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28話

 翌朝目が覚めた私はベッドから体を起こして、窓の外を見る。今日はお休みって言う気分だったからか、もう既に日も出ていて普段より少し遅めの起床なんだなぁってぼんやり考えつつ、窓辺に座っているルナに声を掛ける。


「おはよう、ルナ」

「えぇ、おはよう。よく眠れた?」

「うん」

「そう。じゃあ準備が出来たら行きましょうか」


 私はルナの言葉に頷いて、出掛ける準備を始める。こうやって外へ遊びに行くのはいつ以来だっけ。依頼が終わった後の空き時間に街を周るってことはあったけど、今までは冒険者ランクを上げたり、魔法の練習をしたりで遊ぶ時間を取ることは殆どなかった気がする。


「頑張っていたものね。今日は思う存分に遊んでいいのよ」

「…………うん」

「ふふ。ほら、早く着替えなさい」


 ルナに急かされて着替えを始めた。大変な事も多いけど、それでも苦痛だと思わなかったのは………やっぱり、何をしても八方塞がりにしか思えなかったあの頃よりは、ルナが言った通り選択の自由があるだけずっとマシだと思ったから。


「…………よし。ルナ、変なとこないかな?」


 着替えを終えた私は、ルナに変なところがないか尋ねる。普段はローブを着ているから、身軽な衣装になんだか落ち着かない。

 すると、彼女は私の周りを一周したあと肩に跳び乗ってから答えた。


「とっても綺麗よ。それじゃあ、出発しましょうか」

「うん」


 一度見て回ったとは言っても、道を覚えるためと遊ぶためでは全然違う。あんまり顔には出せないけど、内心はちょっとだけ楽しみだった。

 でも、宿を出た私は外を出歩く人達を見て急に恥ずかしさが舞い戻ってきた。やっぱり、いつもの格好で良かったんじゃ………なんて思ったけど、今から戻るのも変だし…………


「そこで立ち往生してる方が不自然でしょう。早く行くわよ」

「あっ、ルナ!?」


 ルナが私の肩から飛び降りて走り出す。それをみた私は、当然彼女を追いかけなければいけない。

 そうして猫を追いかける私に視線が集まるのを感じつつ、私は街へと出たのだった。






「ルナ、急に走らないでよ………」

「あぁでもしなきゃあなたは動かないでしょう」

「それは…………」


 言い返す言葉が思い浮かばなくて、少し拗ねながら途中で買ったパンを頬張る。今は林業が盛んでそれを中心に栄えてるだけあって、色んなお店に木工品などが売られていた。

 私はあんまり必要ないけど…………木製の食器とかあるのかな?


「なら杖を買ってもいいと思うわよ?」

「杖?でも作ったのがあるよ?」

「あれは不自然さを隠すためのただのハリボテなの。見た目だけならそれでもいいけど、目の利く人に見られたら、かなり厄介なことになるわ」

「そうなんだ」


 だったら杖を探してみようかな。結局そこまですごいのは要らないし、手頃なのが見つかったらだけど。

 そう考えながら歩いていると、街の広場に出ていた。子供達が遊び回り、街行く人々が談笑して、吟遊詩人が詩を披露している。

 そんな戦いとは無縁の、穏やかな光景を見て私はなんとなく目を奪われてしまっていた。


「…………」

「いつか1つの地に根を下ろすと決めたなら、それもあなたの選択なのよ」

「分かってる………でも、私の終点はここじゃないよ。まだ始まったばかりだしね」

「あら、私はここに定住する?なんて一言も訊いてないわよ」

「ねぇ、揚げ足取らないでっ」


 肩にいるルナを捕まえてやろうと腕を伸ばそうとすると、急にルナが私の前の方へ飛び降りる。それに驚いて伸ばしかけていた腕を構えちゃって、そこにルナがすっぽりと収まる。


「ふふ」

「…………もう」


 こういうところは猫っぽいんだから………なんて言ったら、「ネコだもの」なんて返事が返ってくるんだろうなぁ。

 そんな光景が浮かびつつ、賑やかな広場を横切ろうと思ったときだった。


「ねぇ、お姉ちゃん!」

「えっ!?えっ……と………わ、私?」

「うん!お父さんが言ってた、『黒猫の魔女』ってお姉ちゃんのことでしょ!」

「えっ!?黒猫の魔女さんが来てるの!?」

「わぁ、本当に黒猫と一緒だぁ!!」


 一人の子供の声に、近くで遊んでいた子供達まで集まってきてしまう。それに驚いて、たじ………と一歩身を引いてしまう。けど、それより気になるのは…………

 

