりと体を起こす。
そういえば、と部屋に備え付けの時計を見てみる。
「まあ、うん。何となく知ってた」
数字が俺の世界と違うため読めん。持ち込んだ腕時計が全く動かない事ため、時間を見ることすらしなくなっていた。
「針の位置は俺の世界と同じ、にも見えないしなぁ」
大体何時とあたりをつけようにも、そもそも刻まれている数らしき物が36くらいあるのだ。
「せめて時間くらいは読めないとこまるし、あとで誰かに聞いてみよう」
そんなことを呟いていると、寝返りを打つ音が聞こえる。ふと隣を見るとスヤスヤと眠る女の子、エファちゃんが居た。
「……ああ。そういや、昨日一緒にねたんだっけ」
すやすやすぴーと幸せそうに眠っており、なんだか小動物に見える。が、蹴飛ばしたかのように足元の布団が派手にはだけている。しかも、俺が退いたからだろうか。うなーと寝言を言いながら、ぽすんと大の字になって寝始めてしまった。
「……なんというか。結構、寝相悪いのな」
可愛らしい顔に似合わず。いや、逆に元気な性格のエファちゃんにぴったりなのか。なかなかダイナミックな寝相をしている。
俺は布団を掛け直してやりつつ、エファちゃんを起こさないように注意しながら部屋を出ることにした。
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「おはようございますキョウヤ様。お早いですな。どうされました?」
俺はトイレを済ませ、昨日の食堂に向かおうとしていたのだが。途中でガウスさんと出会した。おはよう、ということは朝方なのは間違いないようだ。
「いや、昨日色々あってみんな潰れちゃったじゃないですか。だから出来る限りの片付けくらいは」
俺がエファちゃんの悪ノリに乗ったせいもある。せめてそれくらいはやりたいと思った。高そうな皿とかは纏めとくとかそんな感じになっちゃうかもしれないけど、せめて空き瓶を捨てるくらい出来るだろう。
「いやはや、昨日はお見苦しいところをお見せしたものです。しかし、キョウヤ様にそのような事をしていただく訳には……」
あくまで遠慮するらしいガウスさん。でもダメだ。ここで引いたらきっと俺はダメ人間になっていく。そもそも使用人の方によくしてもらってダラダラするのは性に合わないのだ。
「大丈夫ですよ。今の俺、執事服着てるじゃないですか。ガウスさんとおんなじです。それに、一宿一飯の恩ぐらい返させてくださいよ」
そう言いながら先に進む俺。それは流石に屁理屈ではないですか!と焦りながらも、イッシュクイッパン?とついてくるガウスさん。この人は煙に撒いてしまうのが一番いいのかもしれない。そう思った。
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「まぁまぁ。着いちゃったしもういいじゃないですか。きっと猫の手も借りたいと思いますよ?昨日の惨状じゃあ…って」
「ね、猫?何が関係があるのです?いいですから、キョウヤ様はまだお休みを…む?」
二人、目を合わせてしまう。競うように着いた食堂は、すでに昨夜の痕跡などなく。一切合切が片付けられていた。ガウスさんも驚いているようだ。
誰がやってくれたのか。それを考える前に、キィと俺たちがきた扉とは別の扉が開く。出てきたのは、シャエルさんだった。
「……お二人とも。おはようございます」
「あ、おはようございます。あの、片付けって、もしかして?」
「はい。すでに終了しております」
そう言って、シャエルさんはこくりと頷く。聞くと、昨日音もなく突っ伏していたのはあのままでは誰も動けなくなると判断しての行動だったらしく。
「ガウス様とリスタの両名、加えて私が行動不能になった場合、本日の業務に差し支えると判断しました」
そう言いながら、テーブルの水差しからコップに水を注ぎ、俺とガウスさんに手渡してくれる。
