31話
先に動いたのはドラゴンだった。喉から淡い光が漏れていると思った次の瞬間、巨大な火球を放ってくる。
「っ」
見た目は森のイメージだから火を吹くのは意外だったけど、なにもしないわけにはいかない。結界を作って火球を防ぐと、地面を踏みしめ突進の構えを取っているドラゴンの姿が映った。
「大地よ」
あの巨体で突撃されれば、私なんて九死に一生すらないだろう。けど、単調な攻撃ならそれだけ手の打ちようもある。
ドラゴンが走り始めた直後、私は杖を振り下ろす。
「『落ちて』」
その言葉と共にドラゴンのいる辺りの地面が1mくらい陥没する。全速力で走っていたドラゴンは生まれた段差に足を引っ掛けた。
「グオオオオオオ!?」
驚きの声を上げながら、地にその体が倒れていく。でも、本当の狙いはここから。
まだ待機している光の鳥同士を鎖で繋ぎ、それを体勢を崩したドラゴンの体に引っ掛け……
「引いて!!」
その巨体を綱引きのように鳥達が引っ張り、私とドラゴンの距離を引き離していく。そして更に2羽の鳥を繋ぎ、引っ張られながらも立ち上がろうとしたドラゴンの足を鎖で引っ掛けた。
「グオオォ!?」
その巨体はまた地面に倒れこんで引きずられていき、それでもまたすぐにまた立ち上がろうとする。
もう一度足を狙った鳥は火球によって壊された。そして完全に立ち上がったドラゴンは体に引っ掛かっていた鎖を引きちぎり私へ怒りを込めた咆哮を放つ。
「グオオオオオ!!」
けれど、私は幾分か余裕が出来て冷静になれていた。いくら私が魔法の使い方が違うと言っても、魔法使いなのは代わらない。
敵が近くにいる状況より、相手との距離は遠い方が有利だった。ここからは私の番だ。
「…………アリス、構えなさい!!」
そんな私の考えは、ルナの切羽詰まった声で掻き消されてしまった。あのルナがここまで慌てていることに、呆けたような声が漏れる。
「えっ……?」
「ドラゴンブレスが来るわ!」
私がハッとしてドラゴンの方をみると、その口内に眩い光を作り出していた。その熱は途方もないのか、それだけで周囲の景色が熱によって揺らいで見える。
ドラゴン系モンスターの代名詞であると同時に、必殺技であるドラゴンブレス。上位のドラゴンともなれば、一撃で堅牢な城壁を消滅させるほどの威力だと言う。
その絶大な威力故に暫くブレス系の攻撃が出来なくなる代償があるけれど、そんなデメリットなど関係がないと言われるほどの絶対的な力。
「っ…………!」
杖を前に向け何枚もの結界を作って、それを一枚に重ねていく。けれど、私の足は微かに震えていた。
誤魔化していても、やっぱり怖いものは怖い。死の恐怖を目の前にすれば隠しきることは出来なかった。
「アリス。怖がらないでとは言わないわ。けれど、せめて心は強く持ちなさい。あなたが生きるために」
「………うん!!」
怖いからって生きるのを諦めたら何のためにこの世界に来たのか分からなくなってしまう。
震える足を前に一歩。力を込めて地面を踏みしめる。
「グオオオオオオオオオオ!!!!!」
直後、ドラゴンは極光を放つ。それは大地を一瞬にして削り、周囲の木々が大きく反れるほどの巨大な熱線だった。
「っ…………ぐぅぅ……!?」
それが結界にぶつかった時に感じる、この重さ。私の結界は明らかに押されていた。一枚目は呆気なく破られる。私の周りの温度が急激に上がって息が苦しい。二枚目も少し時間を置いて破られる。
「ダメだ…………!」
この時点で私は予感した。このまま真正面から防ぐのは不可能だと。なら、まず受け止めるということをやめなきゃいけない。私は空いている左手をドラゴンの方へと向ける。
「お願いっ!!」
私の声と共にブレスを放つドラゴンの頭の下に魔法陣が現れた。そして私が左手を上に掲げると、魔法陣から放たれた光の柱がドラゴンの顎を直撃する。
「ガッ!?」
