32話
「ん…………ん~っ…………」
いつもの時間に目を覚ました私は大きく伸びをする。早めに寝たけれど、思い返すと昨日は色々あった。
アースドラゴンを討伐したことをギルドに報告をした私は、当然のように周囲の注目の的になってしまった。早めに帰ったにしてはかなり多めの報酬を貰ったあとは逃げるようにギルドを出たせいで、まだあの亡骸をどうするかは全く決められてない。
「おはよう、お姫様」
「おは…………お姫様はやめてってば」
「ふふ。おはよう、アリス」
「…………おはよ」
朝から元気なルナに少し呆れながら、私はそっと彼女の頭を撫でる。今日はどうしようかな………周りの反応から察するに、Bランクの竜種に単独で勝利したというのは相当な出来事なんだというのは分かった。
となると、今日また仕事に出たら更に目立っちゃうような………
「今更過ぎるわ。もう天井に着いてると思うわよ」
「………だよね」
それもこれも、あそこへ行く度に色んな事が起こるからだけど。おかげで金銭的にはかなりの余裕が出来たというか、正直暫くは働かなくても良いくらいの貯蓄になったけど………それじゃ旅に出た意味があんまりないし、いつまで経ってもランクは上がらない。それに、今はいくつかやることもあるし。
「ルナ、倒したモンスターってどうするのが普通なの?」
「解体して使える素材を得たら、その後は人次第かしらね。職人に素材を渡して装備を新調したり、ギルドか商人に買い取ってもらったりするのが多いと思うけど」
「う………か、解体………」
「別に解体は必ず自分でやる必要は無いわ。そう言った仕事を専門に請け負う人たちもいるはずだから。素材を着服されないために、頼む相手は選んだ方がいいけれどね」
「そっか………」
じゃあ、まずは解体屋さんを見つけないとダメかな。冒険者が集まってる街だし、幾つかはあると思うけど………
「竜種のモンスターは捨てるところが無いと言われるくらいには貴重なの。その硬いウロコだけじゃなくて、骨や内臓、肉にだってかなりの価値があるとされているわ。その分、欲に目が眩んでしまう人も多いから、なるべく評判が高くて信用できる人を探しましょう」
「うん」
流石に私が倒した相手の素材を盗られるのは嫌だ。ギルドには多分冒険者がお世話になる職人の情報が入って来てたりするだろうし、今日はそういうのを探す日でも良いかもしれない。
「そうね。どの道必要になるんだから、早めにやってしまった方がいいわ」
「分かった。それじゃあ、準備するね」
私はベッドから降りていつものように着替え、髪を整えたらルナを腕の中に抱いて部屋を出た。正直、ルナくらいはっきりとした人格があるなら抱っこは嫌がるんじゃないかなって思ってたんだけど、特にそんなこともなく私の腕の中に大人しく収まってたりする。
「私はネコだもの」
「抱っこを嫌がるネコも多いよ?」
「私は抱っこを嫌がらないネコなの」
「お~、そうなんだ」
もうこんなやりとりにも慣れてしまった。そんな会話がありつつ私は街に出てギルドへ向かう。もう慣れた道のりだし、特に何かある訳じゃないけど。途中で最近よく買ってるパンを買って朝食にしつつ、ギルドに到着したのは人が一番多い時間帯だった。
入ったら絶対また変な視線を集めると予感し、私はそっとローブのフードを被る。しかし、その瞬間に後頭部をルナに叩かれてしまった。
「その癖はやめなさいって言ってるでしょう。というか、どうせ私がいるんだから顔を隠しても無駄よ」
「だ、だって………」
「はぁ………まぁいいわ。とにかく中に入りましょう」
ルナに言われ、私はギルドへと入る。けれど、ルナの言った通り黒猫を連れている少女なんてあまりにも分かりやすい特徴があるからか、すぐに幾つかの視線が向けられたのが見えた。
私は少しフードを深く被りつつ、人が多く並んでいるカウンターに向かう。ギルドでは依頼を受ける以外にも、街での活動で冒険者にとって有益な情報を提供してくれたりもする。
「あっ………前譲りましょうか?」
