はじめてのお使い(後編)
シャエルさんはお茶目。リスタさんは天然。新キャラはツンデレ。
「すみません、お待たせしました!」
メインホールにある玄関の前で待っていたシャエルさんに俺は慌てて駆け寄ると、シャエルさんは無表情なまま俺に問う。
「いえ、然程は。お湯加減はいかがでしたか」
「いやもう、最高でした。というか、こんな服までお借りしてしまって……」
俺が着ているのは、ここに来た時のスーツではなく、ガウスさんが来ているような上等な生地でできた執事服だ。魔術が編み込まれているらしく、着たものに合うらしい。ピッタリとフィットしている。
ちなみに俺がなぜ執事服を着ているのか。
話は少し前のやり取りに遡る。
シャエルさんとガウスさんがメモを見ながらやりとりする中、俺は気がついたのだ。そういや、俺ここに来てから風呂入ってなくね?と。
寝落ちしたりゴタゴタしていたとは言え、流石に外に出るのに匂ったりしたら嫌だし、そもそも女性と出掛けるのにちょっとどころかかなりまずい。
そうガウスさんに耳打ちすると「そう言えばお伝えし忘れていましたな」と、伝えられたのはこの家の秘密の一つ。
使用人が三人でも回る理由として、この家には汚れを弾く魔術がかけられているらしく。基本的に人の汚れも浄化、消し去ってくれているようなのだ。
そのため、風呂自体は設備としてはあるものの最早安らぐための空間のようなものであり、体の汚れは気にする必要がないとのこと。
通りで何も言われないわけだとは思いつつ。そう言われても何か気になる。
そんな気持ちが顔が出ていたのだろう。ガウスさんが案内してくれ、一風呂浴びてから出かける事となったのだ。
「それでは参りましょう」
「あ、はい!お願いします」
異世界の街。俺は期待を胸に、外へと繰り出す。
玄関から出て、二人で門へと数メートル歩く。門から出る直前、振り返るとここはやはり、相当な豪邸だった。
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エファちゃんの屋敷があるこの街、ソル・レグラは、ガウスさんがいうところでは総人口10万人ほどで、海産品が有名。漁業が盛んなこともあり、船の行き交いが頻繁なため活気がある街。
ということだったのだが。
「なぁんか避けられてるよなぁ、これ……」
往来を行き交う人々は確かに活気ずいているものの。明らかに俺、というよりシャエルさんを見るなり声を潜め、道を開けるのだ。
そんなことはお構いなしにずんずん進んでいく彼女の背中を早足で追いかけつつ、ふと周りに耳をそばだてる。
「あそこのところの……」「物好きにも使用人が増えたのかねぇ?あそこは……」「こら、見ないの!あそこの家はね!」
こちらを遠目に見ながらも、口々にボソボソと聞こえてくる言葉。だがいずれも共通して聞こえてくるのは。
「「「「呪われてる」」」」
というものであり。正直な感想としては、あまり気分がいいもんじゃない。
ガウスさんの話を聞いている為、何故こんなことを言われているのかもなんとなく察しはついてしまう。そして、エファちゃんが外に出たがらなかった理由も。
だからこそ。それゆえに揉め事はよくない。そう思いながらも。
繰り返し聞こえてくる陰口らしきものに耐えかね、思わずそちらに向かって睨んでしまいそうになったのだが。
「……キョウヤ様」
シャエルさんから呼ばれ、冷静を取り戻す。ふと見ると彼女は少し先で立ち止まっており、俺の方をじっと見ていた。もしかして遅れていただろうか?申し訳なさを感じながらも急いで追いつく。
「ごめん!ちょっとあの、そう。自分の住んでた所と違ってて、物珍しくて!」
あははーと、俺は誤魔化しながら謝る。すると彼女はいつものように無表情ではあるものの。どこか、本当に自分がそう感じただけかもしれないが微笑んでいるように見え。
「ありがとうございます」
そう言った。
