50話
「…………」
少し遅めの朝の時間。私のギルドカードを読み取ったフェリさんが無言でマジックアイテムの画面を見ていた。
カードを見せる前、周りにバレないために「見ても驚かないでください」って頼んでいたから大きな声は上げていなかったけど、その表情は驚きなんて言葉は生温いと言わんばかりの目で私を見ていた。
「………驚いてもいいですか?」
「ダメです………」
「ダメですか………」
「あなた達なにを言っているのかしら?」
ルナが呆れたようにツッコミを入れる。もちろんそれは私にしか聞こえてないけど。すると、フェリさんは困ったように私の顔と画面を交互に見る。
「あー………そ、そうですね…………あー………」
フェリさんがどうしようかと悩むように視線を右往左往させる。凄く失礼だけど、普段の私ってこんな感じなのかなぁって少し思っちゃったり。
急に変なことを言った私も悪いし、落ち着くまで待とうと思っていたときだった。フェリさんの背後から、一人の男性が近づいてきていた。
「フェリ、なにをやっているのですか。ギルドの受付嬢ならば、滅多なことで動揺してはいけません」
「ぎ、ギルドマスター……!?で、ですがこれ………」
「分かっています。後は私が引き継ぎますので、あなたは次の冒険者の対応をしてください。…………というわけですので、アリスさん。申し訳ないのですが、少々お時間よろしいでしょうか?スコアの精算の他にも、あなたには幾つか話さねばならないことがありますので」
ど、どうしよう…………ルナにはギルドに深入りさせない方がって言われてたし、でも付いていかなきゃ手続きが………
「アリス、もうあの時とは状況が違うわ。確かにあの頃のあなたなら才能のある新人で済んでいたの。でもDランクでのダンジョンへの潜入に、粛清者の撃退………あなたの力に目を付けるのは、もうギルドだけに収まらないと思うわよ」
「ぅぇ…………?」
「とにかく、今はもうある程度は従っておいた方がいいわ。もっと面倒な相手に捕まるくらいなら、冒険者ギルドと密接になっておいた方がいいもの」
「…………わ、かりました」
「はい。ではこちらへどうぞ」
ギルドマスターに案内されて、私はギルドの奥へと入っていく。普通の冒険者はギルドの職員エリアは原則立ち入り禁止だと聞いていたから、勿論見るのは初めてだ。
緊張しながらも通された先はギルドマスターの執務室。
「どうぞお掛けください。後、あまり緊張せずに楽にしていただいて構いませんよ。これは貴族との面会などではありませんので」
「は、はい………」
あ、無理だ。緊張しないでって言われたけど、するに決まってる。
ガチガチになりがらソファーに座った私を見てギルドマスターは苦笑を浮かべ、カウンターにあったのと同じマジックアイテムで何かの作業を始めていた。
「あの蛇に立ち向かったときのあなたはどこに行ったの?」
「人と話すときは違うの…………!」
小さな声でルナと話す。それにあの時はもう怖いとか言ってられないくらい余裕が無かったし…………すると、不意にギルドマスターが顔を上げて話し始める。
「名乗るのが遅れてしまいましたが、私はこのオルムのギルドマスターを務めているジインです。よろしくお願いします、アリスさん」
「あっ、よろしくお願いします………」
「ところで、今回のダンジョン攻略で粛清者を撃退したとのことですが、具体的にどのモンスターだったのでしょうか?カードも万能ではなく、粛清者はそのランクまでしか記されないのですよ」
作業をしながらもそう尋ねてくる。具体的にって言われても名前も分からないし………
「え、えっと…………名前は私も分からないんですけど、黒くておっきな蛇でした」
「…………ふむ。恐らくバジレクスでしょうかね」
「な、名前が強そう…………」
「えぇ。実際Sランクの中でもそれなりに高い戦闘力があると言われます。近年見つかった種なので、あまり名前は広まっていませんが」
ジインさんはそこで言葉を切って、私に視線を向ける。
「しかし、アリスさん。あなたはそんなモンスターと戦い撃退した。それは他でもないバジレクス自身が、あなたと戦えばただでは済まないと判断したからです。戦意を失ったのですから恐らく相当な痛手を負ったのでしょう。大体、どれほどのダメージを与えたのですか?」
「えっと………尻尾を切っただけですけど……」
「切った………バジレクスはかなりの巨体を誇るモンスターだったはずですが?」
「は、はい…………おっきかったです」
