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55話

 エルクさん達と同じ区画の護衛になった後、私は複数の鳥を飛ばして森の様子を見ていた。普段とは違って、現場からは少し離れた前線近くが今日の担当だった。

 今までは護衛のために森の奥までは向かわせてなかったけど、今回は私以外にも頼もしい人たちがいるから探索に専念させ、目を閉じて鳥たちの視界を見ていた。


「………」


 流石に広すぎて何も見つからない………でも、何もないなんてことは無いはず。せめて原因だけでも見つけなきゃ。そう思いながら30分程が経った頃だった。


「森に動物やモンスターがいないわね」

「………そういえば」

「やっぱり、もう森の先住民は既に全滅してしまったのかしら」


 ルナの言葉に、私は少しだけ胸が痛む。あの時のアースドラゴンが瞼の裏に浮かんで、小さくため息を付きそうになった時だった。


「アリス、3番目に飛ばした鳥の付近に魔力の流れがあるわ」

「………うん、分かった」


 ルナが言った鳥の視点に集中して緊張しながらも森の中を見て回っていると、森の中の開けた空間に出ると、そこにあった『それ』に私は思わず声を上げた。


「な、なにこれ………!?」

「あら………随分と派手にしたものね」


 ルナが感嘆とでも言うような声を溢す。派手っていうか、これは…………


「アリス、一体何があったんだ!?」


 私の声に驚いたダインさんが声を掛けてくる。これはなんて説明すればいいんだろう。私達の様子に気が付いたエルクさん達もこちらへ駆け寄ってくる音が聞こえて来た。そんな中で私は鳥を『それ』の周囲で周回させながら、見えている物を伝えた。


「あ、えっと………二つに枝分かれしてて、ドア枠みたいになってるんですけど………そ、その中にゲートが、出来てます………」

「っ、やっぱり………そうなのか」

「アリアの推測は当たり………しかし、さらに厄介だな」

「………木で出来た召喚ゲートと言うことは、この森から魔力を吸い上げているはずだ。アリス、ゲートの大きさは?」

「えっと………ギリギリ頭が森の木々から出ないくらい………?」

「それじゃ分かりづらい。エルクが何人分くらいかで答えろ」

「ご、ごめんなさい………!そ、そう、ですね………エルクさんが………よ、4人くらい?」

「ちっ。結構デカいな」

「俺で例える必要はあったのかな………」


 エルクさんが困惑したように呟く。というか、こんなこと言ってる場合なのかな………


「………どうする?群れの長が居ないのであれば、やはり攻勢に参加するのも考えるべきだと思うが」

「そう、だね………無数にモンスターが現れるんじゃ、守りに徹していても無駄か。けど、周囲に罠が無いとは限らない。寧ろ、ゲートを設置した何者かがいるのなら、用意していて然るべきだと思うかな」

「………ダインに同意だ。だが、問題は何者がゲートを設置したかだ。それによって、警戒するべきものも変わって来る」

「アリス、少し周りの様子を探れるかい?」

「わ、分かりました」


 私は鳥をそのゲートの周りに集め、周囲の様子を探る。でも、私はアウルさんが言っていたような罠を見抜くスキルなんて持っていないし、ただ目視しただけで罠が絶対にないとは言い切れない。

 その事を3人に伝えようと思った時だ。1羽で監視させていたゲートが、唐突に激しい光を周囲に放ち始めてしまったのだ。


「っ………!?」

「アリス、声を掛けなさい!すぐに来るわよ!」

「あっ、げ、ゲートが発光を始めました!!」

「なんだって!?」


 私の声に、ダインさん達が慌ただしく動き出す。私も流石に目を開き鳥の視点から意識を離して杖を取り出す。勿論、完全に意識の外に投げやった訳じゃないけど………それでも分かる。次々とゲートの中からモンスターが現れ、それはまるで蟻の大群のようでもあって。隙間なく溢れ出るように湧きだすモンスター達の数に、私は戦慄していた。


「ルインはすぐに他の区画に伝えてきて!エルクと僕とアリスはここで侵攻を食い止めたいところだけど………アリス、正確な数は!?」

「え、や、その………これ、100とか200みたいな話じゃ、ない、です………500、とか………まだ増えてます………」

「――――」


 ダインさん達は言葉を失ったように動きが止まる。幾ら何でもこの数は常識外れ過ぎる。いくら私でも………


「っ………流石にこの数に防衛は無茶か………!ルインはさっき伝えた通り周囲に伝達!でも防衛じゃなくて撤退戦と伝えて来てくれ!アリス、ダイン!僕達も現場の方に戻って樵を護衛しながら街に戻ろう!」

「了解ッ!」

「わ、分かりました!」


 ルインさんはすぐに駆け出し、その姿が見えなくなる。そして、私達も樵さん達がいる現場付近へとすぐに駆け出した。その間も群れの先頭を鳥で追わせているけど………


「アリス、すぐに鳥との接続を切りなさい」

「えっ、な、なんで………動きを追わないとこれからの対応にも差が出るし、鳥だけでも少しなら援護は………」

「良い?これはもうどうしようもない事として聞きなさい。これから、この森では少なくない犠牲者が出るわ。このままじゃ、あなたはそんな人たちの姿を見ることになるわよ」

「っ………」


 ルナの言葉に息が詰まった。人の死を見る経験は、今まで冒険者をしていても一度もなかった。モンスターの命を奪う事にすら最初は抵抗があって、ようやく今になってその胸の痛みにも慣れて来たのに。