その一撃でドラゴンの頭が大きく逸らされて天を向き、当然放っていたブレスも同時に空を薙いで軌道上を漂っていた雲を分断してしまう。
その威力を見て私は戦慄する。けれど、同時に凄くホッとした。
「あ、危な…………」
そこで丁度ブレスのエネルギーが切れたようで天を射抜いていた光が途絶える。
しかし、ドラゴンは自分の必殺技を防がれた事に激怒したらしい。鋭く目を血走らせ、私を睨みつけてくる。そして地面を強く踏みつけて姿勢を低く構えていた。
「来るわよ」
「分かってる!」
ドラゴンブレスを使ったから、もう火球などの攻撃はしてこない。なら、ドラゴンに残された攻撃はその巨体を使った突進のはず。
けど、もう転ばせようとするのは見切られると思っていい。鳥たちも警戒されているから下手に使ったところで無駄になるだけだと思う。
なら、ここからは真っ正直からのぶつかり合い。
「………いくよ」
私の足元に大きな魔法陣が浮かび、蒼白い光の剣が無数に現れる。その切っ先が次々とドラゴンを向いていくけど、ドラゴンはその太い尻尾で地面を叩いて一気に加速しながら突っ込んでくる。
「『放て』!!」
光の剣たちが一斉に発射される。それらは軌跡を残しながら剣の波となって次々とドラゴンの体に突き刺さる。そして突き刺さった剣は淡い光を放ち、巨大な体表で次々と爆発を起こしていった。
「グオオオオオオォォォォッッッ!!!!」
身体に大量の剣が突き刺さっては爆発し血を吹き出す。それでもドラゴンはその速度を落とすどころか更に加速し、全霊の咆哮を放って私を押し潰そうと駆ける。その速度はとても逃げ切れるものでもなく、どう避けた所で軌道を変えられて轢かれるだけだろう。
私は更に剣の数を増やし、ドラゴンはその身体をボロボロにしながら走る。ついに私の足元に地響きが伝わるようになってきた。ドラゴンの殺気が更に増したように思える。
けれど、私は対面するそのドラゴンの瞳の中に怒りを感じた。竜という賢い生物だからこその、瞳に宿る感情。
「ごめん………!!」
私たち人間は、彼らの住処を荒らす存在だ。その怒りは真っ当な物だし、だからと言って私にはどうする事も出来ない。それでもやっぱり私は人間で、守るべき存在は同じ人間と自分だった。
「っ………!」
もう時間はない。あと十秒もないうちに距離は0となってしまう。そこで更に数百以上の剣が現れ、一斉に発射される。そんな剣の嵐に呑まれたドラゴンは、その大地を背負ったかのような背中に無数の剣が突き立てられ一斉に爆発を起こして外郭と背負った大樹を吹き飛ばす。
その瞬間、ドラゴンが踏み出す足が止まる。血走っていた目は白目を剥き、ついに力尽きたのは誰に目にも明らかだった。
それを見た私は、ふっと脱力する。けど、その次の瞬間の事を考えて息を呑んだ。
「あっ………」
ドラゴンの巨体は慣性に従って私の方へと滑って来る。その重量と速度を考えれば、どう考えても私にぶつかってくる。焦って結界を張ろうとしたその時だった。
「ふんっ!!」
私の背後から飛び出した大きな人影が、なんとこちらに目掛けて滑走するドラゴンの亡骸を受け止めたのだ。
「ぬぅん………!!」
私がそれに驚いたのも束の間、見覚えのあるその人の鍛え上げられた背筋が隆起して低い唸り声を上げ、次の瞬間にはピタリとその勢いが止まってしまった。衝撃の出来事が続いたのと、さっきまでの緊張の糸が一気に切れたのもあって、私はその場にへたり込む。
「大丈夫かい、アリス」
「だ、大丈夫、です………ありがとう、ございます。エルクさん」
「なんてことないさ。しかし驚いたな。アースドラゴンが出たと聞いて急いで駆け付けたんだが、まさか君一人で倒してしまうとは。同じBランクの冒険者でも、ソロで討伐するのは難しいと言われているんだが」
「あ………危ない、ところでしたけどね………」
感心したように言うエルクさんだけど、私はそっちから目を逸らしてしまう。勿論、それはエルクさんがいるからとかじゃなくて。その後ろにあるボロボロのドラゴンの亡骸があまりにも痛々しくて直視できなかったからだ。
