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30話

「はぁ………」


 次の日の正午。私は樵さん達の仕事場で木に背中を預け、パンを黙々と食べていた。その途中で小さくため息を付いたのは、昨日のことを思い出したから。

 杖のお店に入った私は、すぐに一人の老人と目が合った。そして私が挨拶をしようとするより早く、その人は………


「お前さん程の魔力を持った魔法使いに見合うような杖はうちにはない。帰ってくれ」


 そう言って、私を追い返そうとしてきたのだ。流石にあんまりだと思って、委縮しながらも話を聞いてもらえないかと頼んでみたけど全く取り合ってもらえず。

 最終的に「客に不相応な杖を売れというのか!!」と怒鳴られた私は泣きそうになりながら店を出た。というか、宿に帰ってちょっと泣いた。


「歴の長い職人には、ああいう変なプライドを持った人もいるのよ。あまり気にしない方がいいわ」

「………うん」


 けど、この世界に来てから怒鳴られるなんてことは初めてで、自覚があるほどに私は落ち込んでいた。

 

「…………ルナ。あの人が言ってた魔力ってなんのこと?」


エルリンに初めて入った時にもライルさん達がそんな話をしていたんだったと今になって考える。

 結局その後ルナからは何も聞いていないし、私自身その事を忘れてしまっていた。ルナの魔力、だったら分かるけど………


「そうね。そろそろ伝えてもいいかしら………確かにあなたの魔法は私を通して使っているし、その魔力リソースも私だけど………あなた自身、常人では考えられない程の魔力を持っているのよ」

「………え?」

「驚くと思って黙っていたの。その魔力は、それこそ数百年に1人現れるかどうかくらいの素質よ」

「………え?え?そんな………なんで………?」

「なぜと言われても分かる訳が無いでしょう?あっちの世界にも稀に魔力を持った人間はいるけれど、それも雀の涙くらいよ。あなたほどの魔力の持ち主が生まれるとは私も思っていなかったもの」


 どうして?なんて考えてもルナが分からないのに私が分かるはずがない。けど、それが本当なら………


「ねぇ、ルナ。もしかして、私をこの世界に連れてきてくれたのって…………」

「全くの無関係だとは言わないわ。少なくとも、その魔力が無ければあなたをこの世界に連れてきていなかったのは事実よ。けれど、ここへ連れてきたきっかけはあなた自身の望みであって、最初からそのつもりがあったわけじゃないわね」

「そっか…………」


 魔法学の基礎で、魔力は親から子へと受け継がれるものだと言うのは学んでいた。そうなると、私のお父さんとお母さんはどうなんだろう。


「無かったわよ。これっぽっちもね」

「うーん…………?」

「悩んでも無駄よ。私だって分からないんだもの」


 じゃあどうしようかな…………また今日みたいなことがあったら嫌だ。

 他人の魔力を感じ取るのも才能で、これは後天的に身に付けることは出来ないというのも魔法学で学んだことだ。回復魔法の使い手以上に稀で、出来る人は本当に珍しいみたいだけど…………


「実力を見せれば納得してくれるでしょう。もし過去のことを聞かれても、話す義理なんてないんだから黙っておけばいいのよ」

「じゃあ、ルナはなんで誰にも魔力のことを言われないの?」

「私は魔力を隠しているのよ」

「………それどうやってるの?」

「魔法じゃなくて技術の1つだから、自分で身に付けるしかないわね」


 そう言われて私は顔をしかめる。別に努力したくないわけじゃないし、努力で身に付くのならやるけど…………魔力がどんなものかは知識としか知らないし、私は自分の魔力を感覚として捉える事も出来ない。

 自分でいうのもあれだけど、私がそんな魔力を持ってるのが事実だとしても、今のところは宝の持ち腐れになっていると言うことだ。


「…………出来るようになると思う?」

「無理じゃないかしら。魔力量はあっても、あなた自身は魔力を扱うことが出来る生まれと育ちではないもの」

「はぁ…………」


 ルナの即答に、私は大きなため息を着く。こんなことを考えてしまったらダメなんだろうけど、最初からこの世界に生まれていればもっと生きやすかったのかな。


「…………そういえば、今日は襲撃がないわね」

「え?あっ、確かに………」


 まぁ、いつもあるわけではないと言っていたし、戦わなくて済むのならそれに越したことはないけど。

 一応、飛ばしておいた鳥達の視点に意識を向けてみるけど、やっぱりこの辺りにはいないみたい。


「ルナ、食べる?」

「いただくわ」


 パンをちぎってルナに渡すと、彼女は私の手からそれを食べていく。それを見て小さく笑みを浮かべた私は辺りを見渡してみる。

 森の奥は鬱蒼としていて入りたくないけれど、私のいるところまでなら木漏れ日が差し込んでいて景色だけなら凄く落ち着く。木々の間を抜ける柔らかな光が、少しだけ眠気を誘った。


「…………でも、ちょっと眠くなっちゃうね」

「そうね。でも油断はしないほうがいいわよ」

「勿論、本当に寝るつもりはないけど………」


 鳥達を少し奥の方まで向かわせてみようかな?なんて思ったときだった。森の奥から少し逸れた方向から、人が走ってくるのを1羽の鳥が捉える。


「冒険者だ。凄く急いでるような………」

「何かから逃げているのかしら」

「…………特になにも居ないみたいだけど」


 冒険者の後ろには何かが付いてきている感じはしないし………となると、もしかしてあの人が担当する区画で何かあった?

