53話
暫くすると二人の男性は食堂を出て行ったけど、それと入れ替わるように料理が運ばれてきた。実はどんな料理が来るかも全く分かっていなかったけど、出てきたのは少し大きな魚の蒸し煮だった。
思えば、この世界で魚料理を見るのは初めてだ。川魚はいるけど、どこでも海みたいに沢山取れる訳じゃないから、お店で並んでいるのは見たことがないし………そういえば、スカイルイーバだっけ。あのトビウオは食べられるのかな。焼けたせいでちょっと美味しそうな香りもしてたけど。
「ん?どうした?」
「あ、いえ………魚料理は珍しいなと思って」
「あぁ、確かにどこでも食えるわけじゃないしな。オルムはリーウェナって言う大きな港町と結構近い距離にあるから、こうやって海の魚が入って来るんだよ」
「そうなんですね………でも近いって言っても、移動には結構時間かかりますよね」
「あぁ。でも食べ物を長期保存するためのマジックアイテムもあるし、オルムの経済が大きくなってからは商人が良く来るようになったからな」
そんな会話をしつつ、私はフォークで魚の蒸し煮を口に運ぶ。それはとても柔らかくて、味付けもしっかりされていた。ルナにも分けてあげたりしながら久し振りに食べる魚料理に舌鼓を打っていると、アウルさんが話を続ける。
「そういえば、そろそろリーウェナでは十年に一度の祭りが開かれるって話だったな」
「お祭り、ですか?」
「あぁ。リーウェナは十年周期でヴァルヌっていうクジラのモンスターが近くを通るんだよ。そいつには海の守り神って異名があって、リーウェナでは海の安全を願ってヴァルヌがいる間は漁には出ずに、祭りのための船を出して盛大にヴァルヌを迎えるらしい」
「その………モンスターなんですよね?」
「あぁ。でも今までヴァルヌが人を襲ったって話はないみたいだし、大丈夫なんじゃないかな」
「………水辺に住むモンスターって、温厚な種類が多いのかな?」
前に会ったカンシオンを思い出しながら、小さく呟く。
「別にそんなことは無いわ。ヴァルヌは単に人間を脅威としても餌としても認識していないから無視しているというだけよ。あと、カンシオンの事に関しては未だに信じられないもの」
「………元気にしてるかな?」
「あら、あれからまだ1ヶ月も経ってないのよ?早々何かあったりなんてするとは思えないわ」
そっか。あれからまだそれくらいかぁ………オルムに来てからは色々と濃い出来事ばかりだったから、あの出来事が結構前の事みたいに思えた。勿論、それでもあのことはまだ鮮明に思い出せるくらい記憶に残ってるけど。
それにしても、お祭りかぁ。この世界でのお祭りってどんな感じなんだろう?あっちでもそういうのは結構無縁な感じだったけど………
「興味あるのか?」
「え、あ、はい………興味はあります」
「そうか。じゃあ、次の目的地にしてみたらどうだ?多分、オルムからリーウェナまでだったら祭りまでには間に合うと思うし。普段食べられないような海産物もいっぱいあるぞ」
「………そう、ですね。はい。じゃあ、行って見ようと思います」
少し悩んだ後、私は頷く。元々目的地は決めてなかったし、興味が湧いたなら行って見るのが一番だと思ったから。多分、こうやって魚の取引がされてるということは、商人の目的地として向かう事も多いと思うし。
「知ってるかもしれないけど、馬車を探すならギルドの窓口を使うといいぞ。目的地を伝えたら、旅路の護衛を希望してる商人を紹介してくれるし」
「あ、そうだったんですね………」
それ、もっと早く知りたかったなぁ………あ、でも目的地が決まってないと駄目なんだ。これからはもうちょっと先の予定を決めて旅をしてみようかな?
「そういえば、アウルさんはそのお祭りを見たことはあるんですか?」
「いや、ないな。ただまぁ、いつか見てみたいとは思うけど」
そんな会話をしつつ、私達は料理を食べ終える。そして言っていた通り、お昼にしては少し高めの銀貨2枚アウルさんが支払って食堂を出た。
「さて、俺は今から少し依頼をしてこなきゃいけないからこの辺で。また会うことがあったら話そう」
「はい。では、また!」
「またな」
アウルさんと別れた私は、取り敢えず宿に戻ろうかなと考える。それか、リーウェナの話を聞くためにギルドに行っても良かったけど………あれ、それだと途中までアウルさんと一緒に行った方が良かったかな?