やった本人が何を、と言われても仕方ないのは分かってる。でもやっぱり命を奪うのは慣れないし、それが凄惨なやり方なら尚更だった。
「………それにしても立派な竜だ。永い時を生きて来たのだろう」
「そう、ですね………」
「ふむ………この亡骸は街に持ち帰るだろう?竜の素材は貴重だし、アースドラゴンともなれば多くの使い道がある」
「………えっと」
そう言われても………と私はアースドラゴンを興味深そうに見つめるエルクさんの後姿をチラチラと見るだけで、まともな返事が口に出なかった。
けれどその時、私の肩にいたルナが私の名前を呼んだ。
「アリス」
「えっ………と」
「あなたが決めて戦ったのよ。なのに命を奪ったことに後ろめたさを感じて、目を逸らす方が相手への侮辱でしょう。誇れ、とまでは言わないわ。それでも、目の前の相手と対峙したという事実は受け止めなさい」
「………」
ルナにそう言われ、私は無言で手をぎゅっと握りしめて、ゆっくりと視線をアースドラゴンへと向けた。私の攻撃のせいでその身体はボロボロになっているけれど、それでも生きていた頃の圧倒的な力強さは損なわれていないようだった。
そして、私はゆっくりとその亡骸に近付いてエルクさんの隣に並ぶ。
「命を賭した戦いの勝者として、その命を価値あるものにするためにも、この亡骸はあなたのために使うべきだと思うわ。それが、生存競争に勝利した者が相手から命を得るという行為だもの」
「………うん」
誰だって、何かの命を奪って生きている。直接的じゃなくても、そうしなきゃ生き物は生きていけないようになっているから。
だから、私はこの命を奪った者としてそれを無駄にしないためにも、得られるものは敬意をもって、最大限使わなきゃいけない。
「持って帰ります………エルクさん、来てくれて本当にありがとうございました」
「いやいや。まさか一人で戦っているとは思っていなくてびっくりしたよ。無事でよかった………それより、この亡骸を持ち帰るのなら道具や人員を用意しなければいけないね」
「あっ、それは大丈夫です………こうやって」
私はいつもの魔法でアースドラゴンの亡骸を仕舞う。唐突に目の前から消えた巨大な亡骸に、エルクさんは驚いて小さな声を上げていた。
「く、空間魔法か………そういえば旅の途中でも使っていたが、まさかあんな巨大なものまで収納できるとは………やはり君の魔法使いとしての能力には驚かされるね」
「あはは………えと、エルクさんも護衛のお仕事を?」
「あぁ。とはいえ、ここから離れた区画だけどね。そのせいで、駆け付けるまで随分と時間が掛かってしまった。天を射抜くブレスが見えた時には、どうなった事かと思ったが」
「あ~………あれは危なかったですね………」
「ドラゴンブレスを凌ぎきるだけでも偉業さ。『人は竜の息吹を二度見ることは無い』とまで言われているんだからね」
そんな会話をしつつも、取り敢えず戦いも終わったからそれぞれの持ち場に戻って指示を貰おうという事になった。折角の再開だから、すぐお別れになってしまって少し寂しい。でも、泊ってる宿を教え合ったから、時間がある時は話そうと言ってくれた。
そうして私は持ち場の区画へと戻っていく。とても疲れたけど、何となく私の中で何かが変わることが出来たような気がした。
持ち場に戻ったら、樵の人たちや私の代わりに区画の護衛に来ていた冒険者の人たち全員に心配されて、アースドラゴンを倒したと伝えると大騒ぎで持て囃された。
その時はもはやお祭り騒ぎと言っても良い程で、私はそのテンションについていけなかったけれど。色んな人から労わりの言葉や感謝の言葉を掛けられながら少し休憩した後、結局私はその日は疲れただろうから帰っていいと言われその日の仕事は終わった。
後はあのアースドラゴンの亡骸をどうしようかと考えながら、私はギルドに入ったのだった。




