呪いの姫と、ゲルパニウムジャポネス(後編)
いいよねー
「……私を救ってくれる」
たった一言。完全な文章にしてまうと力が発動してしまうからだろうか?エファちゃんはそこで一言区切り、続ける。
「勇者を」
俺を見つめる瞳は、真剣だった。
「……俺は、多分違うよ。君の求めるような勇者にはなれないと思う。言った通り、俺は平々凡々。向こうではありふれた労働者だったんだから」
「……かも、しれません」
俺がそう言うと、ふぅ、と。息を吐くエファちゃん。
「実は、それならそれでいいんです。勇者なんて、所詮ないものねだり。でも、キョウヤさんが来てくれて、束の間でしたが楽しい時間を過ごせて。私、幸せでしたから」
「エファちゃん……?」
ひどく真剣な目をして。どこか覚悟を決めたような顔をしているエファちゃんは、ぴょんと立ち上がり、くるりと回る。
「キョウヤさんにも自分の生活があったのに。急にこんな所へお呼びしてしまって本当にごめんなさい。でも、あの森で貴方に出逢えて。私の事を恐れないでいてくれて。本当に、本当に私にとっての救いで、夢のような時間だったんです」
……俺と会えたことが救い。ガウスさんが言っていた事の意味は、こういうことだったのだろう。自分を恐れず、対等に話せる人間ができた。それは当たり前なのに、エファちゃんからは失われてしまっていたもの。
そして、平凡な幸せを願える彼女だからこそ、願ったのだろう。
伝説にある勇者がいるなら、助けて欲しいと。願いを現実にする呪いなら、なぜ救ってはくれないのだと。だが、願っても実際には現れたのは勇者に似た特徴をもっただけの、ただの一般人で。どれだけ残念だったろうと思う。
「異界への扉はここにある」
エファちゃんが唱える。それは、ここに来る時に見た姿見。ベンチに座ったまま遠目に見ると、俺が居た路地裏が見えた。
「……キョウヤさん。これで、帰れます。私の力を知って、でも恐れずにこうして二人で話をしてくれてありがとうございました。どうか、お元気で」
ぐっ、と、頭を下げるエファちゃん。でも、あれ?何か勘違いしてないか?
「あのぉ、エファちゃん?」
「はいっっ」
「俺、ここに居てもいいならまだ帰りたくないんだけど」
「……えっ?」
「いやあの、ね?俺、多分勇者じゃないけどここに居ていいかな?的な話にもってこうと思ってたんだけど、あれかな。その扉って出しちゃったらもう潜らないとダメなやつなのかな?」
「えっ!?ええええ!?」
そもそも魔証の書で聞いた声も気になるし、鏡花水月の件だって何も解決してない。年甲斐もなくわくわくしてるのに。
「いや、あの、え、ええ?」
ベンチに座ったまま、帰れと言われない限りは帰る気など全くないとばかりの俺をみて。目を白黒させるエファちゃんは、急いで異界への扉とやらを消した。あ、良かった、消せるんだ。
じゃあ改めて。
「あれかな、やっぱり勇者じゃないと、俺、いらない子かな?話し相手とか、どう?」
と、及び腰な交渉にもほどがあるものになってしまう。でもだってそうだろ!?勝手に呼び出されようが、この世界に今俺はワクワクしていて、人様のうちにしばらく厄介になろうってんだから!
"でもやっぱり帰ってとか言われたらどうしよう"
一瞬、そんなことを考えた時だった。
「キョウヤさん!」
「な、なに?」
「キョウヤさん!!」
「だ、だからなによ?」
「ずっと、ずっと一緒に居てください!」
エファちゃんは感極まったかのように叫ぶ。
今このタイミングで、おっさんにそんなこと言うもんじゃないぞなどとというのは野暮だろう。
これまでの経緯を考えると、対等な目線で話せそうな友人か年上のお兄さん的なものがやっとこさ出来た。そんな感じなのかも知れない。
まあ、ずっと一緒に友達で居てくださいを省略するのは誤解が起きかねないよ、とはあとで伝えてあげるとして、今はとりあえず!
「……もちろん!こちらこそよろしくね」
右手を差し出す。立ち上がらせて貰ったりはしたけど、正式な挨拶としてはこれが初めての握手。
「っ!はい!」
お互い、固く握り合う。
その時だった。
――鏡花水月――
脳裏に聞こえた声とともに、パァン!と、何かが弾ける音がしたのは。
「うおっ!?」「きゃ!?」
そのまま、何故か座っていた感覚が消え去り、背中に倒れ込む。
手を繋いだままのためそのまま倒れ込んできたエファちゃんを庇うように、しかし肩のあたりを触るのにとどめつつ、俺は尻餅をついた。
「っ!いてて……」
「キョウヤさん、大丈夫ですか!?」
慌てて手を出してくれるエファちゃん。その手を掴みながら、俺は立ち上がった、のだが。
「あれ、ベンチが……」
「なくなっ、てますね?」
ないのだ。先ほどエファちゃんが出してくれたベンチが。それに対して、俺は当然の疑問を口にする。
「もしかして、時間制限とかあるの?」
「いえ!?生み出したものは私が命じるまで残ります!あの時のその、猫さん雨だってですね……」
聞くと、あの時の雨は俺を屋敷に引っ込めたあと慌てて消したらしい。でないと街の人がみんな猫さんになってしまうからだとか。なんとも可愛らしい。
加えて消したものは痕跡一つ残らないらしい。俺が中庭に改めて降りた際、雨が降った後すら残っていなかったのはそういうことなのだろう。
「でも、これは一体……?」
悩めるエファちゃん、だが手は握りっぱなしである。気恥ずかしくなってきた俺はとりあえず手を離そうと思うが、思案中のエファちゃんの手はびくともしない。
「エファちゃん。よくわかんないけど、よかったらもう一回ベンチ出してくれるかな。尻餅着いた時に腰打ったかも」
情けない限りではあるが、受け身を取れる状況でもなかったため、重いっきり打ったのだ。腰が痛み始めた。
「あっ!すみません。そうですね、とりあえず。ベンチはここにあった」
シン――
「あ、あれぇ?ベンチはここにあった!ベンチはここにあった!?」
そんな二回唱えてベンチが重なって生えたらどうするの。なんてツッコミをしようにも。
シン―――
場は静まり返り、ベンチが出来ることもなく。
「あ、あれぇ!?なんでぇぇ!?」
動揺したエファちゃんが素っ頓狂な声を上げたからだろうか。
「どうなさいました、お嬢様!」
ガウスさんが飛んできた。それを見たエファちゃんが爺や!?と言いながら俺の手をばっと振り解き、指をタイルに指す。
「爺や、聞いて!?ここにベンチがあったってやろうと、したら…ね…」
音もなく、昔からそこにあったかのように現れるベンチ。
目を見合わせる俺とエファちゃん。
だが、エファちゃんは何かに気がついたような表情でずんずんと俺の方に向かってくるなり、おもむろに俺の手を掴んだ。
「お、お嬢様?」
「エファちゃん?」
「……ベンチはここにあった」
シン―――
現れない。どこにも。「これは、一体……」そうガウスさんが呟く中、エファちゃんはどこか、俺を見る瞳に怪しい光を讃え始めていて。
『これは、厄介なことになったのかもしれない』
そう気がついたのは、その日の晩餐からのこと
依存系ヒロイン。
プロローグはここまでです。
次章からは毎日1話ずつ、0時10分頃の予約投稿になるかと思います。