「えっ!?あ、いえ!だ、大丈夫です!」
突然前に並んでいた男性にそう声を掛けられ、私は慌てて首を横に振る。変に気を遣われるのは慣れないし、そもそも今日は別に急いでいる訳じゃないし。
「そうですか………あー………アリスさんですよね?」
「え、あ、はい………そう、ですけど」
「昨日の話、僕も聞きました。アースドラゴンを一人で倒しちゃうなんてすごいですね」
「あ、えと………あはは………ありがとうございます」
「もしかして、今日もお仕事を?」
「いえ………今日はドラゴンの解体を頼める職人を探したくて」
「なるほど………確かに、ドラゴンともなればその素材も貴重ですもんね」
男性は納得したように頷く。まぁ、その通りではあるんだけど………そう思いながら私もぎこちない笑みを返すと、私の後ろに誰かが並んだ気配がする。けれど、照明の明かりが遮られて影になるのを見て相当大きな人だと直感して、同時にそんな人物に心当たりがあった私は振り返る。すると、その人も私の方を見ていてすぐに目が合った。
「エルクさん。おはようございます」
「あぁ。おはよう、アリス」
穏やかな笑みを浮かべて挨拶を返してくれたのは、やっぱり思っていた通りの人物だった。屈強な肉体を持つ割合が多い冒険者の中でも、一際目を引くほどの体格を誇るエルクさん。その隣にはルインさんの姿もあって、私を見ると軽く手を上げて挨拶をしてくれた。私も小さく会釈をして返すと、エルクさんを見上げた。
「エルクさん達はお仕事ですか?」
「その予定だったけどね。さっきの話が聞こえてきたんだが、アースドラゴンの解体を依頼するつもりなら俺達に任せてみないかい?」
「えっ………エルクさん達にですか?」
「あぁ。これでも冒険者歴は長いし、アースドラゴンではないが竜種の解体も何度か経験はある。君が信用してくれるのであれば、その解体を引き受けたいと思ってね」
「い、いいんですか?」
「勿論だ。困った時にはお互い様だろう?」
エルクさんはそういうけど、ルインさんはどうなんだろう。そう思って彼に視線を向けたら、ルインさんも無言で頷く。てっきり嫌われているかと思ってたけど、そんなことは無かったらしい。
だったら知らない人に任せるよりはエルクさん達に任せる方がいいかな、と私は考えて頷く。
「えっと、依頼料は………金貨2枚、とかでどうですか?」
「いやいや。まさか友からの解体を引き受けるだけで、そんな大金を受け取れるわけがないだろう?そうだな………じゃあ銀貨6枚でどうだろう?」
「分かりました。じゃあ、お願いしても良いですか?」
「決まりだ。じゃあ今から解体を始めようか。ギルドの解体場があるから、そこを借りよう」
エルクさんの提案に私は頷く。けれど、エルクさんが私の事を「友」だと呼んでくれたことに、私はどうしようもなく嬉しくなっていた。そうして列を外れてギルドの外へ向かうと、私の肩にいたルナが声を掛けて来た。
「良かったわね。竜の解体に銀貨6枚なんて、破格も良いところよ」
「………そ、そうなの?」
「えぇ。大きさを考えればそれだけで金貨1枚………素材を着服されないために、更に金貨を2枚出しても良いくらいだもの」
ルナの言葉に私は絶句する。同時に、エルクさん達への感謝の気持ちが大きくなった。改めて感謝を言わなきゃ、と思いながら二人に付いて行くと、ルインさんが振り返って声を掛けてくる。
「………一人で討伐したと聞いた」
「あ、はい………えと」
「アースドラゴンが現れたにも関わらず、犠牲者が出なかったのはお前のおかげだ。俺はそれに敬意を持っている。煩わしい声や目は増えるだろうが、堂々とするといい」
「………はい、ありがとうございます」
ルインさんの言葉に、私はそっと笑みを浮かべて頷く。こう言ったら失礼なんだろうけど、言葉を伝えるのが苦手な私と同じタイプの人なんだろうなって思って、少しだけ親しみを感じた。
ルインさんはすぐに顔を逸らして前を見てしまったけど、エルクさんはそんなやり取りを見てニコニコとしていたのだった。