その際、俺に対しては別段なんの感情もこもっていないように見える表情だが。ガウスさんを見た際は無表情ながら、しかしどこか呆れたようにも見えてくる不思議な表情で。
「報告します。リスタは起床したものの、万全とは言い難く体調不良と判断し自室で休ませています。加えてガウス様、起床時刻におよそ半刻ほど遅れが出ています」
「む、そ、それは確かにそうだ。すまない」
えもしれぬ威圧感にたじろぐガウスさん。それに対し、シャエルさんの追撃が入った。
「いえ、別段構いません。本日の業務は私一人でも遂行可能と考えます。どうぞこのままお休みください」
そういうと、次の仕事がございますのでと言って俺たちが来た扉から去っていった。
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「……朝は風が気持ちいいなぁ」
俺は今、屋敷を一周して見てみようと好奇心のまま外に出ている。明るくなりつつあった道を歩いていると、吹き抜けていく風が実に心地いい。
「しかし、ガウスさんってあれかな。負けず嫌いなのかな」
思い返すのは数分前。
『……ふ、ふふふ。私としたことが。どうやら、昨日は少しはしゃぎすぎたようですな』
ガウスさんはそう言って、俺に気にしないようにとだけ告げてシャエルさんを追いかけて行ってしまった。
何か手伝うと言おうにも、執事魂かなんなのかは分からないが何かに火がついたように見える背中に声をかけるのも躊躇われてしまい。
かといって部屋に戻ってみると、まだエファちゃんは寝ているうえ、起きた時に俺が見たの知ったら凄く恥ずかしがるのではないだろうかという寝相を呈していたため、戻るわけにもいかず。
結果、一人早朝の散歩を楽しんでいるのだった。
「鏡花水月ってやつのことも、時間を見つけて話そうにもあの状況だしなぁ。シャエルさん忙しいし」
ちなみにリスタさんの名が上がらない理由は簡単だ。正直、怖い。
無表情で笑い始めて突っ伏したのは軽くトラウマかもしれない。
そんなことを考えていると、気がついたら屋敷をぐるりと周り終えていたようだ。スタート地点の玄関が見えてくる。
体感30分はかかった気がするし、やはりかなりでかい屋敷だ。家の裏に森がある上に、小さな池まで。至れり尽くせりの大豪邸である。
「楽しかったけど疲れたな。やっともどってき…ん?」
玄関の前、人が立っている。フードをかぶっているが、小柄な体格。顔は見えず、性別もわからない。
「あの、どうされました?」
屋敷を見てじっと立ち尽くしているその人に話しかけると、フードの奥から覗く、深い藍色の瞳と目が合った。
「……君は」
女性の声だ。フードを外し、白髪の髪がふわりと宙を舞う。人を射抜くような目つきとは不釣り合いな美貌を持つその人物を見て、一瞬動揺してしまう。
「あ、えと。ここで最近、お世話になり始めた者です。逆鏡響也といいます」
「サカガミ、キョウヤ?逆鏡、響也……?」
何度か俺の名を呟き、何かを確認するかのように目を閉じる女性。彼女はそのまま、何も言わない。
「……あの」
"こんな朝早くに、どうされたんですか?"
そう聞くより前。その女性の姿が、キンという音と共に視界からブレた。同時、轟と風を切るような音が聞こえたと思うと。
凄まじい速度で眼前に迫る、鋭い何か――――
「うぉわっ!?」
うすら寒いものが駆け抜け、咄嗟に後ろに下がる。ピッという音と共に、借りている執事服に切り込みが入るのがわかる。
ドッドッドと心臓が早鐘をうち、全身の血が逆流するかのように体が熱くなっていく。
尻餅をつく勢いで転がるように下がると、その人物が手に持ったものが嫌でも目に入る。
見覚えがある。
俺は確かに、"ソレ"を知っている。
それは、銀に淡く光る"日本刀"であった。
キョウヤ君は特殊な訓練は特に受けていません。見たことがある物、見たことがある動きだったので助かった。本当にそれだけです。下手したらぽーんです、ぽーん。何がとは言いません。