はじめてのお使い(前編)
だーれにもーないしょでーと言ったな?あれは嘘だ。
「ば、ばばばっ、ぶふっ!」
俺がみっともなく蛙のような声をあげていると、ガチャリと扉が開き、シャエルさんが出てきた。氷のような鉄面皮は変わらないものの、確かにそこにしっかりとした変化があるようで。
「しー」
と、手を口に当て、静かにというポーズを取ったのである。
ふと見ると、まだエファちゃんは床で寝ているようで、リスタさんが膝枕をしていた。よく見ると布団もかけてある。
「す、すみません、騒がしくして」
みっともなく騒いだことが恥ずかしく、頭をかきながら立とうとすると、シャエルさんが手を差し出してくれる。素直に手を借りて立ち上がった。
「それで、どうなさいましたか?」
「いや、三人ともどうしたのか気になって、あの。色々と話を聞いたものですから」
そういうと、シャエルさんとリスタさんはお互い頷き、エファちゃんを起こさないように、しかし機敏な動きで布団で丸め、簀巻きにすると。
よっこいせ、と担いでしまった。
「えっ」
「「それではキョウヤ様。ごゆっくりお休みください」」
そう言って、機敏かつ鋭敏にえっほえっほと簀巻きのエファちゃんを担いで去っていく二人。
「え、えぇ……?」
話を聞ける段階ではないだろうとは思ったが、このぐちゃぐちゃな俺の情緒はどうすればいいのだろうか?そんなことを考えながら、空腹のまま、俺は寝ることにしたのだった。
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翌日。俺はエファちゃんに話を聞こうと思い(空腹もあったが)早めに起き、会いに行ったのだが。
「「お嬢様は暫しキョウヤ様にはお会いしたくないとのことです」」
とのことで、エファちゃんの部屋の前で通せんぼを食らっていた。
起きているなら俺が置かれた状況の整理だけでも、と問答を繰り返したものの。返ってくるのはとりつく島もない返答であり。
遂にはそのまま二人に腕を掴まれ、強制連行のような形で朝食をとることとなった。
朝食は空腹の俺を見越してか、少し多めに注がれており、食べ終わった頃にはようやく俺の腹の虫も収まったのだが。
結局、食後のコーヒーをガウスさんが出してくれたタイミングにもエファちゃんは現れることはなく。俺は暇を遊ばせることとなったのである。
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「キョウヤ様、いらっしゃいますか?」
トントントンと規則正しいノック音が響き、部屋にガウスさんが尋ねてきたのはお昼より少し前ぐらいのこと。
朝食後、手持ち無沙汰な俺は何でもいいから何か手伝えることはないかとガウスさんや二人にも聞いてみたのだが。
ガウスさんからは感謝の言葉は貰えるものの、特にないと言われてしまい。二人からも、私たちの仕事ですので、と言われてしまっていた。
そのため仕方なく、部屋でスマホに入った映画を見ていたのだ。再生していたのは何度も見た映画ではあったため、誰か尋ねてくるのは非常にありがたい。
「はいはーい!今開けます!」
俺は急ぎ扉を開け、ガウスさんと対面する。
「失礼します。キョウヤ様、たしか、お暇だと仰っておりましたな。実はお願いしたいことが一つできたのですが」
手伝えることがないか聞いた時のことだろう。素直に俺は頷いた。
「もうめちゃくちゃ暇でした。エファちゃんとも会えませんし、何か俺でもやれることがあれば」
無表情で通せんぼしてくる二人を脳裏に浮かべつつそういうと、ガウスさんが眉を顰め、謝罪の言葉を口にする。
「お嬢様の件は申し訳ありませぬ。そのうち、覚悟をお決めになって出てこられるとは思いますが……」
そう言いつつ、俺にメモを一枚手渡してくるガウスさん。が、やはり読めない。読めないが、隣に魚のような絵が書いてあったり、骨付き肉のような絵が書いてあったりする。
「……えっと、ガウスさん?」
なんだろうかこれは。夕食のメモとかだろうか?そう思いつつも不安になった俺は、ガウスさんに問いかける。するとなんとも言えない笑顔を浮かべたと思えば、こう告げてきた。
「ああ、隣の絵はお気になさらず。それはリスタが書き込んだものにございます」
「えぇっ!?」
エファちゃんならともかく、リスタさんが?そう驚く俺に、ガウスさんは続ける。
「実は私がこのメモを書いている時、何を書いているのかを問われましてな。このメモを店に手渡せばわかるようにと最新の注意を払って書き込んだのですが、リスタがそれでは文字の読めないキョウヤ様が困るだろうと申しまして。気がついたらこのように」
クスクスと笑いながらも、どこか嬉しげなガウスさん。多分、昨日の話を聞く限りそんなやりとりすらなくなっていたのだろう。俺まで少し嬉しくなってきた。
ということはつまり、あれだろうか?
「もしかしなくても、お使いですね?」
「はい、ご足労をおかけしますが。かといってキョウヤ様も屋敷の中にいるだけでは疲れてしまうかと思いましてな。気分転換にでも本日の晩餐の追加の品を、という流れでございます」
料金はこちらに、と。金貨らしきものが入った袋がポンと手渡され、俺でもわかるようにと書き込まれた地図も渡された。
「お気遣いまで。ありがとうございます!」
初の異世界の街!年甲斐もなくテンションが上がってきた。そんな事を考えていると。
「ガウス、キョウヤ様。準備が整いました」
そう言って、シャエルさんが現れた。俺と目が合うと、ぺこりと礼をするいつもの黒服のシャエルさん。どうしたのだろう?怪訝に思う俺に、ガウスさんが少し渋い顔をしながら、こういった。
「……一応、すぐの所なので心配は無用かとは思いますが。万が一を踏まえ私が同行しようとしたところ、シャエルがどうしても同行したいと言い出しましてな。彼女と共に向かっていただきたいのです」
保護者同伴。後半は本日夕方掲載