51話
領主の元へ向かうと決めたとしても、すぐにという訳じゃなくて。私はただの冒険者だし、貴賓ですらないんだから、向こうの都合を待ってから向かうことになるはず。
なんて思ってた。ギルドが領主に連絡をしたら、今すぐ領主の館に来るようにと返事があったらしい。え、暇なの?なんて失礼な事を考えてしまったのは内緒だ。
「それだけ切羽詰まってるんじゃないかしら」
「………そんなに?」
「多分ね。この街は林業が始まってから発展したばかり見たいだし、今は仕事があるから冒険者が集まっているだけで、ここに定住している冒険者の数は少ないんでしょう。だから、今のうちに出来るだけ優秀な冒険者を取り込んでおきたいんでしょうね」
「………ダンジョンもあったよ?」
「飛行型ばかりが現れるダンジョンなんて誰も行きたがらないわよ」
馬車に揺られながら、私は領主の館に向かっていた。勿論、この馬車は領主からの迎えな訳だけど。ここまで手厚くされるとすごく申し訳なくなってくる。
定職に就くと言うことは、安定した生活は約束されるって言うのも分かってる。貴族に仕えれば、それこそただのCランク冒険者なんかよりもずっと良い暮らしが出来るだろうし。でも私はまだ、この世界の事を見て回りたい。だから、もし仕官の話であれば断らせてもらうつもりだった。
「それに、ギルドから連絡が行ったのならあのことも知ってるでしょうし」
「あのこと………粛清者を撃退したって話?」
「そうね」
「プライバシー保護の概念は無いの………?」
「討伐記録は仕事の実績よ?依頼主や同じ冒険者なら、ギルドを通して個人のモンスターの討伐記録を知る事だって出来るの。実績の伴わない見栄っ張りか、あなたみたいな少数を除けば討伐記録を知られて困ることなんて基本無いでしょうし」
「そ、そんな話聞いてないんだけど………」
じゃあフェリさんに折角大事にしてもらわなかった意味はあんまりないって事?なんて思ってたら、ルナがはっきりと頷く。
「無駄な時間稼ぎでしょうね。あなたは注目されてるんだから、その討伐実績も色んな人が気になってるでしょう」
「………うぅ」
ギルドで登録するときはそんな説明は受けなかったのに………ギルドにはサポートを受ける窓口と依頼を受ける窓口は別にあって、前者の方を一度でも利用していたらその時に説明されてたのかもしれない。
私にはルナがいるからいいや、なんて思わず話を聞いておくべきだったなぁ………
「というか、教えてくれても良かったじゃん………」
「別に教えても良かったけど………結局、あなたの実績を他人が見れるって事実は変わらないのよ?」
「それは………」
………まぁ、確かに。どちらにせよ、あの粛清者は撃退する事になっていただろうし………考えれば考えるほどどうしようもない気がしてきた。
「アリス、あなたも分かっているでしょう?この世界では力でしか解決できない事が沢山あるのよ。そんな世界で、『強い』というのはそれだけで何よりも目を引く価値だと言えるわ。今後の活動を通して、あなたはある程度の注目を浴びるのは避けられないんだから、そろそろ慣れなさい」
「ん………」
力でしか解決できない、というのは寧ろ一番実感した事だった。あの時は力が無いと絶対にどうしようもなかったし、今までもルナの力が無ければ何も出来ずに終わることばかりだった。
なら………今回みたいなことは一度や二度で終わるとも限らない。それに、高ランク冒険者は貴族から指名の依頼が来ることもあるらしい。だったら今回の事は、その経験の一つになるはず。
「そうね。そういう風に考え方を変えるのは大事よ。冒険者を長く続けるつもりがあるなら、貴族とのやり取りに少しでも慣れておくのに越したことは無いでしょうし」
「そう、だね………」
そんなことを考えつつ、馬車は大きな館の前に止まる。これが領主の………やっぱり凄い所に住んでるんだなぁ。と思いつつ馬車から降りる。すると、館の前で待っていた二人の執事服を着た男性が丁寧にお辞儀をする。
「ようこそ、アリス様。領主様のもとへ案内いたしますので、どうぞこちらへ」
「あ、はい………よ、よろしくお願いします」