 人の死を見てしまったら、私はもうその前の私には戻れない。一度見てしまえば、いつかそのうちに慣れて来てしまうものだと分かってる。でも、そうやって人の死に慣れてしまうのも怖い………でも。


「少しでも、助けられるのなら………私は、やらなきゃ」

「………そう。あなたが決めたのならそれでいいわ。でも、覚悟だけはしておきなさい」

「………うん」


 私達は走って、区画の現場にいる樵さん達の元へと出た。そして、見るからに慌てている私達を見て樵さん達は酷く動揺していた。


「お、おい!何があった!?」

「今すぐここから逃げるんだ!!モンスターが信じられない程の大群で押し寄せてきている!!」

「なにィ!?」

「お、おい聞いたな!?今すぐ荷物を纏めろ!!撤収だ撤収!!!」


 ダインさんの言葉を聞いた樵さん達は慌ただしく荷物を纏め、森から出始める。切った木を運ぼうとしている人も中にはいたけど、そう言った人は仲間に一喝されてすぐに連れていかれていた。

 そうしてここの区画で撤収が始まった頃だった。森の奥から轟音とも言える大量の足音が聞こえてきたのは。私は鳥の視点に一瞬だけ意識を向けて確認した後、叫ぶ。


「来ますっ!!!」

「っ、音だけでとんでもない数だと分かるとはね………!」


 足止めをするために立ち止まって振り返り、杖を構えたその時だ。森の奥からもはや個として認識する事すら困難な程の群れが飛び出してきた。


「なっ………!?」

「なんという………!」


 エルクさん達は驚きに一瞬だけ身を固めたけど、私は準備をしていたからすぐに対応に移る。勿論、驚きが無いわけじゃないし、怖いに決まってるけど。

 戦わなきゃ叶わない願いだってあるんだ。だから………!


「お願い………!」


 杖を振るうと同時に、8門の魔法陣が浮かび上がる。流石にBランクのモンスターはここにはいない………はず。杖の先端に光が灯り、もう一度その先端をモンスターの群れに向けた。

 その瞬間、魔法陣から放たれる無数の光線。それらは木々の間を反射して跳ねまわり、回避など出来ない程の弾幕を作り上げ、モンスター達の亡骸が次々と積みあがって後続の進行を妨げて、更にモンスター達を光が貫いていく。


「エルクさん!ダインさん!こっちは私が抑えます!樵さん達の護衛をお願いしますッ!」

「………分かった!アリス、必ずまた戻ってくる!それまでどうか頼んだよ!」


 ダインさん達の後ろ姿を見送った後で私は杖をもう一度振るうと、拡散していた光が一点に集まって魔法陣を形成し、薙ぎ払うような巨大な光線を発射する。

 そうして交戦で薙ぎ払った場所が光を帯びてき、更に巨大な光の爆発を噴き上げる。眩い閃光に呑み込まれたモンスター達は一気にその数を減らし、私はもう一度跳ね回る光線を放ちつつ周囲の様子を確認するために一瞬だけ鳥へと視線を移した。


「――――」


 そして、飛び込んできた光景に私は言葉を失う。一番に飛び込んできたのは、大量の血と亡骸。勿論モンスターのが殆どだけど、倒れるモンスターの中には人の亡骸も沢山混じっていた。そして、冒険者達は樵さん達を必死で守りながらも、自分達もどうか生き残りたいと戦い続けていた。

 倒れている人の中には、まだ生きてるかもという希望を持たせるものから、もう生きていないと一目でわかる程の傷を負った人まで様々な上、かろうじて息がある人間をモンスターが取り囲んで――


「おぇ………っ!!」


 それを見た瞬間、私は胃の中の物が一気に逆流してくる感覚に襲われる。あまりにも惨い光景に、私は理解する事を拒んでいた。


「しっかりしなさい!自分で決めた事でしょう!?」

「っ………わか、ってる!!!」


 これ以上、こんな事を増やしたくない。もう誰も傷つけさせない。私は杖の柄を地面に叩きつけ、鳥たちに命令を下す。それと同時に光の鳥たちは大きな魔法陣へと姿を変え、それぞれから青い弾幕を発射しはじめ、押されていた戦況はどこも少しずつ好転していく。

 それでも犠牲者を増やさないなんて甘い考えを嘲笑うように、倒れていく人たちは増えてしまう。強くなったと思ったのに、こんなに呆気なく私の手からは零れ落ちていく。


「っ………!」


 こんなの嫌だ。弱いままの私じゃ嫌だ。そんな衝動に任せて私が杖を大きく空へと掲げると、森の遥か上空で大きな結界が現れた。

 それを砕き、再び形を編み直す。硝子細工みたいに出来上がった無数の剣が空から切っ先を森へと向け、一気に降り注いだ。


「…………!」


 降り注ぐ半透明の剣に次々と串刺しにされていくモンスター達。私は杖を再び大きく振るった。

 その瞬間、地面に突き刺さっていた無数の剣は全て元の結界の形へと変わる。森の木々を縫うように幾重にも結界が重なりあってモンスター達を切断する。


「はぁ…………はぁ…………!」


 モンスターの数は大幅に減って、後は撤退をするだけだった。どこもモンスターの追撃を押し返し、次々と森から脱出していく。

 それを見た私はほんの僅かな安心と、自分の力不足に大きな後悔を同時に感じていた。でも、そんなことを考えるあまり私は周りの事に必死でここがどこか忘れていたのだ。


「―――――あぐっ!?」


 唐突に右足に走った激しい痛み。私は思わずその場に倒れ、自分の右足に視線を向ける。

 そこには、一本の矢が私の太腿に深々と突き刺さっていたのだった。



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