 私にそんな考えが浮かんだとき、その人物は森を抜けて私の担当する区画に飛び出してきた。


「あ……ど、どうしたんですか?」

「っ、あんた黒猫の魔女だな!?」

「え、や、あの…………」

「頼む!あいつらを助けてくれ!!」

「えっ……な、なにがあったんですか?」


 冒険者の剣幕に、樵さん達も何事かと集まってきていた。私に切実な声で訴えたその人は、息も絶え絶えになりながら話し始める。


「ど、ドラゴンが出たんだ!背中に地面を背負ったようなでっかいヤツで、とてもDランクの俺たちじゃ勝てる相手じゃない!今こうしてる間にも、足止めしてる仲間が…………!」

「………えと」


 ど、どうしよう。ドラゴン?それに、今日のここの区画は私しか担当はいないし…………すると、樵のまとめ役の人が私に声をかけてくる。


「頼めるか?嬢ちゃんが戻って来るまで、ここの仕事は一度止めておく。こいつの仲間を助けてやってほしい」

「…………分かりました」


 正真正銘、本物のドラゴンと戦うは初めてだし、正直怖いけど。ここでの護衛を引き受けた以上は、私もいつ戦うことになるかは分からない。

 怖いから、なんて言い訳になるわけがなかった。私は飛行させていた鳥達を冒険者が来ていた方向へと向かわせ、私も森の中へと駆け出した。


「地面を背負ったような竜………アースドラゴンかしら」

「どんなモンスター!?」

「地竜に分類される竜種の中では代表的なモンスターね。地竜自体が珍しいから低ランク冒険者なら知らなくても仕方ないけど、Bランクに区分される強力なモンスターよ」

「B、ランク…………」


 モンスターの区分において、BランクからはCランクまでのモンスターとは文字通り別格と言われるようになるランクだと聞いていた。

 同じランクの中にも差はあるけど、過去にはたった数体のBランクモンスターによって1つの街が壊滅寸前まで追い込まれたこともあると言う。


「えぇ。今までのように、願い1つで倒せるような柔な相手じゃないのは確実ね。覚悟はいいかしら?」

「か、覚悟を決める時間なんて、相手は待ってくれないんでしょ………!」

「それが理解出来ていれば十分よ」


 ルナの言葉に小さく頷く。やっぱり怖いけど、引き受けた仕事の責任は果たさなきゃ、私は何一つとして出来ないまま終わってしまうから。

 走るのが苦手な私が息を切らしながら森の中を走っていると


「見つけた………!」


 1羽の鳥が冒険者達を見つける。5人の男女で、盾を持ってる男性2人がなんとか相手を引き付けているけど、全員が傷だらけで装備もほぼ使い物にならないような状態だった。

 それに相対しているのは、聞いていた通り背中に大地を背負ったような大きなドラゴン。その背に大きな木を携え、圧巻の巨体で冒険者達を追い詰めていた。


「っ………お願い!」


 私の足じゃ、辿り着くより前に彼らがやられてしまう。今飛行させている鳥たちをそこへと向かわせ、光の鳥たちは光の鎖へと姿を変えてドラゴンへと絡みつく。『動きを止めて』と願って拘束しているけど、Bランクのモンスター相手に願いがそのまま通るなんてことは無いはず。

 正直、私の遅さだとこの拘束が破られる前に辿り着けるかすら怪しい。


「ルナ!」

「………仕方ないわね。ぶっつけ本番だけど、危険な橋を渡る覚悟はあるかしら?」

「早く!!」

「分かったわ。鳥を1羽借りるわよ」


 ルナの言葉と共に、私が操っていた鳥が1羽制御から外れる。そして、ルナは数秒ほど黙ってから再び口を開いた。


「あの鳥の術式を転移魔法の座標に置き換えたわ。ただし、その発動はあなた自身がやるのよ。いい?転移先の景色と移動する場所をしっかりとイメージしなさい。もし失敗すれば、あなたの体は空間に引き裂かれるわよ」

「分かった………!」


 残っている鳥たちの視点を見て、転移の目標になっている鳥を確認する。追い詰められている冒険者達の目の前に、その鳥は滞空していた。ドラゴンの位置、冒険者達の位置を把握。周囲の景色を覚え、そこへテレポートするイメージを作って………!


「お願い!!」


 瞬間、私の視界が一瞬だけ真っ白に染まった時には、視界に映る光景が変わっていた。私の前には、鎖で拘束されつつも身体がすくむほどの威圧感を放つ巨大なドラゴン。そして、私の背後には驚きと恐怖で座り込む冒険者達の姿があった。


「き、君は………!?さっきの鳥ももしかして………」

「援軍です!は、早く逃げてください………!!」


 本物の竜を目前にして分かる、生物としての圧倒的な格差。本当は私だって一緒に逃げ出したいけど、それだとここに来た意味がない。

 逃げ切れる相手なら、とうにみんな逃げてるんだから。誰かがここで倒さなきゃいけない。杖を構えると、冒険者達は表情を曇らせながらも立ち上がる。


「………すまない!武運を祈る!!」


 そう言って、比較的傷が軽い人たちは重い傷を負って倒れていた仲間を背負って逃げていく。その直後だった。


「グオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 大地を震わせる咆哮と共に、鎖が引きちぎられる。やっぱり、私の願いはかなり弱体化されているみたいだ。今までやっていたような相手を消滅させる魔法も、このドラゴンには体表を少し削るくらいの効き目にしかならないと思う。


「必殺のイメージは捨てて、妥当に効く攻撃をイメージしなさい。過剰な願いでなければ、修正する力もそれだけ小さくなるわ」

「分かった………!」


 今まで、練習はしてきた。ここで出来なきゃ私が死ぬだけ。そして………運良く生き残ったとしても、冒険者を続けていたらいつか死ぬだろう。

 覚悟を決めて、アリス。ここで生きると、こうやって生きると決めたなら………


「いくよ!!!」





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