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46話

「逃げろっ!!!!」


 ガウスさんの怒号で私達は駆け出す。階段のあった方向とは真逆だけど、もはやそんなことを気にしてられる場合じゃなかった。

 私達が逃げ出すと同時に、背後から私達を追う気配が迫って来る。私はこの世界に来る前………最期に学校を逃げ出したあの日と同じか、それ以上に全力で走っていた。


「はぁ、はぁ………!!」

「くそっ………こんなところで………!!」


 先頭を走るガウスさんが右に曲がる。それに続いて右に曲がり、次は左へ。粛清者が現れた影響かは分からないけど、道中にモンスターの姿はなかった。でもどこへ続いているかもわからなければ、もう見つかっている以上は小部屋に隠れる事も出来ない。どうにか撒いて視界から外れれば………!


「無駄よ!慌ててドアに飛び込んだところで、その時の音で気付かれるわ!」

「じゃあ、どうすればいいの!?」

「今はもうとにかく走って相手が諦めるのを待つしかないわ!………………本当に不味いわね」


 肩にいるルナがぼそりと呟く。その切羽詰まった声に私は疲れとは別の汗が流れた。焦る気持ちが肥大化し、呼吸が乱れていく。

 その途中、背後で蛇が低く唸る声。そして火籠とは別の紫の光が通路を照らし、私達は咄嗟に別の道へ入る。直後に私達が通っていた道を紫の光線が横切り、この広いダンジョン全体が大きく揺れる。


「っ………お願い!」


 更に通路を曲がって追ってきた蛇に、後ろに杖を向け光弾を発射する。必殺のイメージは勿論捨てて、とにかく少しでも動きが止まってくれればと願って。でも、それは蛇の頭に命中したのにも関わらず、全くダメージを負った様子がない。それを見た私は目を見開いて叫ぶ。


「な、なんで………!?」

「まだ戦いに慣れ切っていないあなたじゃ、Sランクモンスターにダメージを通せるほど確固たるイメージを作り出せていないのよ!良いから逃げることに専念しなさい!!」


 動揺していたところをルナに怒られる。ルナがここまで語気の強い言葉を使うのは初めてな気がする。そうして私達はダンジョンの中を逃げ続けるうちに広い部屋に出てしまう。

 火籠では周囲を照らしきれないほどに大きな部屋で、私達は必死に出口を探す。どこに次の道があるの………!!


「………ルナ!!」

「…………そうね。教えてあげるわ」


 ルナがさっきまでと打って変わって急に冷静な声で答える。けど、私は逆にそれがどうしようもなく怖かった。ガウスさんも回復したばかりだから、もう限界だというように息を荒げる。早くしなきゃ………そう思っていた時、突然この部屋が明るくなる。部屋の壁にあった幾つもの壁掛け松明に、何故か火が灯ったからだ。そして、私達が入って来た入り口の奥に金色に輝く瞳がぼんやりと浮かび上がった。


「っ………」

「ここは言わば処刑場………勿論、このダンジョンへ足を踏み入れた侵入者のね」

「そ、んな………」

「ちくしょう………!ここまで来て………親父も見つけたってのに………!!」


 アウルさんが唇を噛む。そうして、大蛇は私達の前にその全容を表した。見上げなければ顔が見えない程の巨体と、全身から放たれる圧倒的な気配。影に溶け込むような漆黒の鱗と、黄金に輝くその瞳はただ目を合わせるだけでも体が硬直してしまうほどの殺気を放っていた。

 

「シュー………」


 蛇らしく舌を出して、低く息が抜けるような音が聞こえる。私達は一歩後ずさり、周囲を慌てて見渡す。けれど、もう出口らしい出口は何処にもなくて。ここから逃げるには、蛇の後ろに回り込んでさっきまで来た道を戻らなきゃいけない。

 この蛇の目を掻い潜って?そんなの無理に決まってるじゃん。


「アリス」

「な、に………わ、私………」

「一つだけ、方法があるわ」

「っ!」


 私はルナの言葉に耳を傾ける。こんな絶体絶命の状態から逃げられるルナの秘策。彼女が言った事は常に正しかったし、私はルナが居なかったらとっくに死んでいた。

 今回もルナなら私を助けてくれるはず。そんな期待を抱いて――――


「二人を囮にしなさい」

「………なん、て?」

「二人を見捨てて逃げなさい。このモンスターは優れたハンターだから、弱い獲物を優先して狙っているわ。この中で最も弱いのは手負いのガウス、その次がアウル………一番強いのがあなたよ。アウルに強化を掛けて囮にすれば、あの短剣を使って逃げ切れるはずよ」

「な、何言ってるの!?そんな………そんなことできないよ!!」


 私の叫び声を聞いても、二人はこっちを見る様子が無かった。そんな余裕が無いんだろう。もしかしたら、聞こえてすらいないのかもしれない。そんな二人を他所に、ルナが怒鳴り返して来る。


「これはあなたのためよ!もう全員が無事に帰れるなんて甘い事を考えるのはやめなさい!三人纏めて全滅するくらいなら、一人でも生存者が増えた方がいいに決まっているでしょう!?」

「だからって………そんなこと………」


 ここまで来たのに。助けるって決めたのに。折角、お友達が増えたと思ったのに。約束を………したのに。私が生き延びるために、二人を犠牲にしなきゃならないの?

 私は生きたい。死ぬのも怖い。まだやりたいことはある。でも、それは二人も一緒じゃないの?止まったような時間の中で、色んな葛藤が頭を巡る。呼吸が浅く、そして早くなっていく。


「はっ………はっ………」

「アリス、私だってそんなことを望んでるわけじゃないわ。でも、このモンスターを相手に何の代償もなく逃げ切れるなんて、最初から無理だったのよ」


 ルナの諦めたような声。そんなこと言わないでよ。ずっと私を導いてくれたあなたがそんなことを言ったら、私はどうすればいいの?本当に二人を見捨てて逃げるしか………そんな方法でしか、私は生き延びれないの?


「そうよ。だから迷ってる時間なんてないわ。早く逃げる準備をしなさい」

「そんな………そ、んな………」


 品定めするように、蛇は後ずさる私達をゆっくりと壁際に追い詰めていく。少しずつ唯一の出口との距離が遠ざかり、絶対に逃がさないというようだった。

 賢く、大きく、そして何よりも強い。アースドラゴンと対峙した時とは比べ物にならない危機感に襲われる。束になって掛かっても、私達はまるで虫のようにただ踏みつぶされてしまうだろう。

 逃げるしかない。でも、ただで逃がしてくれるはずがない。私はようやく理解してしまった。ルナの言葉を。


「そうよ。これからあなたはまだまだ強くなれるわ。いつかこんな事態でもどうにか出来るくらいに。でもこれは………これは不幸な事故だったのよ。理不尽でどうしようもない事故。あなたのせいではないの。だから逃げなさい。後悔なら後でいくらでも出来るけど、死んでしまったらもう何も出来ないのよ」


 ルナが最後の一押しというように優しく囁く。残された道はそれしかない。それを理解した私は、ゆっくりと答えた。




「………嫌だ」

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