「く、黒猫の魔女…………?」


 何それ………?と思いつつも、そんな名前が付けられる原因はすぐに理解できた。腕のなかにいるルナに視線を送ると、彼女はわざとらしく「にゃー」と鳴く。


「うん!黒猫と一緒にいて、白い髪をした魔女さんだって言ってたよ!」

「そ、そう、なんだ………?」


 黒猫「の」と言うなら、もしかしたら黒猫の獣人の人違いかと思ったけど、今の特徴を聞く限り多分私だ。


「ねぇねぇ!魔女さんの魔法、見てみたい!」

「あ、僕も!」

「あたしも見たい!」

「え、えぇ………!?」


 子供の積極性は私には上手く躱せるものではなかった。魔法を見たいって言われても…………ど、どうしよう?ちらりとルナを見たけど、彼女は私と目が合うや否や目を反らす。

 薄情者っ!と叫びたくなるのを堪えてどう切り抜けるか悩んでいると、この子達の中の誰かの母親だと思わしき女性がこちらに駆け寄って来た。


「こら!人に迷惑掛けたらダメでしょう!」

「えぇー………」

「えーじゃありません」


 女性はそう子供達に注意して、ひとまず私への魔法コールは止まる。

 そして、残念そうにしつつも離れていって、また子供達で遊び始めていた。それにホッとしていると、女性は小さく頭を下げる。


「ごめんなさいね。この子達、あなたの話を聞いて魔法使いに憧れちゃったみたいで」

「あっいえ、えと…………元気な子達ですね」

「えぇ、そうなのよ。さっきも魔法使いごっこって………」


 女性は苦笑を浮かべつつ、どこか楽しそうに話し始める。その話を聞いて、子供はどの世界でも変わんないんだなぁってぼんやりと思う。

 私は小さな頃から引っ込み思案気味だったけど、今となっては何でもないことが、あの頃はなんでも楽しかった気がする。

 今の子供達を見ていると、その時のことを思い出してしまう。


「あっ、ごめんなさい。つい話しすぎちゃったわね…………」

「あ、いえ…………そんなことないです。子供達が楽しそうにしてると、こっちも元気を貰えますよね」

「えぇ、本当に」


 つい昔を思い出して、少し懐かしい気持ちがする。けれど、色んな思い出のその中で、小さな頃のとある光景が私の脳裏に留まった。

 青い空にふわふわと舞う沢山のそれに、小さかった私は凄く目を奪われたのを覚えている。


「…………うん」


 小さく呟くと、私が何をするつもりか察したルナは肩へと移動する。私は杖を取り出して女性に尋ねた。


「あの…………子供達に見せてあげたい魔法があるんですけど…………いいですか?」

「え?私はいいけど………危ない魔法じゃないわよね?」

「勿論です。でも、きっと喜んで貰えると思います」

「そう…………じゃあ、お願いしてもいいかしら?」


 私は頷いて、杖を正面へ向ける。すると、それに目敏く気付いた子供達は一瞬で遊びを中断して私に視線を向けていた。

 それだけではなく、広場に集まっていた人達もそうだ。急に杖を取り出したんだから、気になるのも仕方ないだろう。

 ちょっとだけ緊張するけど…………戦うよりは、ずっと気が楽だ。


「ふぅ…………よし」


 私は杖で円を描くように大きく回す。すると、杖で囲った部分に半透明の膜が浮かび上がり――――――私は、そっと息を吹き掛けた。





 広がった光景に呆気に取られたような静けさが広場を包む。けれど、それはほんの一瞬。

 弾けるような子供たちの歓声が広がったから。


「わーー!きれーい!」

「すごい!これなにー!?」

「透明なのがいっぱい浮いてるー!」


 折角ならと思って記憶のそれよりずっと盛大に。広場いっぱいに広がる大小様々なシャボン玉は太陽の光を反射してキラキラと輝き、人々の目を奪う。

 昔、私は浮いていたシャボン玉を食べちゃって苦い思いをした記憶があるから、そういうことがないように見た目だけのものになっているはず。


「…………やっぱり、こういう使い方は好きだな」

「えぇ。あなたらしくていいと思うわ」


 私の言葉にそう返したルナは、どことなく嬉しそうな気がした。

 子供達は早くもシャボン玉を追いかけ、突っついたりして遊んでいる。突いたシャボン玉が割れると、楽しそうにキャッキャとはしゃいでいた。


「魔女さん…………あなた、本当に凄いのね」

「いえ…………ふふ。あの子達に喜んで貰えて、私も嬉しいです」


 女性も空を舞うシャボン玉に目を奪われ、はしゃぐ子供を見て嬉しそうな笑顔を浮かべている。それを見て、やっぱりやってみて良かったなって思えることができた。

 自分の顔にも小さく笑みが浮かんでいるのを感じつつ、子供達がはしゃいで減ってきたシャボン玉を足すため、私はもう一度シャボン玉の膜に息を吹き掛けるのだった。


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