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目的地は本当に屋敷からすぐの所。大通りを直進してすぐのところにあった。
字は読めないが立派な看板と、箱型の店舗。来店してすぐに魚や肉、野菜などが置いてあり、あっちでのスーパーのようだな、というのが第一印象。
店内は中々賑わっており、ここはみんな商品を見ているからか外よりも居心地は悪くなく。
また、日本で見たことのないような珍妙な魚達が生鮮コーナーにならんでいたり、オオアリトカゲが安いみたいよ!という主婦らしき人の声に振り向くと、およそ食べ物なのか?と思われる物が鎮座していたりして少し感動を覚えたものである。
ちなみにシャエルさんは無言で俺の後ろについていてくれ、時折解説を入れてくれた。
が、あくまでもゆっくり見て回ったのは俺のためにだったのだろう。店内を一通り見て回ったあと、シャエルさんは買う物を手早く、というよりも瞬間移動のような速度で集めてきた。
呆気に取られながらもレジらしき所に行くと、さすが魔術社会。見ている限り、魔法陣か何かの上にカゴを置くと、一瞬で商品の合計金額を割り出してくれるようだ。更には天秤らしき物の上にお金をおくだけで会計、精算してくれるらしい。
あっちでのセルフレジみたいなものか、と感心していると、シャエルさんが解説してくれた。
どうやら魔術で動かす以上は魔力を供給する人が必要らしく、完全に人が離れるわけにはいかないとのこと。
とはいえ高速で処理が行われる為か、店内にはレジは一つしかなく。むっすーとどこか怒ったような表情をした、サイドテールの赤い髪をした女の子が1人でその係をしていたのだが。
この店の第二の印象がこの世界の店員さんの接客態度どうなってんの?になった事は非常に残念である。
なにせ会計をしようとした際の第一声が
「いらっしゃーあーせーって。なんだ、あんたんとこか。また来たんだ?」
だったのだ。お客様は神様とは断じて言わない。言わないが、ちと失礼ではなかろうか。俺は思わず不快感を覚えたため、眉間にしわが寄ったのだろう。その女の子と目が合う。
「へぇ?呪いの姫に新しい使用人?」
「……さて、態々答える義理はないかな」
「……ふぅん?」
ここに来るまでが不快だったからだろうか。それとも呪いの姫とやらを聞いたからだろうか。
俺はつい体裁を整うことすらせずに、つっけんどんに返答してしまう。その後、お互い無言。
女の子がムスーとした顔つきだからだろうか?睨んできているようにも見えるが、俺も負けじと目を合わせる。
赤い髪に赤い瞳、可愛らしい顔つきではあるが、シャエルさんに負けず劣らず目つきが鋭い気もする、のだが。なぜか女の子の顔が赤らんで行っている。
(おいおい、今のやりとりにそんなに怒るようなことかね?先にふっかけたのはそっちだろうに)
そう思いつつ。レジに人が並びつつある中でまだ見つめ合う。さらになんとなく赤くなっていく女の子、負けじと目を逸らさない俺。
十数秒にも満たない、そのやりとり。
だが、そんなやりとりを断ち切ったのはシャエルさんだった。
何も言わず、ドン!と無表情で金貨を天秤に置き、こういったのだ。
「……クレアさん。とっときな、釣りはいらねぇぜ」
「「へ?へぇっ?!」」
そのままザッと。颯爽と出ていってしまうシャエルさん。思わず目を合わせる俺と、恐らくクレアという女の子。
だが流石にそこは商売人。一拍子遅れはしたものの慌てて天秤を見た彼女は、確認が済んだのか俺に大丈夫だからさっさといけとばかりにしっしと手を振ってきた。少々イラっとはしたが、俺は一瞬遅れてシャエルさんを走って追いかける。
そんな背中に、可愛らしい叫び声がこだましたのはすぐのこと。
「って、釣りもなにも!ぴったりじゃない!?バカシャエルウウウウ!!!」
悪い子じゃないのよ?ただ男の子に免疫がないだけなの、とはスーパーの看板娘の母親の談である。