なんて思っていたら、不意に視界の中に見知った姿が見えた。黒いドレスに日傘を差している後ろ姿は、人の行き交う通りの中でも一際目立っていて。声を掛けて良いかな?なんて不安が一瞬だけ過ぎるけど、あの時の言葉を思い出して私は思い切ってその人に近付いた。
「あ、あの………!」
「あら、その声は………」
私が声を掛けると、その人はゆっくりと振り返る。そして私の顔を見て一瞬だけ驚いたような顔をした後、ふっと笑みを浮かべた。
「元気にしてたみたいね、アリス。あなたの噂、良く聞いてるわ」
「えへへ………アリアさんもお元気そうで何よりです」
アリアさんと再会した後、何をしていたのかと聞いた所ただの散歩だと言われて。「一緒に行っても良いですか?」って聞いたら、笑みを浮かべて頷いてくれた。
「随分と派手にやってるそうね。エルクがあなたの活躍を良く話してくれるのよ。『黒猫の魔女』だったかしら?」
「派手にするつもりはなかったんですけど………なんだか、大きな出来事に好かれちゃってるというか」
「カンシオンの件と言い、本当にあなたは退屈しない事ばかりね」
最初の頃が嘘みたいに、私達は自然に談笑しながら街を歩いていた。ただ、『黒猫の魔女』なんて名前が付いてしまった私と、ゴシック調のドレスに日傘を差してる少女なんて目立つ要素しかなくて。
でも、それがあまり気にならないくらいにはアリアさんの再開は嬉しかった。エルクさんとは結構すぐに再開してたから、もしかしたら会えるかも?とは思ってたけど。
「………そうだ。騒動が絶えないあなたに、もう一つ騒動の種を教えてあげましょうか」
「うぅ………別に好き好んで騒動に首を突っ込んでるわけじゃないのに………」
「そうでしょうね。でも、少し真面目な話よ」
真面目な話?そう思ってアリアさんの顔を見ると、確かにさっきまでの雰囲気とは打って変わって、真剣な表情で私を見ていた。何かあったのかな?なんて思いつつ、私は続きを待った。
「樵の仕事場への襲撃、あなたも何度か護衛に出ているみたいだけど………不自然な点が幾つかあるのよ」
「………リーダーの件ですか?それなら――――」
「いいえ、違うわ」
「違う………?」
それ以外の不自然な点って………いや、なんだろう。私も何となく違和感はあるような気がする。何か、単純な事を見逃してるような………
「まずこれは私が個人的に調べた情報だけど、襲撃が活発化してからの護衛依頼で行われた討伐記録は、時期を追うごとに1度の襲撃での数を増しているわ」
「………えっと?」
「今は1回の襲撃で60~90体、多い時はそれ以上の数で襲撃があるけれど、当初は多くとも30体程度だったのよ。そして、数ヶ月の間連日襲撃があることも多い………いくら広い森だとしても、討伐してる数が多すぎないかしら」
「あっ………」
そうだ。よく考えてみたら当たり前のことだ。いくら生命のサイクルが人間より早いモンスターと言っても、あの規模の襲撃をしていれば新たな命が生まれるより奪われる命の方が圧倒的に多くなるはずで。
普通に考えれば、一度の襲撃で出てくるモンスターの数は減るはずだった。いくら私が過去の襲撃の記録を知らなかったとしても、あの襲撃で倒したモンスターの数を考えれば有り得ないというのは今になって思う。
「つ、つまり………」
「あのモンスター達は、恐らく森の外から来てるモンスターよ。そして、襲撃にいるモンスターは種族の関係なく統率が取れている。これを考えると………森の中にいたモンスターは、とっくに住処を奪われている可能性があるわね」
「そんな………じゃ、じゃあ、もしかしてあのドラゴンは――――」
たった1体だけで現れたアースドラゴン。襲撃は複数のモンスターが群れるのが当たり前だったのに、あのドラゴンだけは違った。そして、あのドラゴンから感じた明確な怒り。
あれは森を荒らす人間への怒りもあるだろうけど、森の住処を奪った外部のモンスターへの怒りもあったんじゃ………?
「私はその時の状況を良く知らないから、何とも言えないけど………でも、可能性としては有り得るね。それに、結局のところ襲撃は小分けだし、何だかんだでまだ大袈裟なほど長期化してるわけじゃないの。増えていく数も緩やかだったから、これを事実として実感する人は少なかったんだと思う。まるで、意図して数を調整しているみたいに」
アリアさんの言葉に目を見開く。無限にも思えるようなモンスターの群れ。同士討ちをしないモンスター達。魔法学でも、それらしい知識は基礎として出て来ていた。
「………召喚術、ですか?」
「えぇ。今回の件、何者かの手が加わってるかもね」