私は執事さんに案内されて館の中へ入る。当たり前と言えば当たり前なんだろうけど、館の中は凄く綺麗で、高そうな調度品や装飾が沢山置かれている。エルリンの魔法使い連盟の支部は煌びやかって感じの豪華さだったけど、ここは落ち着いた雰囲気を感じる豪華さだった。
「あら、良い趣味してるわね。無駄に金色を使ったような悪趣味な装飾より、こういう品のある豪華さでいいのよ」
まぁ、生活するとしたら煌びやかな家は落ち着かないと思うけど。ルナって連盟の支部の事を酷評してたし、もしかして結構内装とかにうるさいタイプだったりするのかな。
「ネコは家につくって言うでしょう?家の内装にうるさくても変じゃないわ」
「でもルナは私についてるじゃん」
「それはそうね」
小さな声でルナと話す。もし本当にルナが家についてるとしたら、旅なんて出来るはずが無いし。というか、よく考えたら家につくからって猫が内装にケチ付けるのも良く分からないし。
そんなことを考えつつ、私は館の応接室に案内された。
「今領主様をお呼びしていますので、お掛けになってお待ちください」
「はい、分かりました」
執事さんに言われた通り、ソファーに座って領主様が来るのを待つ。やっぱり一般人とは住んでる世界が違うんだなぁって、座った時にふわりと沈み込んだソファーにそんなことを考えていた。
そして、私を案内してくれた執事さんがお茶を淹れてくれている様子を見ていると、肩にいたルナが私の膝に降りて腰かける。隣に座ればいいのになんて思ったけど、毛がついちゃうと大変なのかな。
「失礼ね。私に抜け毛なんてないわよ」
「え、ご、ごめん………?」
「私はここでいいわ。だって、私にしか座れない特等席だもの」
「そ、そう?………ルナがいいならそれでいいけど」
紅茶を飲みながら少し待っていると、ドアの方からノック音が聞こえた後で開く音がする。入って来たのは一人のメイドを連れた男性だった。年齢は多分………結構上の方だと思うけど、整った身なりがこの人が領主様なんだなと察するのは難しくなかった。
私はルナを抱えて立ち上がろうとすると、その男性は片手でそれを制する。
「座ったままで構わん。来てくれたことに礼を言う」
「あ、はい………え、えと、お初にお目にかかります。アリスです。よろしくお願いします」
「………ほう、丁寧な挨拶を期待していたわけではないが、良く出来ている。この街の領主、ロドン・ルーデナだ」
何となく、私の中で出来るだけ丁寧な挨拶を選んで口にしてみたけど正解だったみたい。勉強しておいて良かった、と思う反面変にハードルを上げて会話の途中で変な事を言ったらどうしよう、なんて不安も同時に込み上げてきてしまった。
ロドンさんが私の向かいの席に着くと、暫く私の姿をじっと見てから話し始める。
「話には聞いていたが、本当に若いな。だがその年齢で数々の魔法を無詠唱で使いこなし、更には粛清者として呼ばれたバジレクスを撃退………お前のような才能の持ち主は恐らく数百年と現れないだろう」
「お、お詳しいんですね………」
「お前の事については色々と噂を集めさせてもらった。オルムの広間で、子供たちに浮かぶ泡のショーを披露していたらしいな」
「あー………そう、ですね。そんなこともありました………はい」
「ふむ………少々内気すぎるようだが人当たりは悪くない。礼儀もまぁ、冒険者にしては弁えている方だな。お前のような力の持ち主は、もっと一癖も二癖もある奴ばかりだと思っていたが」
な、なんて返せばいいんだろう?そうなんですね?なんか違う気がする………この内気な所があれな部分だと思うだけど、それが一癖に含まれないあたり相当癖の強い人がいるんだろうか。
「そこで、今回お前を呼んだ理由だが………単刀直入に言うと、儂に仕えてもらいたい」
「………」
やっぱりそういう話なんだ………分かっていたけど、いざ持ち掛けられると緊張で咄嗟に言葉が出なかった。でもロドンさんは話は聞いていると判断したのか、言葉を続ける。
「この街はまだ発展途上でな。お前のような優秀な人材は重用できる。無論、そのために儂が用意できる最高の待遇を約束するぞ」
「………その」
言わなきゃ。自分の決めた意志を貫くなら、自分で行動しなきゃいけないんだ。一度深呼吸をして、真っ直ぐロドンさんを見る。そして、大きく頭を下げた。
「………ごめんなさい。その話は、お断りさせていただきます」