「…………これはまた、とんでもない新人が現れたものですね」
やれやれ、と言うように首を横に降ったジインさんはカードを私に返し、言葉を続ける。
「改めて、ダンジョンからの帰還おめでとうございます。正直なところ、アリスさんにはBランク…………いえ、すぐにでもAランクとして活動してもらいたいのですが、規則ですのでそう言うわけにもいきません。なので、Cランクの試験をまずは受けていただきたいのですが…………」
「Cランク!?も、もうですか!?」
「はい。前回からの試験から約2ヶ月ですので、合格すれば間違いなく最速最年少のCランク到達となるでしょうね」
最速最年少…………ランクは出来るだけ上げたいけど、流石に早すぎるんじゃ?Cランクともなれば一流と言われるけど、私はとても今の自分が一流の冒険者だとは思えない。
もっと経験を積んでからの方がいいんじゃ?っていうのが正直な気持ちだった。
「ど、どうしよう…………」
「試験資格はカードに登録されるので、受けようと思えばどこの冒険者ギルドでも受けることが出来ます。急ぐ必要はありませんが…………一つ質問なのですが、アリスさんは旅をされているのですか?」
「えっ?あ、はい…………そうですけど…………」
何でそんなことを聞くんだろう?と思いながら頷くと、ジインさんは難しい顔をして顎に手を添える。
「ふむ…………アリスさん」
「え?…………な、なんですか?」
「あなたにこの街の領主様から面会の要請が来ています」
「……………えっ?」
領主が?私に?なんで?領主と冒険者なんて、全く関わりがない存在なんじゃ…………
「いいえ、寧ろその逆よ。よく考えてみなさい。モンスターと言う危険が蔓延るこの世界で、その討伐を生業とする冒険者の存在はとても重要な存在なのよ。それにモンスターの素材は経済への影響も大きいもの。だからこそ、ギルドは様々な国や貴族の支援を受けて全国規模で支部を展開出来ているんだから」
そう言う構造だったんだ…………全く気にしたこと無かったけど。
「まぁ経済の話はあなたには関係がないのは事実ね。でも、貴族達には重要なことだと言うのは流石に分かるでしょう?脅威となるモンスターが現れた時の切り札、貴重なモンスターの素材による経済の発展…………それらを考えたとき、優秀な冒険者を自分の元に繋ぎ止めておくのに最も簡単な方法はなんだと思う?」
ここまで言われて、ようやく私も何故呼び出されているのか理解できた。つまり、冒険者を…………今で言うと私を部下として雇いたいってこと?
「使い魔との密談は結構ですが、私がいることを忘れていないでしょうか?」
「え?あっ!?すみません!!」
「私は構いませんが、領主の前でそれは失礼になりますので控えてくださいね」
「え、いや、あの…………わ、私行くとは一言も…………」
「アリスさん。この呼び出しの相手は他でもない領主様です。私の立場からこんなことを言いたくはありませんが、要請と言う名の半強制だと思っていただいて構いません。もし断るのであれば、最悪この街にはいられなくなると思った方がよろしいかと」
そんな…………それは困る…………あれ?困るかな?困る…………うん?もしかして困らない?今から移動のための馬車を見つけるのは大変だけど、前も当日だったし…………もうお金は十分過ぎるくらい貯まったし、正直いつ街を立っても問題はない気がしてきた。
「………と言っても、空間魔法で荷物を心配する必要もなく、この街に定住しているわけではないあなたには大した問題ではないかもしれませんが」
「…………あ、あはは」
「ですが、ギルドマスターの立場から言わせていただくと、ここで貴族との余計な因縁を作る必要はないと私は思います。場合によっては別の問題が起こるかもしれませんが…………無視をするよりは良いはずです。ですので、どうか前向きにご検討ください」
「………………」
行かないという選択も勿論ある。ルナに教えてもらってたけど、もしも貴族とトラブルになったら、地位が絶対視されるこの世界ではろくな結果にならないって。でも…………
「………わ、分かりました」
「では?」
「い、行きますと、伝えてください………」
失うものがあるのなら、逃げないって決めたばかりだ。どちらにしてもあまり良い結果にならなくても、向き合わずに0点を取るより向き合って10点を取った方が良いはずだ。
「はぁ…………」
けど…………人と接するのは、案外戦うことよりも大変なんだなぁって思った。




